なぜ音楽家は、音楽を作るのか……。これだけ音楽が溢れた世界で、人の手によらない音楽さえも生まれ始めている時代だからこそ、改めて今、音楽を作る理由や動機が問われているのではないかと思う。
君島大空は、活動を一貫してひとつの「動機」から音楽を作り続けてきた。その詳細はデビューEP『午後の反射光』から6年間を振り返った記事を読んでほしいが、最新EP『音のする部屋』はその活動が新たな段階に入ったことを、静かに、しかしながら激しく伝えている。
「今までやったことのない、新しいことをする」という決めごとのもとで作られた楽曲たちは、なぜ生まれ、何を伝えようとしているのか。全曲解説で紐解いていく。
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活動が一周した手応え、黒沢清やJホラーの影響から生まれた『音のする部屋』
―『午後の反射光』(2019年)から6年を振り返ってどうでしたか?
君島:この6年間、悔しさの中でずっとやってきたなと思います。やっぱり『no public sounds』(2023年)ができた後も気が済んでない感じがあったんです。『午後の反射光』(2019年)のときから言ってる「君が笑うまでずっと俺はふざけ続ける」ってことをとにかく言いたい。でもそれを手を変え品を変えやっていくのは考えるだけで興ざめだし。
そういう中で自然に“Lover”ができて、やっとひとりの人が思っていることを歌にした音楽、シンプルなポップスを作れたなって思えたんです。だから最近、ちゃんと一周した感じがしています。
―その一周した感覚はすごくわかる気がします。
君島:『音のする部屋』はその一周した自分が、“Lover”を最後に置いて、『午後の反射光』と同じフォーマットで作ったらどうなるかしらと思って作ったEPなんです。

1995年、東京都青梅市生まれ。ソングライター/ギタリスト。ギタリスト/サウンドプロデュースとして、吉澤嘉代子、アイナ・ジ・エンド、ゆっきゅん、細井徳太郎、坂口喜咲、RYUTist、adieu(上白石萌歌) 、高井息吹、など様々な音楽家の制作、録音、ライブに参加。2019年 EP『午後の反射光』を発表後から本格的にソロ活動を開始。2025年3月、4th EP『音のする部屋』をリリースした。
―このEPのコンセプトには、黒沢清というキーワードがあったそうですね。
君島:そうです。『音のする部屋』ってタイトルを付けたのは制作の最終段階なんですけど、コンセプトにはいろいろなニュアンスがあります。まず僕、Jホラーがすごく好きで、黒沢清をはじめ1990年代後半から2000年代初頭のJホラーの映像イメージがありました。
―着想のきっかけは?
君島:トリオのドラムの(角崎)夏彦が黒沢清の『降霊 KOUREI』(1999年製作)のDVDを貸してくれたのをきっかけに、『回路』(2001年製作)って作品を見たんです。その映像がかっこよすぎて泣いてしまって。
『回路』は幽霊がいる世界の容量が足りなくなって、パソコンに入ってくる話なんです。そのコンセプトもいいし、幽霊の描き方、一つひとつの画がかっこよすぎて。例えばこの距離感で、影がこう動いたら、人は怖いと感じるってなんで思いつけたんだろうって、そういう創作への努力の姿勢がかっこよすぎると思ったんです。
―作り手が創作物の意図と、それを受け取った人がどう感じるかを考え抜いているということですよね。
君島:そうそう。それに推測ですが、現場ではテンション高く、いいものを作れているってリアルタイムにチームが実感しながら作られているのを感じる。作品としての完成度が高いし、音の使い方もいいんですよ。完全な無音ではなくて、ちょっとノイズをつーって残していたりして、これはすごいと思いました。
もともとホラー作品が好きだし、最近作っているものも幽霊とか、実在しているかわからないものが関係しているし、今回はもっとわかりやすく「ないもの」に対して歌った曲が集まっているから影響をすごく受けました。それはタイトル、ジャケットに関しても。
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ひとりでいる時間さえも侵食される感覚、ひとりになれないストレス
―「ないもの」に対して歌った曲というのは?
君島:金縛りとか、家鳴り、ひとりで家にいても心がざわざわして聞こえてきてしまう音——そうやって「この家、誰かいるんじゃないか?」と思うことがすごくあるんですけど、ひとりで過ごす時間のうるささ、外圧を感じていて。そういうストレスをコンセプトにも重ねて、かなりマイナスのエネルギーから作られた曲たち。
―ひとりでいるのに外圧を感じる状態は、君島さんの固有の体験に基づいたものだと思うけれど、一般化できることでもありますよね。
君島:それは考えたところです。家でひとりでいるときでリラックスできる時間さえも浸食されてくる感覚、ひとりの時間がないような気持ちってポピュラーな感覚だと思います。ひとりでいても、(スマートフォンを手に取って)こういう端末とかを通じて嫌なニュースばっかり出てくるし、単純に今、生きていてすごくストレスを感じているなと思う。
―そういう常に何かと繋がってしまって孤立も孤独もなくなった状況を指して、「常時接続の世界」と呼ぶみたいです。世の中の人のことを考える過程って、これまでの作品にはどれくらいあったんですか?
君島:0じゃないですか。
―考えたいなと思った? 考えるべきだなと思った?
君島:いや、どっちでもないですね。ポップスを聴いていて、なぜ共感性があるものを作らなきゃいけないんだろうってよく思うんです。でも今までみたいに僕だけが見た景色を音楽にするとき、コンセプトが代わりに共感性を持ってくれるとすっきりするって、今回気づいたんですよね。
だから世の中に目を向けたというより、今までより広い入口をとってみた感じです。今作は“Lover”っていう軸足が定まっているから、全部気楽な気持ちで、今までやったことないことをやってみるってことで自由に作りました。

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「幽霊」や「天使」という言葉を使って、何を表現しているのか
―「幽霊」という言葉は『袖の汀』(2021年)から明確に使われていますが、この言葉を使うのは音楽の「動機」との関係性から?
君島:そうですね。僕は、亡くなった人が幽霊になっていたらいいとは思っているし、辞書には載ってない、もっと知らないもの、でもすごく身近なものかもしれない曖昧なものとして「幽霊」の定義をしたい。
でもその「幽霊」が何かは聴いた人が選べるようになっていたらいいなと考えました。人によっては念とかトラウマみたいなものかもしれないし、2曲目の“WEYK”で出てくる「幽霊」と、“白い花”(『袖の汀』収録曲)のはまた違うものだと思いますし。“Lover”で使った「天使」はもっと曖昧なものだなと思います。
―“除”には、“Lover”と対応するように<天使になんかしないぜ>という歌詞があります。そうやってこのEPでは、解釈可能な幅を残しながらも「天使とは何か」を曖昧にしない態度を示していますね。
君島:そういう作りにしました。「君は天使だ」みたいな歌詞が俺は許せないんです。かわいいものを見ても天使って言うし、死を美化するときも天使って言うし、崇高なもののイメージとしても天使は使われるけど、一度考え直そうよと思う。例えば西洋の文化だと、天使と悪魔ってシームレスに繋がっているじゃないですか。
―そうですね。大天使ミカエルと堕天使ルシファー(悪魔の王・サタンの別名)はどっちも天使だけど、殺し合っています(笑)。
君島:そんなJ-POP聴いたことない(笑)。
―<天使になんかしないぜ>というのは、あなたがあなたであることをありのまま受け入れる、ということでもあるわけですよね。
君島:そうそう。例えば、亡くなった共通の知人の話をするとき、生きている僕らがその人を「人として扱ってない」と感じることが多いんですよ。「あの人、ああだったからね」って過去形になりがちだけど、僕は「あの人、ああだよね」って同じラインに置きたいし、そうじゃないとフェアじゃないと思う。
そうやってもう会えなくなった人を無闇に美化せず、ちゃんと対等に目を見て向き合い続けることは、自分の音楽の持ち場を守ることに繋がる姿勢だなと最近思います。
―そのこと自体、君島さんが『午後の反射光』からずっとやってきたことですよね。
君島:うん。ずっとやっていることだし、変わらない。