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NEWS EVENT SPECIAL SERIES
オカヤイヅミの「うちで飲みませんか?」

カラスヤサトシと語る、アンチクライマックスの美学。エッセイ漫画家「サシ飲み」対談

2025.5.28

#BOOK

漫画家オカヤイヅミさんが、ゲストを自宅に招いて飲み語らう連載「うちで飲みませんか?」。第10回は漫画家のカラスヤサトシさんにお越しいただきました。

自画像のキャラクターが進行役として登場する、気さくなエッセイ漫画を、長く描いてきたお二人。おだやかな会話の中にその創作論や矜持がのぞく、サシ飲みの模様をお届けします。

当日振る舞われた「チリコンカン」のレシピもお見逃しなく!(レシピは記事の最後にあります)

レポート漫画の仕事術

カラスヤ:今日はありがとうございます。歩いてでも来れる距離でした。こんなにご近所だったんですね。

オカヤ:お近くだとは聞いてましたけど、そんなに近かったんですね! カラスヤさんは多作でお忙しそうですよね。いつも気がつくと新刊が出ているイメージです。

カラスヤ:オカヤさんもけっこうあちこちで描かれてますよね。同じタイプな印象です。

オカヤ:節操がないというか、やれる仕事はぜんぶやるタイプです。自転車操業感が強いですが……。

カラスヤ:一緒です。声をかけられたら「やります!」って。

カラスヤサトシ
漫画家。1973年生まれ。著作に『カラスヤサトシ』シリーズ(講談社)、『びっくりカレー』シリーズ(新書館)、『アレルギー戦記』(ぶんか社)、『おのぼり物語』(竹書房)、ホラー作品集『いんへるの』(講談社)『おとろし』(秋田書店)など。

オカヤ:カラスヤさんの漫画は、本人が登場することが多いじゃないですか。最初の本はタイトルから『カラスヤサトシ』だし。ああいうエッセイ漫画の仕事をたくさん抱えていると、日常がぜんぶ「これは漫画のネタになるな」みたいになっちゃいませんか?

カラスヤ:何をしてても「これは4コマにできないかな」と考えていると、あまり正常な生活ではなくなってきますよね。昔はそういうこともありました。最近は取材して描くレポート漫画仕事の方が多いので、そうでもないですね。

オカヤ:レポート漫画の中のカラスヤさんはいつも、新鮮に驚くという、キャラクターとしての役割を引き受けていますよね。

カラスヤ:いやいや、実際に絵のようにびっくりしたりはしていないですけど、「面白いな」とか「美味しいです」とは思ってますよ。

オカヤ:無垢な気持ちを保つのも難しいじゃないですか。

カラスヤ:基本、相手の言われたことは、鵜呑みにする方針で行くんです。ときどき、取材相手がおかしなことを言ってるんじゃないか、ということもあるんですけどね。それでも相手の意思や意見を、一回ぜんぶ飲み込んでみるというのは、心がけてはいるかもしれません。

オカヤ:それですごく読みやすいんですね。

カラスヤ:「あれっ?」と思っても、「そうなんですか!」と言うしかないときもあって。例えば、UFOを呼んでいる方の取材をしたりということもしていたので……。その場では1ミリも疑わないように話を聞きますね。

オカヤ:たしかに「いやいや、またまた〜」と言っちゃったら、うまく話が聞けなそうですしね。私はそんなにいいリアクションを取れる自信はないですけど、レポート漫画を描くときの「サービス」の仕方というのは、たしかにあります。自分が狂言回しとして、驚いてみせるような。

カラスヤ:そうですね。

オカヤ:自画像は、実際の私とは見た目もけっこう違うんですけど、だから「こういうことがあった、こういうことを思った」というのを、生のままの気持ちよりワンクッション置いた感じで出せるところはあります。「私じゃなくてこのキャラが言ってる」というか。

私生活を切り売りして喜ばれるのは良くない

カラスヤ:たしかに。だから、生身で人前に出るととたんに振る舞い方がわからなくなったりします。エッセイ漫画を描いてると、漫画にでてくる作者と本人はやっぱり同一視されがちですけど。

オカヤ:「ああいう人だと思いました」みたいなことを言われますよね。

カラスヤ:よく言われますね。以前は、あのまんまと思われるのがちょっと嫌だったのか、漫画のキャラと離れようとしていた部分があったんです。

オカヤ:「ニコニコしてる丸いやつ」みたいな。

カラスヤ:そうそう。寄せていくんやったら、黄色いトレーナーとか着ればいいんですけど、そうじゃない格好をして、人前に出るときはシャキッとしておこうと思ってました。だんだん気がゆるんで、漫画に近くなってきましたけど。

オカヤ:結婚されるくらいまでは、わりとプライベートなことも描かれてましたよね。でも、そんなに日常生活をぜんぶ曝け出すわけでもない、その線引きが上手いなと思って読んでます。

カラスヤ:ありがとうございます。そうですね、私生活の切り売りに関しては「しているようで、しない」を心がけはいます。「そんなところまで描いちゃうんだ」だけで喜ばれるのは、ちょっと良くないような気がして。素材だけで「すごい、すごい」と言われたってしゃあなくて、やっぱり描き方・見せ方だと思うんです。

オカヤ:そうですね。私はそもそも自分のなかに、その事柄をそのまま描くだけで面白くなるようなセンセーショナルなことがないです……。

カラスヤ:ええ、20年もやっていれば、新しいことってそんなにないですよね。それに、自己開示的な、暴露的なところに踏み込むと、それをずっとやらなきゃいけなくなって、最後は破滅していくしかなくなっていくと思うんです。

オカヤ:「自殺ショー」みたいになっちゃいますよね。

カラスヤ:そう、一歩間違えばね。

オカヤ:でも、そういう漫画が注目を惹きやすいですよね。SNS上だと、愚痴の漫画が共感を集めて流行るようなことも多いですし。

カラスヤ:はい。編集の文句とか描くと、一定数の人が集まってきますよね。あれが怖くてね。

この日のメニューは、チリコンカンとトースト、アボカドと紫玉ねぎサラダ、フムス、ナスマリネ、レバーペースト。チリコンカンのレシピは記事の最後に!

「分解しきれないもの」や「情景」を描きたい

オカヤ:Xに流れてくる、下世話な嫁姑問題のエッセイ漫画とか、わりと読んじゃうんですけど、「早く復讐してください」っていうリプライがついてたりしますね。表現を楽しむというよりは、気持ちをすっきりさせる装置として読んでるのかも。

カラスヤ:「こういう方法がありますよ」って法律の知識をコメントしてきたりね(笑)。Xの漫画って、最終的に首吊ってないと納得してもらえない、みたいなところがあるじゃないですか。おばけとかも、ばーん、と出てくることが求められるというか。

オカヤ:驚かさないといけないから。

カラスヤ:これは別に他者批判ではないんですけど、自分の描写の仕方として、自分ではちょっと変だなと思うことをしないとウケないのかな……困ったな、というようなことを考えたりはしますね。

オカヤ:私、杉浦日向子の『百物語』とか、放っておかれるオチの短編がすごい好きなんですよ。

カラスヤ:ああ、僕も杉浦日向子さんすごく好きです。というか、僕の描くホラーを読んでくれたら影響がバレバレだと思いますけど……。オカヤさんが好きなもので、好きなものが多い気がする。杉浦日向子さんも好きだし、近藤ようこさんも好きですよね?

オカヤ:好きです。憧れています。

カラスヤ:僕も憧れてました。すごい切り取り方をするじゃないですか。顔の表情とか。ああいう切り取り方が、今の漫画ではやりにくくなってるんでしょうかね。

オカヤ:最後のコマの表情にたどり着くまで読んでもらえるか、表情だけで読み取ってもらえるかどうか。読者を信用すればいいんですけど、Xとかを見ていると、無理かもしれない、という気もしちゃって、よくない。

カラスヤ:分解しきれないものってあるじゃないですか。僕はそれを描くために描いてる、と言ったら言いすぎかもしれないですけど……ズバッと解決する表現が多くなっちゃいましたよね。

オカヤ:作者が言いたいことの正解を探すような「考察」が主流になってますよね。勝手に考えてよ、と思いますけど……。でも、単に自分がただ下手で伝えられてないっていう可能性もあるからなあ。伝わるか怖くて、ちょっと説明的にしちゃったりもします。

カラスヤ:僕は、エッセイ漫画のときは、もういいやろというくらいに説明しますね。反対に、ストーリー漫画のときは、極力文字を減らします。オカヤさんも文字数を使い分けたりはしますか?

オカヤ:たしかにストーリー漫画のときは、あったこと、その場所でその人がしゃべってることしか描かないですね。情景描写をしたいですもんね。

志賀直哉の良さに目覚める

カラスヤ:オカヤさんには以前、林芙美子の『めし』を教えてもらって。

オカヤ:そうでしたっけ。昔の文学は、すごくたくさん読んでいるわけではないですけど、好きではあります。カラスヤさんもお好きですよね。

カラスヤ:はい。僕も名作と呼ばれるものでも読めていないものがいっぱいあります。ときどき思い出したように「これは読んでおかないと」と思って、例えば志賀直哉の『暗夜行路』とかを読んでみるんですけど。

オカヤ:あ、私最近、志賀直哉がすっごく面白いと思ってるんです! インドに行く時に飛行機で読むために買った『清兵衛と瓢箪・網走まで』が、これ、大好きなやつだ、って。

カラスヤ:面白いですよね。僕もハマった時期があって。短編しか読んだことがなかったので、『暗夜行路』読まれました? 最後はけっこうスペクタクルで。

オカヤ:「志賀直哉面白いよ!」って誰に話したらいいのかわからなかったので、いまその話ができてすごく嬉しいです。城崎に行きたいなと思ってます。

カラスヤ:志賀直哉って、「こういうものがある、面白そうだ、けど行くのはやめといた」みたいなことを書いているときがわりとありません? 「やめとくのか!」って驚きますよね。なんでも見たれという感じじゃないのが、さすがおぼっちゃまというか、品があるというか。

オカヤ:ふつう、行かないで書いたらだめかな? って思っちゃいますもんね。なんでも正直に言うのが良いことだ、みたいな考えがあるんですよね。

カラスヤ:後輩の小説をぼろくそに言ったりね。究極のエゴイストと言われますけど。

クライマックスやオチのない「面白さ」

オカヤ:文章が美しすぎますよね。描写が美しいところに重きがあるから、どこを読んでもいい。

カラスヤ:はい。ひとつひとつの描写がめちゃめちゃ良い。小説の神様みたいに言われていたのが、わかるようになってきましたね。若い頃って、もっと派手な作家に目がいくじゃないですか。志賀直哉は、齢を取るにつれて面白さがわかるというか、あと、自分がものを描いているとすごさがわかるところがありますよね。

オカヤ:そうですね。でも、展開がすごいとかではないから、人に勧めづらいですよね。私はここのところずっと「面白すぎないのがいい」って思っていて。Netflixのドラマとか、すごく面白いし見ちゃうんだけど、ちょっと「面白疲れ」みたいになってくるんです。

カラスヤ:わかります。この連載でも以前その話をされてましたよね。志賀直哉はもちろん面白いんですけど、アンチクライマックスというかね。谷崎とか芥川はNetflix系ですよね(笑)。太宰治もそうやな。やっぱり昔から強いのはNetflix系なんやな(笑)。

オカヤ:あはは。私は歳を取ってから、なぜかそれまで興味なかったのに、気づいたら花の写真を撮っててびっくりしたんですけど、そういうのに近いかもしれないですね。それこそこういう会話でも、「面白くなければだめ」という感じがあるじゃないですか。飲み会とかでも。

カラスヤ:あります、あります。そういうの良くないですよね。僕は大阪出身だから、よく「やっぱり『で、オチは?』って聞くの?」と言われたりするけど、大阪の人でもそんなにオチ無いですし、芸人みたいな人ばっかりじゃないですからね。鬱病の大阪人だっていますし。

オカヤ:そうですよね。私、面白くない話しかしないPodcastをやりたいんですよ。……いや、やらないですけど(笑)。この連載もそういうところがありますね。

カラスヤ:いいですね。面白くない話はいっぱいありますよ(笑)。

オカヤ:でも、ちょっとズレた趣味とか、気づかなかった意外な違いとか、そういう一見どうでもいい誰かのすごく個人的なことこそ「面白い」とも思ってます。

書籍情報

カラスヤサトシ
『カラスヤサトシの新びっくりカレー(1)』
発売中
価格:946円(税込)
新書館

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