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記憶を失った世界と、自己犠牲の果て。孤独を選んだピーター・パーカーの現在地
前作『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』では、スパイダーマンの正体が世界中に知れ渡り、大切な人々が危険にさらされる現実を痛感した主人公のピーター・パーカーが、事態を収拾するため、自身の存在に関する人々の記憶をすべて消し去る決断を下した。
それ以降のピーターは、「自分の幸せ」を選ぶことすらためらうようになる。同作のラストで最愛の人であるMJのもとを一度は訪れたものの、彼女の新たな人生を守るために真実を打ち明けることなくその場を去ったように、大切な人々を守るため、自ら孤独を選ぶ……。それはヒーローとしての責任感であると同時に、自己犠牲が当たり前になってしまったピーターの姿でもあった。

今作『ブランド・ニュー・デイ』の舞台は、それから約4年後となる2028年頃。同じニューヨークを舞台にした『サンダーボルツ*』やドラマ『デアデビル:ボーン・アゲイン』が2027年頃までの出来事として描かれていることから、それらよりも後の時系列に位置する。
こうした時系列の進行に伴い、物語のベースとなるコミックの文脈も新たなフェーズへと移行している。前作がコミック『ワン・モア・デイ』を原案としていたのに対し、同作はタイトルどおり『ブランニュー・デイ』をベースとしているのだ。コミック同様、誰もピーターを知らない世界からの再出発となっており、この流れを踏まえると、今後は『New Ways to Die』や『Dark Reign』期を経て、スパイダーマンの最大の宿敵であるヴェノムとの本格的な対決へ向かう展開も期待したくなる。
実際、予告編ではそうした原作展開を連想させるミスリードが数多く盛り込まれており、歴代『スパイダーマン』映画のなかでも、とりわけコミックファンを意識した遊び心あふれる宣伝だったと言えるだろう。
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最大のテーマは「孤独からの脱却」。ストリートレベルで描かれる新たな人間関係
もっとも、今作の最大のテーマはヴィランとの激しい戦い以上に、「孤独からの脱却」にある。
前作で交友関係も仲間もすべて失ったピーターだが、今作冒頭で描かれる「スパイダーマン」は決して独りではない。警察内部には彼を信頼する協力者であるジーン・ヴォルフがおり、ニューヨーク市民も再び「親愛なる隣人」として受け入れ始めている。この4年間で新たに築き上げた人間関係を、過剰な説明ではなく日常の描写から自然に感じさせる構成は実に巧みだ。

企画当初から「ストリートレベルの物語」を掲げていた同作だが、その一方で、今後のマーベル映画の共有世界である「MCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)」全体へとつながる伏線もさりげなく張り巡らされている。その象徴がダメージ・コントロール局(DODC)だろう。コミックではヒーローたちの戦闘後処理を担う組織として知られるが、MCUでは超人社会を管理・監視する国家機関として独自の役割を担いつつあり、今後のニューヨークを舞台にした作品群をつなぐ存在となりそうだ。
そして、今作で描かれるピーターの変化は、そうした社会的な立ち位置や精神面だけではない。これまで機械式装置・ウェブシューターを介して放っていた糸が、自らの身体から射出されるようになり、劇中でも語られる通り、『ノー・ウェイ・ホーム』に登場した「ピーター2」(トビー・マグワイア)と同じ能力へと変化している。
この身体的な変化は、サム・ライミ版『スパイダーマン2』が描いた「ヒーローとしての成熟」とも重なって見える。今作は、新たな能力を獲得したスパイダーマンのアクション映画である以上に、喪失を経験した青年が再び他者とのつながりを取り戻し、孤独を乗り越えていく再生の物語なのだ。

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復讐者からヴィジランテへ。フランク・キャッスルと分かち合う「孤独からの脱却」
その過程をふまえても、今作の大きな見どころとなるのが、犯罪者を容赦なく処刑する孤高のダークヒーローであるパニッシャーことフランク・キャッスルとの関係性である。劇中では2人が共闘した過去が何度も示唆されるものの、その詳細はあえて描かれない。しかし、あえて「空白」を残し、2人の醸し出す空気感だけで共闘の歴史を想像させるからこそ、現在の強固な信頼関係に説得力が生まれている。
さらに興味深いのは、そのフランクが『パニッシャー:ワン・ラスト・キル』を経た人物として描かれていることだ。復讐を果たして生きる目的を失い、PTSDに苦しんでいたフランクが、「復讐者」ではなく街を守るヴィジランテとして再び立ち上がった延長線上に同作はある。これまで共闘してきた他のヒーローたちとすら築けなかったような新たな信頼関係をピーターと育んでいく姿は、「孤独からの脱却」というテーマをフランクにも重ね合わせる重要な要素となっている。

そもそもパニッシャーは『The Amazing Spider-Man』#129で初登場したキャラクターであり、スパイダーマンとの因縁は半世紀以上に及ぶ。今作ではその歴史を踏まえたコミックカバーのオマージュをクライマックスに挿入することで、単なるチームアップではなく不器用な友情が芽生える瞬間を象徴的に描き出している。また「孤独からの脱却」というテーマは、今作の公開まで存在がシークレットとされてきたセイディー・シンク演じるキャラクターが抱える孤独にも通じるものだ。
一方で気になった点もある。前作までスパイダーマンを執拗に追い続けてきたデイリー・ビューグルの存在感がほとんどなかったことだ。記憶改変後の世界であることを踏まえれば理解できる部分もあるが、作中における「ニューヨークを象徴するメディア」として、もう少し存在感があっても良かったように感じる。コミックでも『ブランニュー・デイ』以降は、同メディアの顔とも言える名物キャスターであるJ・ジョナ・ジェイムソンの環境が大きく変化していくため、MCU版でも今後の再登場に期待したい。
また、予告編で大きく取り上げられていたタランチュラ、ブーメラン、トゥームストーンらのヴィランは、実際にはコミックのカバーアートへのオマージュとして冒頭に登場する程度に留まり、この4年間に起きた出来事の一端として紹介されるのみとなっている。その演出は、『ファンタスティック4:ファースト・ステップ』冒頭のダイジェスト的な見せ方を思わせる。