毎回、ありえない展開で視聴者を楽しませてきた『探偵さん、リュック開いてますよ』(テレビ朝日系)が早くも最終回を迎える。
SF、ジュブナイル、時代劇など自由にジャンルを横断しながらも、『探偵さん、リュック開いてますよ』ファンの心を離さないのは、舞台である温泉街・西ヶ谷温泉とそこに暮らすユニークな住人たちの魅力あってこそだろう。
第6話、主人公・一ノ瀬洋輔(松田龍平)が西ヶ谷温泉の外に行ってからの驚きの展開も話題となった本作について、前半を振り返った記事に続いて、ドラマ / 映画とジャンルを横断して執筆するライター・藤原奈緒がレビューする。
※本記事にはドラマの内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい。
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最終回に向け、物語は「町の外の世界」へ

『探偵さん、リュック開いてますよ』は、映画ファンにとって贅沢なドラマだった。監督・脚本は、映画『横道世之介』『さかなのこ』、そして松田龍平とタッグを組んで『モヒカン故郷に帰る』を手掛けてきた沖田修一(※)。沖田による一話完結型のドラマは、「探偵もの」「ジュブナイル」「スパイもの」「時代劇」「SF」「任侠(×猫)」、そして第6話では美しい大人の「恋愛映画」と、さながら1話ごとに異なるジャンルの映画を観ているかのようだった。
※沖田の他、脚本に近藤啓介、守屋文雄、監督に近藤啓介、東かほりが参加している。
それでいて、一見バラバラに見える各話は、沖田修一監督がこれまで手掛けてきた作品群がそうであったように、おおらかな人間讃歌でつながっている。そして、物語は最終回である第8話に向かって、ゆっくりと形を変えてきた。温泉街・西ヶ谷温泉を舞台としたドラマは、徐々に町の外の世界へと向かっていっている。
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「お湯」も「猫」も喋る不思議なドラマ

西ヶ谷温泉の人々は、探偵兼発明家である一ノ瀬洋輔(松田龍平)が発明した謎の乗り物「ドンソク」に乗って行き来し、洋輔の発明した謎の楽器を奏でる西山三兄弟(Open Reel Ensemble)の実験的な音楽をこよなく愛す。この町には、そうした、現実世界とは異なる日常が存在する。
例えば「田舎暮らし系動画の人気配信者」である南香澄(片山友希)や、FBI捜査官・マイク(村雨辰剛)、あるいは戦国時代の武士・穴山小助(三河悠冴)といった、外部から西ヶ谷温泉にやって来た登場人物たちは、この町で起こる摩訶不思議を、私たち視聴者と同じように呆気にとられて見てきた。でも、驚くのはほんの少しの間だけ。彼らも結局「よくも悪くもずっとここにいたくなってしまう」この町に慣れてしまい、奇妙な事件の数々に対して、違和感を持たなくなるのだ。
そして視聴者も、気づけばこの町の奇妙さに慣れている。「お湯」が喋ろうが「猫」が喋ろうが、恐るべきヒットマン・猫探偵(山本浩司)が限りなく猫に近い攻撃方法で襲ってこようが、すべて「西ヶ谷温泉で起きる出来事だから」という理由で、なんとなく受け入れてしまえるのである。
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「町の外側」の普通が明示された第6・7話

しかし、第6話は少し様子が違っていた。洋輔が、高校時代の同級生で人気女優の神林リカ(夏帆)と会うために、何度も西ヶ谷温泉の外に出るのである。舞台はまず、洋輔がリカの「思い出の人」として出演することになったテレビ番組の収録で、出番を待っている場面から始まる。その後も洋輔はリカと街を歩き、クレープを片手に手を繋いでタクシーに乗り込み、遊園地に向かうなど、第6話の多くの場面は西ヶ谷温泉の外側で繰り広げられた。
洋輔は移動手段として、リュックに仕込んだロケット装置を起動させる。そこで映し出されるのは、周囲の人々が驚く姿である。一度目は、公園で昼ご飯中のサラリーマンが食べようとしていたサンドイッチを危うく落としてしまいそうになり、二度目は、人気女優と写真を撮ってもらおうとリカの周りを取り囲んでいた修学旅行生たちが、突然、リカが洋輔に抱えられて空へ飛んでいく姿を目の当たりにして大騒ぎする。ここではじめて、西ヶ谷温泉の「普通」が、町の外側の世界にとっては普通ではなかったことがわかる。つまりは視聴者にとっての「普通」が作中にも存在することが明示されるのである。
そんな第6話のメインストーリーは、人気女優であるリカが、初恋の人・洋輔と共に過ごす特別な一日だ。その一日の終わり、リカは、洋輔が発明し、町の人々が愛する「聴いている人たちの固定観念が消え去る」音楽を聴きながら、夫であるタカシと共にメリーゴーランドに乗り、「月がきれいですね」と愛を語らった後、日常へと戻っていく。夢のような夜のライブシーンの後、リカとタカシが町の人たちと集合写真を撮る場面は、まるで祭りの終わりを示しているかのようだった。

第7話で描かれたのは、ハードスケジュールに疲弊し仕事をボイコットした人気タレント猫・テディによる、業界の「働き方改革」に洋輔が協力する話だ。少しの間、人気者としての役割から解放され、「温泉」にちなんでつけられた「イズミ」という名前で、普通の猫としての西ヶ谷温泉での日常を満喫したテディは、やがて元の世界に戻っていく。
第6・7話の物語は「探偵さん流ローマの休日」とでも言うべきものだった。これまでの各話は、町の人々が主人公か、外から来た人が西ヶ谷温泉(と洋輔が住む旅館「ゆらぎや」)に居着いてしまう話が主だったが、リカとテディはそうではなく、自分がいた場所へと戻っていく。物語が、西ヶ谷温泉の外へと向かっているのだ。そのことは、第6話で「フレッシュマート酒井」の看板娘・酒井あおい(髙橋ひかる)が、町を訪れたリカの夫・タカシ(中島歩)を相手に、東京への強烈な憧れを口にしたことからもわかる。
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「外の世界」をずっと示していた、母からの絵手紙

そして、第8話=最終回の予告編では、洋輔自身が西ヶ谷温泉から出て行くことが示唆される。さらに、これまで絵手紙を通してしかその存在を表さなかった、世界を旅する洋輔の母・恵美(原田美枝子)も登場するようだ。思えば、これまでの全話を通して、常に「西ヶ谷温泉の外の世界」の存在を圧倒的に示していたのは、「ゆらぎや」のポストに届く、世界を旅する洋輔の母からの絵手紙だった。
第6話において、印象的なシークエンスがあった。モンゴルの夜空の美しさについて書かれた母の手紙を読みながら、洋輔は空を飛んでいる飛行機を眺める。その次のショットでは、公園のベンチでサンドイッチを食べながら飛行体を目で追う男性が映し出される。その飛行体は、リュックに仕込んだロケット装置で空を飛ぶ洋輔なのであった。「飛行体を目で追っていた主人公が、次のショットで飛行体そのものになって空を飛んでいる」という自由な展開は、いかにも本作らしい。一方でこのシーンが持つ意味は、奇妙で可笑しい本作の世界観のあらわれだけではないだろう。つまり、洋輔は、「よくも悪くもずっとここにいたくなってしまう」から、あるいは、不在の父の代わりに「探偵さん」としての役割を果たすためにこの町にいるだけで、行こうと思えばどこにでも行けるのである。リュックに仕込んだロケット装置に燃料がしっかり装備されている限り。