このインタビュー記事を読んで、誰かがバンドを始めてくれたらいいなと思う。
仲間たちと楽しい時間を過ごして、好きな話題で戯れ合って、苦手なことは補い合って、忘れたくない瞬間を残すように曲を作る。「バンドって、めちゃくちゃ眩しいよな」と、羨ましくも思う。
日々バンドをインタビューしていても実感するが、当然、バンド活動とは「キラキラ」ばかりではない。その中で、なぜHedigan’sはここまで風通しがよく、メンバー全員にとって居心地のいいバンドで在れるのか。活動開始から約1年半、1stアルバム『Chance』を完成させたタイミングで、改めて5人にそんなテーマを聞きたくなった。
5人が答えてくれたことは、音楽に限らず、会社・学校など人が集まるコミュニティにおいて理想的な在り方とは何か、人と生きる上で大切なこととは何かという話にまで広がっていった。それらは、ロックバンドだからこそ投げかけられる世の中に対する提言であり、個人的に手渡してくれるような小さなきっかけでもある。自分が何を有意義と思うのかに向き合って、その瞬間に気づける自分であること――私にとってHedigan’sの音楽とインタビューの言葉は、そんなシンプルなことに立ち返らせてくれた。
YONCEがなぜHedigan’sをきっかけにステージへ帰ってきて、ここで歌い続けるのか――前回のインタビューでも訊いたことではあるが、「こういう音楽ジャンルをやりたかったから」というよりも、「この5人で音を鳴らしたいから」「この人たちと過ごしたいから」というシンプルな理由であることが、今回のインタビューからより深く伝わると思う。
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「わざわざ」から生まれるもの
―『Chance』は本当に素晴らしいアルバムで、そろそろ「年間ベストアルバム」とかが話題になる時期だと思うんですけど、絶対に入れたい一枚だと思いました。みなさんとしても手応えは大きいですか?
YONCE(Vo,Gt):そうですね、ずっと「これはすげえ、これはすげえ」って言いながら作ってましたね。

―Hedigan’sを約1年半やってきて、Hedigan’sの音楽とはどういうものであるか。それぞれ他のバンドでの活動もある中で、Hedigan’sというバンドの特異性をどのように感じているのか。お一人ずつ、今考えていることを聞かせてもらえますか。
将治(Gt):Hedigan’sは、音楽的にも、ライブも、何でもありなバンドだなって。今回のレコーディングで具体的なきっかけのひとつになったのはリード曲の“再生”なんですけど、これは1st EP『2000JPY』で試していた路線や、そこで示したHedigan’sのスタイルとはまた違うというか。自分が曲の原型を持ち込んだんですけど、すごくポップで、日本的な曲で、歌モノでもあるし、これをHedigan’sで演奏してYONCEが歌ったらどうなるのかが最初はわからなくて。こういう曲もできるし、一方でブルースとかロックンロールの激しい部分もできるし、やっぱり何でもありなんだなと思えました。好きなようにやるっていう、そういう感じです。
―何か特定の音楽ジャンルがやりたくてHedigan’sが始まったわけでもなくて。ただこの5人で音を鳴らすことが大事であるという。
将治:そうですね、それしかないかもしれない。Hedigan’sでは、狙いみたいなものをあまり考えなくてもいいんだなって。バンドの関係性やスタイルには色々あると思いますけど、Hedigan’sみたいに、友達で居心地のいい関係性でやるというのもひとつのバンドのスタイルだと思うし、それで続けていけたら一番理想的だと思う。30歳を超えて、こういうバンドが組めると思ってなかったくらい。無理して楽しもうとしてもきつくなるけど、本当にそういうこともなく、5人、エンジニアのテリー、スタッフのみなさん含め、居心地がいいし、気持ちよくやらせてもらってます。まだ結成して1年くらいしか経ってないんだけど、ホームですね。ずっと続けていきたいなと思うバンドです。
―YONCEさんはどうですか? Hedigan’sというバンドは今、YONCEさんにとってどんな居場所になっていますか。
YONCE:将治が言う通り、やはり居心地がいいっていう。なんて言うんでしょう……どんどん解放できている、どんどん解放していっている、という印象があります。バンドの関係性も、エンジニアのテリーや、もっと言ってしまえばマネジメントやレーベルとの関わり方も、だんだん砕けた感じになっていて。まあ締めるところは締めてもらうんですけど。一応ちゃんとビジネスでもあると思うし、俺らがその辺、ちょっと感覚として希薄なだけで、やらねばならないところもいっぱいあると思うので。
ただそれがあった上でも、砕けた形で付き合ってこられているし、現時点で全体的な調和の形みたいなものがあって、それがすごく居心地よくて。だから色々気にせず楽しめてます。僕は今の状況にすごく満足しているし、「もっといいものを」「もっと楽しくなるはずだ」みたいなことだけを気にしていればいいのは、やっぱりとても幸せなことだなと、そう思いながらこの1年を過ごしていましたね。
―たとえば「売れる」だとか、そういう世の中の固定観念的な成功に向かうのではなく、「どうすればこの5人がもっと楽しめるか」「どうすれば自分たちがもっと楽しめる音楽を作れるか」といったところに集中できていると。
YONCE:そこに尽きますね。「楽しいね」とか「こんなくだらない話をしたね」みたいな時間を閉じ込めていく作業をずっとしてるから。曲自体の思惑とか狙いがまったくないかと言ったら、やっぱりそこはみんなちょっとしたスケベ心を自分のパートとかアレンジで出すんだけど、それと同じくらい、過ごした時間とか、どこへ行ったとか、何をしたとか、そういう思い出が音楽と一緒に乗っかってる感じがあるから、それって健康的なことだよなと思って。だから、Hedigan’sの音楽は「健康な音楽」なのかもしれないですね。
―私が年間ベストに入れたいくらいよかったと感じたのも、まさにそこで。5人が一緒に過ごした時間、空気、気持ちの抑揚とかが記録されている音源だなと思ったんです。音楽に正解はないけど、それはバンドの音源としてひとつの理想系ではあるよなと。
YONCE:そう、寂しくない作品ですよね。わざわざ集まって、わざわざ意見交換して、わざわざ頭抱えて、っていうことを全員でやってるから。その中には、笑いとかしょうもない話もふんだんに散りばめられていて。こういうことは、やっぱり人とじゃないとできない。

SuchmosのYONCEこと河西”YONCE”洋介擁するニューバンド”Hedigan’s”(ヘディガンズ)。メンバーは、河西”YONCE”洋介、栗田将治、栗田祐輔、本村拓磨、大内岳の5人組。2023年にF.C.L.S.より、1st Digital Single『LOVE (XL)』をリリースし本格始動。2024年2月に1st EP『2000JPY』、11月に1stアルバム『Chance』をリリース。soul-friendly-music!
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相手が鏡になることで自分に気づける「つながり」
―祐輔さんはどうですか?
祐輔(Key):自分はHedigan’sがどういうバンドなのかとか、未だによくわかってなくて。あんまり意識もしたくない。自分たちが楽しく続けていくことが目標で、どうなりたいとかもないというか。このアルバムが人にどういう影響を与えるのか、もしくは与えないのかとかも、よくわかってないところがあります。自分にとっては、自分の思った通りにならない領域の方が面白い。バンドだから1人で作ってるわけじゃなくて、それぞれの思惑が混じり合って思いもよらないものになることが面白いと思ってるから、あえてあまり深く考えてないかもしれないです。
―それは、将治さんとやってるGliderでもそういうスタンスですか? それともHedigan’sでは特に?
祐輔:Hedigan’sでは特に、ですね。Gliderは将治との趣向が似てるところもあるし、コンセプチュアルな作品作りをしていたりもするので、「バンド」というよりも「プロジェクト」っぽいというか、「この作品を作るために集まって作業をする」みたいな目的意識があることが多くて。Hedigan’sはもうちょっとラフにみんなで集まって「面白いことができたらいいね」みたいな。スタイルの違いはあれど、根底にあるのは「楽しいことがやりたい」っていうだけなので、一緒といえば一緒なんですけど。

―何かの目的に向かってやることを「プロジェクト」と表現してくれたのが面白いなと思って。Hedigan’sはやっぱり「バンド」として、5人でいい時間を過ごし続けることを一番大事にしているということですよね。本村さんはどうですか?
本村:対外的な部分を3人が話してくれたので、せっかくだからパーソナルな、一個人の視点でいうと、『Chance』は自分の考えていることがよくわかる作品になったなと思っていて。自分で自分のことを考えるよりも、相手が鏡になることで自分に気づくことってあると思うんですけど。人と会話してる流れで、無意識に言葉を発したりしてしまって、あとから「俺ってこういうとき、こういうふうに考えるんだ」と気づいたり。今回はそれが作品としてできたなと思います。それくらい制作の中で、実際の言葉にせよ、言葉にしてない部分にせよ、コミュニケーションというものがものすごくできた作品なんだなと思いました。
アルバムを聴き返して、改めて自分の解像度も高まったし、それくらい心を全開にしてやったんだなっていうふうに思いましたね。そういう意味で、「つながり」みたいなものを濃ゆく感じる作品だなと思いました。「人と人が一緒にいるって、どういうことなんだろう」みたいなことが、自分の中で解像度が上がった作品でした。
―「つながり」って簡単に使われる場面もあるけど、人とのコミュニケーションを通して自分の内面と向き合えることを「つながり」と呼ぶのは、とても素敵だなと思います。本村さんはゆうらん船の他、これまでもいろんなバンドで演奏されていますけど、Hedigan’sで感じられる「つながり」みたいなものって、どういうところからくるものなのだと思いますか。
本村:今やってる他のバンドとか過去にやってたバンドが、そうじゃなかったとも全然思わないんですけど、これは多分年齢的なタイミングの話もあって。30を過ぎて、ある程度いろんな経験をして、過去の学びを活かしながら、今やっていることをリアルタイムで観察できている感じがあります。レコーディングしてるときとか、昔は無我夢中でやってたけど、今はどこか別の場所から俯瞰して「こういう瞬間は特別だから、真面目にやれよ!」と腕組んで見てる自分もいる、みたいなところがあって(笑)。
祐輔:そんな自分、いたんだ(笑)。
本村:いる、スタジオの隅っこくらいに(笑)。タイミングや巡り合わせみたいなものも、やっぱりすごく強く感じるし。自分も、他のメンバーも、タイミングや環境、精神状態、健康状態とか、いろんなものがぴったりハマってたまたま集まることができているから。もうとにかくありがたいという気持ちに尽きますね。
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『フジロック』も、お風呂も。「大事」に優劣はない
―そういった想いからも「この瞬間を大事にしたい」という気持ちが強くあって、まさに瞬間を残すような音源ができている、ということなのだなと思いました。お待たせしました、岳さんはどうですか? それこそ岳さんは7つバンドをやってる中で、Hedigan’sに何を感じているのかを聞いてみたいです。
大内(Dr):Hedigan’sに限らず、特にロックをやるようなバンドは、自分の弾いた音とかライブの感覚で自分の音楽がどんなものかを知ると思うんですけど、今年『Chance』を作りながらライブをたくさんやった経験は、このバンドの解像度をものすごく上げてくれて。もちろん『2000JPY』を作ってるときから、このバンドはかなり最高な状態でやっていたと思っていたんですけど、なんて言ったらいいんだろうな……『2000JPY』は、各々のアイデアを集結させて、できあがったものは「具の入ってないスープ」みたいな。ひとつの音楽にみんなが栄養を注入して、スッとした飲み物ができてる感じ。
YONCE:素の出汁、みたいなね。
大内:そうそう。それに対して『Chance』は具入りの感じがするんですよね。「あ、もっちゃん(本村)の臓器が入ってるじゃん」「将治の腕が入ってるぞ」みたいな(笑)。人間の身体を感じる。これは、みんなでライブを乗り越えたからだと思う。自分らで考えた曲を人前で弾く経験がなかったら生まれなかったニュアンスがあるし、それはロックバンドに必要不可欠なものだと思うから、真っ先に思うことは「とにかくいっぱい演奏させてくれてありがとう」で。『Chance』ではとにかく素晴らしい曲がいっぱいできて、それこそ何を狙うでもなく「無邪気に音楽を作ったらこの曲ができたよ」みたいな10曲になっていると思います。
あと思うのは、大事なものが増えたし、それらにレベルの差がない、というか。たとえば『FUJI ROCK FESTIVAL』に立った時間は、人からしたら最大の喜びかもしれないけど、STUDIO DIGに向かってる途中のサービスエリアでちょっとしゃべったことやそのとき空気とか、苦戦したミックスが全部終わったあとにみんなでお風呂に入って死んだように眠りについた時間とか、どっちの方が重要とかもない。もっとどうでもいいような日のことも思い出すんですよ。「この日はこうだからよかった」っていうことでもなくて。それら全部が順番に組み合わさってないと、この作品はできてないなと思います。
―いい空気、いい時間、すべてを封じ込めたのがこの作品で。しかもそれを「こうだから、いい日」みたいに頭で考えてるわけではなく、ただただ心で感じたことに自分たち自身が気づけているという。
大内:このバンドをどう思っているかにもつながるんですけど、「いろんなことが大事」ってどういうことかなと思うと、「今過ごしているこの時間がすごく有意義なものである」って、自分が信じたいということだと思って。その願いをHedigan’sに込めているんじゃないかなと。どのバンドに関してもそれは一緒なんだけど、特にHedigan’sではそう。この5人で「理想的な暮らしをみんなで叶えようぜ」っていう共通認識を持っていることを再確認できたというか。
あとひとつ、大きな変化があって。ライブをやって、目の前にいる「お客さん」と呼ばれる人たちのことを「人間なんじゃないか」と思えるようになってきた。目の前に自分みたいな生き物がいてくれていて、共有できている魂がいっぱいあるという。一応僕らのキャッチコピーが「soul-friendly-music」なんですけど、聴いてくれているお客さんの魂を感じる経験が重なって、ライブに対するこだわりのレベルがまた上がりそうだなと思います。