音楽家・北村蕗の頭の中にはどんなイマジナリーが広がっているのだろうか。2023年に『FUJI ROCK FESTIVAL』「ROOKIE A G-GO」に出演、2024年も「GYPSY AVALON」への出演決定が話題を呼んでいる現在21歳の北村は、これまで童謡、クラシック、ジャズ、フューチャーソウルといった幅広い音楽を吸収し、それをピアノ弾き語りや同期を用いたエレクトロニックセットなど、多彩な表現方法でアウトプット。新作EP『500mm』ではダンスミュージックをコンセプトに掲げ、トラックメイカーとしても非凡な才能を見せつつ、さらにはそこにシンガーソングライターとしての個性も加わって、実にオリジナルな作品に着地している。歌も楽器演奏もトラックメイクも並列に行い、アートワークも自ら手掛けるマルチぶりは非常に現代的だが、やはりそのすべての源泉になっているのはイメージの海。現在も好奇心に突き動かされ、絶え間ない変化の途上にある北村に、まずはこれまでの足跡を振り返ってもらうべく、初インタビューを試みた。
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ピアノを好きになったきっかけは、矢野顕子のリズミカルな演奏
―北村さんは山形県のご出身で、プロフィールによると、小さい頃からピアノと童謡を学んでいたそうですが、どんなきっかけで始めたのでしょうか?
北村:小学校1年生のときに友達の影響で習い始めたピアノの先生が童謡を歌っている方で、「歌も一緒にやりませんか?」と提案いただいたのが最初です。ピアノを教科書通りに演奏するのはあんまり楽しくなかったんですけど、歌うことは好きだったので、当時から「ピアノと歌だったら歌の方が得意だな」と自分では思っていました。
―『全国童謡歌唱コンクール』に東北代表として出場した経験もあるそうですね。
北村:そういう経験もあって、「歌をもっとたくさんの人に聴いてほしい、歌手になりたい」と思うようになりました。それで中学生のときに弾き語りを始めて、自分で作詞作曲もするようになったんです。最初はギターの弾き語りから始めたんですけど、ある時父親がきっかけで矢野顕子さんの映像を見て矢野さんが大好きになって。すごく楽しそうに歌われるし、リズミカルで美しいピアノにもワクワクしたし、「私もこういう風にやりたい」と思ったんですよね。それで高校ではピアノ科に進学して、弾き語りもピアノでやり始めてから初めて「ピアノ楽しいな」と思えるようになったんです。
―高校生の頃はどんな音楽を聴いていましたか?
北村:当時一番ハマったのはHiatus Kaiyoteで、初めて聴いたときに、「こんなの聴いたことない! これは間違いなくかっこいいものだ」とすごく衝撃を受けて、アルバムをずっと聴いていました。あとは中村佳穂さん、日食なつこさんとかヒグチアイさんとか、シンガーソングライターの方も多く聴いていたかもしれないですね。
―高校生までは音楽一本という感じですか? それともいろんなことに興味があった?
北村:音楽以外のことにもいろいろ興味があって、小学校のころはずっと外で遊んでいる子供だったんですよ。母親の実家が山形の蔵王にあるペンションをやっていたんですね。自然がいっぱいで、休日は近所の子たちとずっと山で遊んでいました。今でも好奇心が強いというか、興味を持ったら「すぐやりたい!」みたいになりがちですね(笑)。絵を描くことも好きだったり……。
―アートワークもご自身で手がけられていますね。
北村:曲を書くときもイメージとか景色、色から曲が思い浮かぶことが多くて、漠然としたイメージから作ることが好きなのかもしれない。子供のとき遊んでいた景色を思い出して書いたりもするし……自分が実際に体験したことというよりも、純粋に楽しく遊んでいた頃の記憶がふと出てくるときがあります。
―特に自分の中で印象に残っている景色とか風景はありますか?
北村:“re:夕方”という曲があったり、夕焼けには影響されてきた感じがします。蔵王のペンションから見た夕日も覚えています。すごく落ち着く時間帯だなと思うので、夕方の曲が多いかもしれないですね。
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DTMもピアノも多声コーラスも「そのときやりたいものをやっている」
―高校卒業後はどう過ごしていたんですか?
北村:高校生のときから漠然と「ミュージシャンになりたい」と思っていたんですけど、具体的なことは何も決めないまま卒業してしまったので、大学にも行ってないし、地元でバイトをしながら音楽活動をしていました。コロナで卒業直後はあまり活動できてなかったんですけど、でもその間に曲を作ったり、DTMを勉強したりして、作った曲をYouTubeにアップしていました。その時にできた曲が“Teal”という曲です。
―“Teal”はピアノがメインの楽曲ですね。
北村:そのときは歌よりも、音楽自体を作りたい、みたいな気持ちが強くて。DTMをやるようになると音がかっこいいものを選んで聴くようになって、そうすると自然と歌がない曲が多くなったので、その影響はあったと思います。
―ファーストシングルとしてリリースされたのは“amaranthus(feat. 梅井美咲)”でした。
北村:“amaranthus(feat. 梅井美咲)”はお花のサブスクのvaseというレーベルからのリリースだったので、自分の色を出すというよりは、花というコンセプトありきで作った曲でした。シンガーソングライターとして、ちゃんと歌詞やメロディーがあってというものを最初に出したいなと思って、それで作った感じでしたね。
ーフィーチャリングで参加している梅井美咲さんとはどのように出会ったのでしょうか?
北村:梅井ちゃんを初めて知ったのはYouTubeで、「同世代でこんなすごい人がいるんだ」と思って、インスタを調べて、メッセージを送って、東京に遊びに行くタイミングで連絡をして2021年の7月に初めて会いました。そのときは東京・下北沢のmusic bar rpmに遊びに行きましたね。
―どんな公演でしたか?
北村:梅井ちゃんと和久井沙良ちゃんがツインKeyセッションをやっていました。2人ともピアノがすごくかっこいいし、表現の幅もとても広いし、本当に尊敬してるお2人です。梅井ちゃんとはそれから1年ぐらい会えてなかったんですけど、レコーディングで再会できました。vaseのお話は私たちが知り合いと知らずに繋いでくださった感じだったので、すごくびっくりしたし、嬉しかったのを覚えています。
ーこれまでコラボレーションやリミックスも含めて10曲をリリースしていて、音楽性の幅は非常に広い印象ですが、ご自身の音楽性をどのように捉えていますか?
北村:もう本当にそのときやりたいものをやっているっていう感じですね。ただ一貫しているのは、あんまり自分のものにできないのがピアノで、だからこそ憧れだし、ずっとやっていく気持ちで練習しています。歌は一番得意で、トラックメイクは全部の音を表現できるのが楽しいなと思って、ワクワクする気持ちでやっていますね。
ー“IMIW”や“櫻”のような声を軸とした表現も非常に印象的です。
北村:声は自分と一番距離が近いと感じていて、メロディーを作るときもハミングから作ることが多いんです。だから声を軸にした曲は意識的というより、もっと自由に作っている感じですね。家でもずっと歌っているので、その延長線上で録ったりしています。
―R&B風の多声コーラスはHiatus Kaiyoteの影響も大きそうですね。
北村:コーラスワークが面白いものは聴いていて楽しいです。好きな曲を流して勝手にハモるみたいなことは前から大好きだし、Hiatus Kaiyoteもコーラスがすごくかっこいいから、影響されたと思います。
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「自分の中にあるイメージや景色を表現するための方法として、音楽がある」
―新作『500mm』はダンスミュージックがコンセプトになっていて、北村さんは現在asak名義でDJもやられていますが、ダンスミュージックにはいつ頃から傾倒するようになったのでしょうか?
北村:矢野さんを好きになったのもリズミカルなピアノが大きかったし、身体を動かして音楽を聴くこととか、踊ることは小さいときからずっと好きだったと思うんですよ。
ー小学生の頃は山で遊んでいたし、実は昔からフィジカル重視(笑)。
北村:そうかもしれないです(笑)。直接のきっかけはエマ・ジーン・サックレイ(Emma-Jean Thackray)っていうUKのアーティストで、そこからハウスミュージックを意識して聴くようになりました。
―エマ・ジーン・サックレイのライブに刺激を受けて、“ignorant bird”を作ったそうですね。
北村:2022年9月の来日公演を見に行きました。それまでは自分のライブパフォーマンスについて深く考えることがなかったんですけど、そのライブを見てからは自分もハウスの熱みたいなものを表現できるライブをやりたいと思うようになりました。
―北村さんの思うエマ・ジーン・サックレイの魅力は?
北村:ジャズの人で、トランぺッターでもあるのに、ダンスミュージックを取り入れてトラックメイクしたり、歌を歌ってDJもやったり、表現したいことが前に来ているところです。私はシーンとかジャンルはそんなに詳しくないんですけど、自分が表現したいことをまっすぐやっている人に影響を受けている気がして。エマさんも前提の知識がなくてもすごくかっこいいなと思えたので、めっちゃ好きになりました。それまでは弾き語りでしかライブをしてなかったんですけど、DTMの要素も取り入れてみようと思ったのは、エマさんの影響が大きいです。
―同期を用いた現在のライブのスタイルはいつからやっているのでしょうか?
北村:2023年の『フジロック』のためにあのスタイルを作りました。エマさんは今改めて聴くと生音がすごく強くて、自分もいつか生音でもやってみたいなと思うんですけど、最近はソフト上で作られているダンスミュージックをたくさん聴いています。
―新しいEPを作る上では、どんなアーティストから影響を受けましたか?
北村:今回のEPは全部ソフト上の音で作ったんですけど、フレッド・アゲイン(FRED AGAIN..)がすごく好きだったり、Four Tetも好きで聴いていました。あとはSkrillexとか、日本だとFellsiusさんっていう方のトラックメイクにめちゃくちゃ影響を受けていて、Tomgggさんも好きです。rei harakamiさんにも影響を受けています。聴いていて音が心地いいものが好きですね。
これまでのシングルはLogicで作っていたんですけど、今回の5曲は全部Ableton Liveで作ったんです。ダンスミュージックのアーティストはAbletonを使っている方が多くて、内蔵の音もめちゃくちゃかっこいいなと前から思っていたので、これを機に変えてみました。
―Abletonを使ったことが曲作りにはどう影響しましたか?
北村:Abletonはシンセの音が充実していて、それを波形で見れるんです。だからもうちょっと音のリリースを削りたいと思ったときに、「こういう仕組みでリリースって削られていたんだ」と視覚的にわかったのは大きかったと思います。一方Logicは生音が充実しているので、マリンバやバイオリンのピチカートの音とかを入れたいときはLogicで作っています。両方使えた方ができることが増えるので、今後も両方使っていきたいです。
―“eclipse”にはフルートが入っていますよね。
北村:あれは自分で吹きました。2023年の12月ぐらいに買って、まだそんなに上手くはないんですけど、ライブでやらないと絶対練習しないと思ったので、曲にしちゃおうって(笑)。
―興味を持ったら何でも自分でやってみる人なんですね(笑)。EPの最後の曲 “blue sight”は2023年の『フジロック』でも最後にやっていましたね。
北村:“blue sight”はYouTubeでたまたま見つけたモジュラーシンセの音がすごくいいなと思って、リフを作り始めた感じです。だから曲のイメージが先にあって、歌詞は自分の頭の中にある情景みたいなものを書きました。音源の編曲はライブバージョンと結構違うので、それも含めて楽しんでもらえればいいなと思います。
―「自分の頭の中の情景」というのは、具体的なイメージがあったのでしょうか?
北村:漠然としたゴールは決まっています。そのイメージに寄せて、本を読んで使えそうな言葉を探したり、好きな英詞を読んだりして作りました。
―いわゆるシンガーソングライター的な、「自分の経験や感情を曲にする」というより、自分の中の映像的なイメージを具現化したいという思いの方が強いのかもしれないですね。もちろんその背景にはパーソナリティも関係してはいると思うけど。
北村:そうだと思います。自分の中にあるイメージや景色を表現するための方法として、音楽があるという感じがしますね。