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ウンゲツィーファ『8hのメビウス』で描かれた、コロナ明けの人間関係の煩わしさ

2024.11.25

#STAGE

コロナ禍が開け、再び人間関係の煩わしさの中へ

新型コロナウイルスの扱いが5類感染症となってから、1年以上が過ぎた。過度の感染症対策が必要なくなり、かつてのような普通の生活に戻ってきている。その感を強く抱かせられるのは、人と人が距離を縮め、密接に交流することの復活であろう。街はインバウンド客を中心に人で溢れている。会社はリモートワークを減らして、再び社員を出社させている。それに伴い朝夕は満員電車となり、飲み会が復活した企業もあるだろう。非接触生活からの解放は、人を孤独から救う。だがそれは裏を返せば、再び複雑な人間関係の中で生きねばならないということでもある。人が寄り集まってできる家庭、会社、社会には、集団を円滑に運営するためにルールが設けられる。そこには、何のためにあるのか分からないが、いつの間にかそうなっている規則や習慣も含まれる。人間は属する集団の数だけ煩わしいルールに拘束され、そこから大小様々なストレスを日々受けて生きている。

そのことはつまり、規則や習慣を背景にして自身へと介入してくる他者への不満に帰着する。ルールを作るのが人間である以上、時に解決し難い困難な問題は、人間関係がもたらすと言っても良い。コロナ禍が明けたことで、改めてそのことを痛感した人も多いのではないだろうか。2024年に10周年を迎えたウンゲツィーファの新作『8hのメビウス』は、メビウスの輪のように出口がなく、ウロボロスの輪のように自分の尾っぽを噛むような日常生活での困難さを、ヒリつく痛みと笑いの両面で描く作品だった。

ゆるやかにつながり、同じ社会で生きている登場人物

合同会社メビウスで働くコミネ(黒澤多生)と、アルバイトながらスタートアップの頃から働く古株のシバタ(近藤強)は、ちょっとしたことがきっかけで関係が悪化。コミネとシバタから愚痴を聞く管理職のサカヅキ(藤家矢麻刀)は、双方の肩を適当に持ってその場をやり過ごす。ある日、コミネとシバタは正面からぶつかり、コミネは会社を辞める。そのことを家族に黙ったまま副業のUber Eatsの配達中、橋から飛び降りようとする。その時、彼は世直し系Youtuberワロボロスとして活動するノヅマ(高澤聡美)に掴まり、彼女のチャンネルに出演することになる。アルバイトとしてノヅマが会社に潜入し、コミネの胸倉を掴んだシバタの監視カメラの映像を盗撮。それをシバタにつきつけ、コミネに土下座をさせるという内容である。

ワロボロスになってYouTube撮影をするノヅマ

しかしコミネは、妻のサチ(豊島晴香)に相談なくYouTubeへの出演を決めていた。そのために彼はノヅマと街中でYouTubeの撮影中、サチとばったりと出くわしてしまう。これにより、コミネが仕事を辞めたことも含めて妻に知られるところとなる。このように登場人物たちはゆるやかにつながり、社会空間を共有している。舞台上では、ソファーとテーブルが乗ったキャスター付きの大きな平台が、コミネやシバタ家のリビングルームとなる。この舞台美術が象徴するように、映像が投影されるホワイトボードや冷蔵庫、2台の長机を使い、ファミレス、コンビニなどの場面が流れるように展開する。そのことで、彼らの世界がシームレスにつながっていることを上手く描いていた。

それぞれの人間関係の悩み

そんな劇空間で彼らは皆、会社や家族の人間関係に悩みを持っている。

サチはバンドマンだったコミネと行きずりで付き合い、妊娠したために結婚した。コミネへの不満をこぼす母(山田薫)に不満を持つものの、金銭援助を受けている手前、反発しきれない。コミネから性生活を要求されるものの、その言葉を気持ち悪いと思ってしまうほどには愛情が冷めてしまってもいる。

サチ(豊島晴香)

シバタは社長の古くからの知り合いという理由からメビウスでアルバイトをしているが、それとは別に自分の会社を経営している。多額の借金を返すべく必死に働いてきたが、金銭感覚の違いで妻と離婚。別居する大学生の娘・アスナ(百瀬葉)とは折り合いが悪くなっている。世直し系YouTuberのノヅマはセクハラ被害に遭い、女優の道を諦めた。

この劇は全編を通して、現在に起こる出来事がトリガーとなって、各人が過去を回想して自身の来歴を語る劇構造となっている。それによって人物が丁寧に描かれ、それぞれが抱える問題と生き難さに共感できるように仕向けられている。

シバタ(近藤強)
ノヅマ(高澤聡美)

切実な人間関係の辛さを、滑稽に表現

人間関係のしがらみによって各人の切実な悩みが浮かび上がるのだが、それは時に痛みを通り越した滑稽さをも生み出す。

そのことを示すのが、アスナの恋人はサカヅキであると発覚するシーンだ。親子関係を修復すべく、シバタは連日、娘を待ち伏せして接触を試みる。半ばストーカーのような行動の末に、彼はアスナとようやく話ができるまでになる。そんな折にシバタは、アスナが歳の離れた恋人と同棲を考えているが、母親から反対されていることを聞かされる。アスナのために母親を説得することを約束するシバタは、その前に彼氏に会うことを希望する。だが当日、アスナと待つファミレスにやってきたのは、会社の管理職、サカヅキであった。

サカヅキは以前、シバタにこのように話していた。今付き合っているメンヘラの彼女と別れたい。でも、盛り上がるためにシバタから教えてもらった箱根のホテルでのセックスは、超エロかったといった事を。そんな会話をしていただけに、2人の間には相当に気まずい空気が流れる。だから当然、シバタは「こいつだけはやめろ」とアスナに言い、彼女の怒りを買ってしまう。事情を知っている者と知らない者とのズレが生み出す人間関係のこじれが、シバタとサカヅキが鉢合わせた時の顔の表情や身振りによって身体で表現される。このシーンでの3人の演技に代表されるように、俳優たちは細かな演技を大事にして、人間関係で精神的に削られる人間の辛さを、可笑しみを生むまでに表現した。

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