10月からはじまったドラマ『嘘解きレトリック』(フジテレビ系)がついに終わってしまう。
昭和初期の九十九夜町(つくもやちょう)を舞台に、鋭い観察眼を持つ貧乏探偵・祝左右馬(鈴鹿央士)と人の嘘が聞き分けられる能力を持つ浦部鹿乃子(松本穂香)が難事件を解決していくドラマは、ミステリーとして毎話、楽しめただけでなく、その愛すべき登場人物たちに愛着を持たせるにも十分な2ヶ月半であった。
『別冊花とゆめ』(白泉社)にて連載されていた都戸利津(みやこりつ)による同名コミックを原作に『ガリレオ』シリーズの西谷弘監督と鈴木吉弘プロデューサーがタッグを組んだ本作。
フジテレビの看板ドラマ枠である月9ドラマの脚本を武石栞、村田こけし、大口幸子と複数人で手掛けたのも挑戦的だが、昭和を舞台にした歴史ドラマを月9で描いたのも、間違いなく挑戦と言えよう。
演出は西谷の他に、永山耕三、鈴木雅之、河毛俊作らフジテレビドラマを熟知するベテラン演出家陣が担当し生み出した新たな昭和ミステリードラマを、ドラマ・映画とジャンルを横断して執筆するライター・藤原奈緒がレビューする。
※本記事にはドラマの内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい。
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味覚を通して伝わる「幸せ」が視聴者の心も満たすドラマ

「嘘が分かる君に見えないものがあるんなら、嘘が分からない僕にはそれが見えるんじゃない? だから一緒にいればいいんだよ」
『嘘解きレトリック』第6話で、左右馬(鈴鹿央士)は鹿乃子(松本穂香)にそう言った。それを聞いて鹿乃子は、「自分のことは信じられなくても、先生のことなら信じられる。ようやく私は1人じゃないってどういうことなのか分かった」と思う。彼女がよく心の中に抱えている、左右馬が言うところの「ぐるぐる」がフッと軽くなる。思いを共有して、分け合うこと。誰かと何かを分け合うことができる幸せが『嘘解きレトリック』には詰まっている。

例えば旬のものを取り入れたお食事処「くら田」の美味しそうなご飯を常連客の皆と食べること。左右馬と鹿乃子が喜びの舞を踊りながら報酬のカステラを食べること。町の人々が、それぞれに心を許した人と食べるアツアツの「つくも焼き」。鹿乃子が初めてできた友達・千代(片山友希)と並んで食べる甘味処のみつ豆の、華やいだ感じ。
気づいたら食べ物の話ばかりになってしまった。でも本当に、町全体が1人の孤独な少女・浦部鹿乃子を優しく包み込む奇跡を描いたかのような『嘘解きレトリック』は、人と人とのつながりの温かさを、食べ物を通して味わい深く描く。そしてその、味覚を通して伝わる「幸せ」は、私たち視聴者の心をも存分に満たすのである。
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作品を優しさで満たす鈴鹿央士と幸せを願わずにいられない松本穂香の魅力

『嘘解きレトリック』が最終話を迎える。都戸利津による同名コミック(白泉社)を原作に、『ガリレオ』シリーズの演出・西谷弘と鈴木吉弘プロデューサーがタッグを組んで実写化したのが本作だ。脚本は武石栞、村田こけし、大口幸子の3人が担当している。
昭和初期の九十九夜町を舞台に、「人の嘘が聞き分けられる能力」を持っているために人々から疎まれ、孤独な日々を送ってきた鹿乃子が、貧乏探偵の左右馬に助けられ、探偵助手として受け入れられるところから始まった本作は、ミステリーであり、左右馬と鹿乃子の可愛らしいラブストーリーのようでもあり、孤独だった鹿乃子が幸せに包まれていく姿をただひたすらに描いた話でもある。

昭和初期を舞台にしているために、レトロモダンな町の光景や衣装は素敵で、第4・5話の「人形殺人事件」のように、横溝正史や江戸川乱歩の探偵小説を彷彿とさせる事件も多い(第9話における濱尾ノリタカ演じる徳田史郎は、名探偵明智小五郎の好敵手・怪人二十面相を思い起こさせる、ミステリアスな美しさだった)。2023年放送の『探偵ロマンス』(NHK総合)もそうだったが、昭和初期を描いた作品は、新たな「歴史ドラマ」の活路と言えることを実証するような作品だった。
ミステリー部分は『ガレリオ』シリーズ(フジテレビ系)のスタッフが手掛けただけあって上質で盤石であり、本作の重要なパートである美味しそうな食べ物と優しい町の人々の光景は、『みをつくし料理帖』(NHK総合 / 2017年)の多幸感を思い起こさせたりもする。
そして、なんといっても鈴鹿央士の良さである。『silent』(フジテレビ系 / 2022年)で「主成分、優しさ」と言われる戸川湊斗役を演じた彼の良さが存分に活かされている本作の左右馬役は、常にふわりと鹿乃子を包み込む。その温かく丸みを帯びた軽やかな声色は、時に本質を鋭く貫く芯の強さを感じさせながら、作品全体を優しさで満たしている。これまでになかった主人公の佇まいと言えるだろう。対する鹿乃子を演じる松本穂香は、表情一つ一つに繊細な心の機微を込める。気づいたら視聴者は、彼女が感じる幸せの欠片を一つずつ拾い集め、共有せずにはいられなくなってしまう。
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第10話冒頭の鹿乃子から左右馬に移る秀逸な演出

本作は、生まれ育った村の人々に疎まれ、「つらいことがあったら、いつでも帰ってきていいんだからね」という母・フミ(若村麻由美)の言葉に混じる嘘に気付きつつ、悲しい思いで村を出た鹿乃子が、九十九夜町に辿りつくところから始まった。賑やかな雑踏で、道行く人々の言葉の端々にも様々な嘘が混じり、知らない街は不安でいっぱい。そんな中、彼女の能力ごと鹿乃子を受け入れる左右馬に出会い、隣のお食事処「くら田」の倉田夫妻(大倉孝二、磯山さやか)をはじめとする居心地の良い人々に囲まれて、心穏やかな生活を送ることができるようになった彼女は、第10話で母に対する心のわだかまりも溶け、町の人々と左右馬の優しさで満ち満ちたクリスマスの一夜を迎える。
第10話冒頭において、母への手紙をポストに投函した後、第1話で、初めて彼女が祝探偵事務所に泊まった日の夜と同じように2階の窓から空を見つめ、母を想う鹿乃子。そんな鹿乃子の姿を映した後、カメラは彼女が見つめる空から舞い落ちる雪を映した。その雪の白は大きくなって、眠っていた左右馬の顔を覆っていた布の白に転じ、起床を促す鹿乃子の声とともに、2人のいつもの光景なのだろう朝食の様子に切り替わる。冒頭数分で、第1話から今までの道のりを思い出させる秀逸な演出だった。
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『チェリまほ』『モコミ』など「心」を描いた作品が心に刻まれる理由

触れた人の心が読める魔法を手に入れた主人公を描いた『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』(テレビ東京系 / 2020年)や感情を持たないとされているモノの気持ちがわかってしまう主人公を描いた『モコミ~彼女ちょっとヘンだけど~』(テレビ朝日系 / 2021年)もそうだが、本来、見たり聞いたりすることができない「心」を描いた作品が、視聴者の心により深く刻まれるのはなぜだろう。
「人の嘘が聞き分けられる能力」を持つ鹿乃子は、「人と違う」ために人々から疎まれ、「人より人の内面がよく見えてしまう」から、人間の醜さや怖さを誰よりも多く目の当たりにしてきた。もしかすると、彼女が抱える生きづらさは、特殊能力を持たずとも世界と自分の感覚のズレを抱いてきた人にとっては、自分の話のように感じずにはいられないのではないだろうか。

世界は不安に満ちていて、人はいとも簡単に嘘をつく。誰かを信じることに臆病になった私たちが、それでも人を信じたいと思わずにいられないのはなぜだろう。騙されても、騙されても困っている人に手を差し伸べずにはいられない馨(味方良介)のように。それは、信じたその先に、鹿乃子が見たような光景があるからではないだろうか。気の置けない人々と過ごす楽しい時間。「一人じゃない」と心から思える唯一無二の人との出会い。ワクワクするような、はじめての体験。誰かと目と目を合わせて思わず笑ってしまうこと。そこには、それぞれに思いや事情を抱えた人々が一所に自然と集う理由が詰まっている。
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穏やかな第10話から一転し、波乱が巻き起こりそうな最終話

まるで、町全体が息をしているかのようなドラマだと思う。第1話で左右馬の背中で寝ている「くら田」の一人息子・タロ(渋谷そらじ)を起こさないように、街角のヴァイオリン演奏を九十九焼き屋のじいさん(花王おさむ)が指揮で止めたり、第6話で猫を追いかける鹿乃子に、いつの間にか遊んでいた子どもたちが加わり、最後は大人たちも混ざって、皆で屋台の前の大捕り物を見守ったりするミラクルが起こったりすように。第2話の事件の犯人だった耕吉(宮崎秋人)や、第6話で登場した利市(橋本淳)が他の回でも登場することで、本作が九十九夜町で巻き起こる事件を描いたものであることが際立ったり、どんな事件にもその後の物語があることを想像させたりする。
第10話は穏やかなクリスマスで、その次の最終話は皆で迎えるお正月かと思いきや、左右馬と鹿乃子のささやかで幸せな日常の中に、謎の女性・青木麗子(加藤小夏)という一石が投じられ、一波乱巻き起こりそうだ。どんなラストを迎えるのか。
『嘘解きレトリック』

フジテレビ系にて毎週月曜夜9時から放送中
公式サイト:https://www.tbs.co.jp/umininemuru_diamond_tbs/