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ウンゲツィーファ『8hのメビウス』で描かれた、コロナ明けの人間関係の煩わしさ

2024.11.25

#STAGE

緑のナイロン紐で、社会制度や人間関係の煩わしさを視覚化

本作で注目すべきなのは、これまで記した人間関係の絡まりを、ナイロン紐がうまく象徴している点だ。このナイロン紐は、複数のダンボール箱を重ねて固定化する際などに使われる、平たいタイプのもの。緑色のナイロン紐が舞台を埋め尽くすように大量に使われる。

そもそもコミネたちが働く合同会社メビウスとは、「都市型安全器具」と称されたこのナイロン紐を貸し出す会社のようだ。彼らは袋に詰まった数メートルのナイロン紐を取り出し、伸ばした時にヨレたり曲がらないように、8の字に巻いて束にする。束になったナイロン紐は、カート棚に収納される。そしてカート棚を移動させてナイロン紐の貸し出しに出かけては、そこに使用済みのものを回収。そして再び巻いては、束を作ってまた貸し出しに出かける。時に、社長から急なナイロン紐の追加の連絡が入る。天井の蓋を開けると、そこからもドサッと大量のナイロン紐が垂れ下がってくる。サカヅキはやる気なさそうに仕事をこなし、シバタは会社と仕事内容への嫌悪感をコミネに吐く。

確かに彼らが従事する労働は、本当に社会の役に立っているのか分からず、機械にもできそうなものに思える。それでも生きるために、彼らはこの単純作業を1日8時間、ひたすら繰り返す。作品タイトル『8hのメビウス』は、エンドレスに続くこの労働時間のことだ。それだけでなく、人間を奴隷のように従事させて拘束する単純労働と労働時間に、ルールや規律をもたらす人間関係のしがらみが仮託されている。舞台空間の壁と天井、床にもナイロン紐がうねうねと走っており、壁に貼り付けられた社内の書類も緑のペーパーだったり、緑のラインが引かれている。社会制度や人間関係の煩わしさという見えない拘束具が、ナイロン紐として視覚化されているのだ。我々はこのナイロン紐の森に取り囲まれて生活しているということ。端的にそのことを表現する舞台空間は、インスタレーションとしてもそれだけで訴えかける力を有していた。

コミネはそんなナイロン紐を顔にグルグル巻きにして、ドラゴンのような仮面を被ったノヅマに倣ってYouTuberとなる。またオーバードーズを繰り返すアスナは、サカヅキのアドバイス通り、手首にナイロン紐を巻くことで安心を取り戻す。コミネは顔を火傷し包帯を巻いた患者、アスナは自傷行為後の処置をした姿にも見える。

煩わしさや拘束を象徴するナイロン紐を身体にまとうことで、それがいかに役に立つかというよりも、傷つき苦しみを抱く人間そのものを体現しているように感じられる。そんな欠損を抱えた彼らの苦境は、何も解決されることはない。アルバイトを辞め、キャンピングカーで全国を回る余生を過ごそうとしていたシバタの運転で、サカヅキとアスナは移動する。ホワイトボードに高速道路を走る映像が投影される中、サカヅキとアスナが寄り添って眠るシーンで舞台は終わる。彼らは自分たちがどこへ向かっているのか、そしてどこへ行けば良いか分からないに違いない。人はどこへ行こうともナイロン紐の束縛から逃れることができず、ウロボロスの輪のように自身を傷つけながら、メビウスの輪のようにエンドレスに走らされるのだから。そんな酷薄な現実を、静かに突きつける幕切れであった。

ウンゲツィーファ

劇作家「本橋龍」を中心とした人間関係からなる実体のない集まり。創作の特徴はリアリティのある日常描写と意識下にある幻象を、演劇であることを俯瞰した表現でシームレスに行き来することで独自の生々しさと煌めきを孕んだ「青年(ヤング)童話」として仕立てること。上演作品『動く物』が『平成29年度北海道戯曲賞』にて大賞を受賞。以降、上演作品『転職生』、『さなぎ』が2年連続で優秀賞を受賞。『北海道戯曲賞』3年連続の入賞を果たす。
公式サイト:https://ungeziefer.site/
X:https://x.com/kuritoz
YouTube:https://www.youtube.com/channel/UCBK-DtNG9nGIxmXVwA5-Uww

ウンゲツィーファ10周年記念演劇公演『8hのメビウス』

公演日:2024年10月18日(金)〜27日(日)
会場:スタジオ空洞(池袋)
公式サイト:https://ungeziefer.site/kouenzyoho/
※映像配信を12月中旬ごろから行う予定

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