『FUJI ROCK FESTIVAL』(フジロック)での来日が迫るThe xx。その軌跡と魅力を、ライターの天野龍太郎があらためて振り返る。
ロミー・マドリー・クロフト、オリヴァー・シム、ジェイミー・xxの3人からなるロンドン出身のThe xxは、2009年にファーストアルバム『xx』でデビュー。エフェクトを削ぎ落とした単音リフやミニマルな演奏、UKベースに根ざしたビートで独自の立ち位置を確立した。
2020年代に入るとメンバーそれぞれがソロ活動でキャリアを深め、2026年の『Coachella Valley Music and Arts Festival』(コーチェラ)ではサブヘッドライナーを担当。現在は4作目となる新作アルバムを制作中だ。デビューから17年を経て、より強固なアンサンブルを手にした3人の現在地を考察する。
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サブリナ・カーペンターの直下に配されたThe xx。コーチェラのポスターが示唆するポップシーンの現在地
2026年の『コーチェラ』。ヘッドライナーはサブリナ・カーペンター、ジャスティン・ビーバー、カロル・Gという世界的なポップスターの3組。いずれも華美でコンセプチュアルでシアトリカルなパフォーマンスを披露し——といっても、ジャスティン・ビーバーの舞台のみ妙なミニマルさで、特殊なカラオケパートすら設けていたわけだが、とはいえ、彼もゲストを呼び込み、異彩を放ちつつもポップスターとしての責務を果たしていた。
2025年の『コーチェラ』におけるレディー・ガガを例に挙げるまでもなく、巨大フェスのヘッドライナーが金と時間をかけ、大掛かりなステージを築き上げる傾向は、2010年代以降、急速に強まった。それはPink Floydなどが1970年代からやってきたことの延長線上にあると言えるが、そこでより求められるようになったのが1時間強のパフォーマンスを単線的な物語として見せるためのストーリーテリングないしナラティブであり、演出である(不幸にも瓦解した2023年のフランク・オーシャンのパフォーマンスは、その極点を図らずも露呈させた事件だったといえる)。しかし、その余白のない時間は、観客に一方向的な、一元的な見方や解釈しか許していない、ということもできる。
そう感じるからこそ、2026年の『コーチェラ』ではThe StrokesやInterpolといったY2K世代の飾り気のないステージのほうにこそ惹かれるものがあった、というのが個人的な実感だ。同じように、いかにもヘッドライナー的な演奏と演出の一面性に息苦しさを感じている者も少なくないのではないだろうか。
2026年の『コーチェラ』のラインナップポスターを見ると、サブリナ・カーペンターの直下にちょこんと、しかし、サブヘッドライナーとして目立つ位置にThe xxの名前はあった。その対比は、現状のポップミュージックやフェスのあり方を考えるうえで、どうにも意味ありげに感じてならない。
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マキシマリズムが支配するポップシーンに提示された、「静かなる反逆」
The xxは、まず、ミニマリストとして現れたことを思い出そう。
2009年、黒地に大きな白抜きで「x」とだけ記された(CDやLPでは型抜きがなされていた)簡素なカバーアートに包まれた彼らのファーストアルバム『xx』。この作品がもたらしたのは、ミニマリズムの驚きだった。歌、ギター、ベース、そしてAKAIのMPCなどで組まれたドラムビート(“Shelter”に至ってはほとんどビートすらない)。あのレコードから聴こえてきたものは、それしかなかった。
2009年のイギリスやアメリカでヒットを飛ばしていたのは、それこそレディー・ガガだった。また、デヴィッド・ゲッタをはじめ、EDMの音がヒップホップやR&Bのプロダクションにも浸食し、それらも飲み込む勢いで伸長しつつあった時期でもある。ポップシーンの主流は、マキシマリストたちに占められていた。声を張り上げて歌い、音を詰め込めるだけ詰め込み、激しく派手なサウンドを大音量で鳴らしていた者たちの音楽——The xxの音楽は、そういった潮流への静かな囁き声による反逆として、それらに居場所を感じられない人々に寄り添うものとして聴かれたところがある。
The xxのミニマルな静けさは、とはいえ、何も新しいものではなかった。それは、ポストパンク、インディーロック、ドリームポップといったスタイルの音楽を受け継いだものでもあったのだ。Young Marble Giants、Galaxie 500、Broadcast、1970年代末から2000年代に至るまで、削ぎ落とされた楽音のなかに孤独感を湛えた内省的な歌を滲ませるようなサウンドを作るバンドは常に、ひっそりと存在してきた。The xxもその系譜に属している。しかしやはり、その音楽性ゆえに、彼らほどの人気と影響力を持ったバンドはほとんどいなかった。