アーツカウンシルさいたまが主導する文化発信プロジェクト「空想するさいたま」によると、さいたま市の推しどころは「盆栽・漫画・人形・鉄道」らしい。
その中でも、今回「空想するさいたま」の公募で入選した徐秋成(ジョチウチェン)が注目したのは「盆栽」。関東大震災で疎開した盆栽が集まったという大宮盆栽村の100周年にあたり、さいたま市大宮盆栽美術館内で徐秋成によるVRゲーム作品の体験展示が行われた。そこでライターの小杉美香が現地を訪れ、ゲーム体験のほか、盆栽をたっぷり堪能した様子を、贅沢な盆栽の撮り下ろし写真とともにお届けする。
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さいたま市の魅力の一つが「盆栽」
ある晴れた秋の日、盆栽の聖地で、VRアートを体験してきた。一見すると奇妙な取り合わせのような「盆栽」と「VR」。日本らしい伝統文化と、デジタル技術の融合……そんな意欲的なことに挑戦するのは、きっと彼らしかいない。そう、アーツカウンシルさいたまによる文化発信プロジェクト『空想するさいたま』である!
『空想するさいたま』とは、さいたま市の誇る「盆栽」「鉄道」「人形」「漫画」といった文化資源を題材にしたデジタル作品 / キュレーションプランを公募し、選出された優秀作品をアーツカウンシルさいたまの伴走支援のもとで実現させる、というプロジェクトだ。表現方法は、敢えてデジタルの分野に限定されている。伝統的な文化と現代ならではの手法を組み合わせることで、リーチする層を広げ、より多くの人に魅力を伝えようという狙いだ。
NiEWでは第1回目の作品展示時にも作家インタビューを含めた鑑賞レポートをお届けしているので、興味のある方はぜひそちらもどうぞ。
今回はいよいよ作品プラン1位に入選した作品、徐秋成の『夢をみる、さいたま、仮に』の公開となった。会場はさいたま市大宮盆栽美術館。……あっ! 前回の取材時に改修工事中だった、あの「さいたま市大宮盆栽美術館」じゃないですか!

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ベッドタウンであるさいたまと「眠り」の関係
美術館のホール内に、作品体験用の一角が設けられている。VRゴーグルを装着してコントローラを握ったら、さっそく体験スタートだ。

映像やゲーム作品を制作し、死後の世界や夢、記憶などのテーマを表現する若手クリエイター・徐秋成。その作品『夢をみる、さいたま、仮に』は、VR技術を使ったゲーム作品だ。ゲームと言ってもモンスターを倒すわけではなく、キノコで大きくなったりするわけでもない。体験者はバーチャル空間の中で、電車に乗っている。車両内の椅子も網棚も吊り革も、ガタンガタンと響くリズムも、日頃私たちが乗車している電車そのものだ。ただ、少し変なところもある。窓の外には銀河のような景色が広がっており、しかも同じ車両内には……何故かリアルな象がいる。作品名の通り、この電車は「夢の鉄道」とでも言うべきものなのだ。
さいたま市は首都東京のベッドタウンだ。昼よりも夜のほうが人口の多い、みんなが眠るために帰る場所。そこから作家は、「眠り」そして「夢」こそがこの街の重要なキーワードであると考えた。そしてそこに、プロジェクトのお題のひとつである「鉄道」のモチーフを結びつけたのである。

電車に乗ると妙に眠くなる、と感じたことのある人は多いと思う。作家はそれについて「一定のリズムや振動、音が、赤ちゃんが母親の胎内で感じる環境に似ているからだと言われている」と語る。なるほど車内は大抵とても温かく、言われてみればあのリズムは鼓動に似ているかもしれない。赤の他人どうしで混み合う公共交通機関内で母胎の面影を感じているなんて、ちょっと変な話である。
そして人が夢を見るのは、熟睡時ではなく浅い眠りのときだ。夢は無意識下の感情や願望の発露であり、なんでもありのシュールな世界である。作家は「夢を見ているときこそ人間がもっとも自由を感じられるときだ」とも語る。赤の他人どうしで混み合う公共交通機関内で母胎の面影を感じて安心した挙句に、心の最深部をちょっと滲み出させちゃっているなんて……やはりつくづく変な話ではないか。
私たちの脳は夢の中の出来事に刺激を受けて、眠りながら笑ったり泣いたり時には叫んだりもする。それは脳にとっては確かに体験した現実でありながら、実際の現実ではない。認知できるけれど実体がないという意味で、夢と本作のようなバーチャル空間はとてもよく似ていると言えるだろう。
体験者はVR世界の中で先頭車両に向かって歩く。作品は4つのステージ(車両)で構成されており、面白いのは、それぞれがさいたまらしいモチーフで構成されているところだ。
まず賑やかな「鉄道」に始まり、「人形」の車両では巨大な雛飾りをよじ登る体験ができる(※)。そして3つ目の車両では、なんと空間全体が海になって海洋生物が泳ぎまわっていた。これはもしかして、「海なし県」と言われる埼玉県民の夢(憧れ?)なのだろうか。海車両のいちばん奥には温かみのある不思議な球体が浮かんでいて、生物の卵のような存在感を放っていたのも印象的だった。
※さいたま市岩槻区は江戸時代の名残で日本有数の雛人形や日本人形の産地として知られている。


そして最後の車両に踏み出すと、風景は一転。体験者は鳥くらいの高さからさいたま市のリアルな街並みを見下ろし、ゆったりとした空中散歩のような時間を楽しむ。風景の中心にあるのは、体験者が今まさに実在している「さいたま市大宮盆栽美術館」だ。そこからは一本の松の木が伸び、静かに成長を続けている。カメラが大きく旋回して松の木を根元から仰ぐと、なんだかこの盆栽がこの街における世界樹のように見えてくる。木のまわりには松の花粉のようにも鳥の影のようにも見える光の粒がふわふわと漂っていて、私にはそれが人の生命のように思えた。個人の生は光の粒になって空に消えていくけれど、この土地で誰かが生きた痕跡は蓄積して大樹の一部となっていく。

夢から醒めたとき、残っているのは「どんなことが起こったか」という内容ではなく、あくまでも心の動きであり、感覚である。本作でもきっと作品中の具体的なギミック一つひとつではなく、体験後に残った何となくの感覚こそが重要なのだと思う。子どものように自由だった感覚、よくわからないけど懐かしかった感覚……いろいろあるけれど個人的には、命のめぐりを感じて切なくなって、でも揺るぎなくそこに育っていく盆栽の存在に深い安心感を覚えた。
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大宮盆栽美術館、リニューアル後の見どころ紹介
せっかくなので、さいたま市大宮盆栽美術館の展示も併せて鑑賞してみた。「さいたま市大宮盆栽美術館」は世界初の盆栽の公立美術館であり、日本が世界に誇るBONSAI文化を、広く国内外に発信していく施設である。なぜここ大宮に? というと、このエリアが大正時代から現在に至るまで「大宮盆栽村」と呼ばれる盆栽園の密集地だからである。折しも2025年は大宮盆栽村の開村100周年で、常設展示のほかに土地の歴史を振り返る特別展も開催されていた。


自然光が差し込むコレクションギャラリーでは、収蔵作品の中から5席の盆栽が週替わりで展示されている。こんなふうに空間に美しく設えられた盆栽のことは、添え物などもひっくるめて「席」という単位で呼ぶらしい。さらに奥には、3種類の形式の座敷が造られており、それぞれ「盆栽のある座敷風景」として鑑賞することができる。
※特別展は既に終了。

盆栽を主役に、水石(すいせき:自然風景を想起させる格好イイ石)、書画(掛け軸)などを組み合わせて構成するこのコーディネートのことは「座敷飾り」と呼ぶ。美学とお作法の詰まった文化なので深掘りするとキリがないが、いつかこの幽玄な世界についても詳細レポートしてみたい……としみじみ思う。



3つの形式とは「真(しん)」「行(ぎょう)」「草(そう)」。うーん、遠い昔に学校で習ったような……元は書道の概念で、格の高さ(お堅さ)の度合いを表すという。「真」が最も格が高くカッチリしており、間に位置する「行」を経て、「草」が最も動きがあり自由な印象を受ける。そういえば草書体ってサラサラ〜っとした文字だった。
座敷の格に合わせて、盆栽も堂々たるものが選ばれたり、トリッキーなものが選ばれたりする。3つの形式を比較しているうち、座敷空間それぞれが没入型の超小型美術館のように思えてきた。「真」が国立美術館で、「草」が私設の現代アートギャラリーのイメージである。床の間でスポットライトを浴びている盆栽を眺めていると、盆栽って自律したアートであり、同時に空間を構成するインテリアでもある不思議な存在なのだなと感じた。
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盆栽庭園は盆栽と人の憩いの場

ギャラリーの外には、つねに約60点の盆栽が展示されているという「盆栽庭園」が広がっている。光と風のもとで息をしている盆栽たちは、確かに生きた植物である。アートでありながらインテリアでもある……なんて思っていたらまさか「生物」でもあるなんて、どれだけ奥が深いんだ、盆栽。取材日は気持ちのいい秋晴れだったけれど、雨でも雪でも、よほど荒天でない限り庭園の盆栽はこのまま展示されているらしい。雪の日には盆栽職人さんがそっと冠った雪を払ったりして、丁寧に世話をしているのだそうだ。
ちなみにこの盆栽庭園の中央の池は、改修工事を経て2025年3月にリニューアルされたばかり。新たに階段状の高低差をつけて、水の流れを作り出したのだという。あずまやに腰を下ろし、水音を聞きながらとりどりの盆栽を視界に収めれば、気分はまさに殿様である。

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樹齢1000年も。神々しい盆栽たちとの出会い
庭園をめぐる中で特に印象的だったのは、蝦夷松 銘『轟』だ。高さ1mに満たないこの盆栽の樹齢は、なんと推定1000年。樹齢1000年って、もう御神木とか天然記念物とかになっている巨木のそれではないか。樹と向かい合った瞬間、神々しさを感じて反射的に一礼してしまった。

幹の下の方は空洞化しているうえ、かつては大きく張り出していたという右半身は枯れて、その一部だけが真っ白になって残っている。こんなふうに盆栽の幹が年月を経て白骨化した部分のことを「シャリ(舎利)」と言うそうな。同様に枝の部分が白骨化した場合は「ジン(神)」と言う。どちらも神仏の名前をあてられているのが非常にしっくりくる。じっと見つめていると、ジブリ映画に出てくるような森の神様が宿っているように思えて仕方がなかった。
『轟』はこの美術館で最も古い鉢で、大宮盆栽村の繁栄の立役者となった職人によるものだという。人ひとりの人生の尺をとうに超えて、この盆栽はこの土地を見守り続けているのか……と思うと、先ほど体験した徐秋成の作品『夢をみる、さいたま、仮に』のラストシーンが改めて思い出されるのだった。

盆栽には様々な種類があって見どころもそれぞれだが、盆栽初心者の筆者にはダイナミックで古色豊かな松柏(しょうはく)盆栽が特に心に迫った。上の五葉松 銘『青龍』なんて、うねる幹が本当に龍そのものに見える!

こちらは真柏 銘『北斎』。葛飾北斎の代表作『富嶽三十六景 神奈川沖浪裏』(新1000円札でお馴染みの高波の浮世絵)を思わせる力強い鉢である。幹の部分がググッと迫り上がる波、枝葉の部分が砕け散る水飛沫のようだ。職人が時間をかけて仕立てることで、生きている樹木にここまで強いイメージを与えることができるなんて驚きである。
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紅葉よりも、樹木そのものに美しさを見る

ピンセットで枯れ始めた紅葉の葉っぱを一枚一枚取り除いている、盆栽のお手入れ中の職人さんを発見。「葉を取ってしまうんですか?」と尋ねると「もう美しくないから」とズバリと答えてくださった。そうか、もうこの鉢の美しいときは終わってしまったのだな……と少し寂しい思いでいると、手を動かしながら少しずつ言葉を続けてくれた。「紅葉はその時だけ、一瞬のものでしょ。みんなそれを見て綺麗だって言うけど、自分たち職人はそこじゃなくて、木の姿そのものを見てる」「こんなに綺麗な幹や枝が、いつでもそこにあるんだからね」。

葉を取り去って、新たな姿を現した山もみじの鉢。葉に気を取られて気づかなかったけれど、幹のかすかな曲線がなんだか色っぽい。
花が咲いた、紅葉した……といった「状態の美しさ」とはまた別の、樹木そのものの「存在の美しさ」を見るということだろう。なんだか人間の話にも通ずるようで、胸にずしっと来る言葉だった。


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手軽なお土産も。編集部も夢中になった盆栽販売所

美術館の駐車場内には、大宮盆栽協同組合の共同販売所が設けられている。1,000円台のお手頃なものから、床の間に直行できそうな立派なものまで揃っており、見ているだけでもワクワクしてくる。ちなみに当日の取材班は、3人中2人がここで鉢を購入して盆栽デビューを果たした。盆栽美術館&共同販売所の魅力発信力、恐るべし!


館内のミュージアムショップで販売されていたオリジナルサイダー「大宮盆栽だー!!」(税込220円)をプハッとやりながら帰路につく。このだいぶ攻めたネーミングといい、VRゲーム作品の展示といい、つくづく盆栽カルチャーの面白さを伝えようとする貪欲さを感じる。

堂々たるオーラにすっかり魅せられてしまい、筆者のスマホの待受画面は、現在あの蝦夷松 銘『轟』である。さいたま市大宮盆栽美術館では1週間ごとに展示される鉢が変化するそうだから、今度訪れた時にはまたどんな出会いがあるのか心が躍る。もしも同じ鉢と向き合ったとしても、盆栽は完成のない生きた彫刻だから、そのたびに違う表情を見せてくれるに違いない。そして深く対話していく中できっと、職人さんが言っていた「樹木そのものの佇まいの美しさ」だって、もっと鋭敏に感じ取れるようになるのではないだろうか。こんなリッチかつ深遠な文化芸術の聖地だなんて、本当にいいなあ、大宮。



アーツカウンシルさいたまによる文化発信プロジェクト「空想するさいたま」は、今後も続いていく。2026年度以降は切り口を変えて、デジタル作品そのものではなくキュレーションプランの伴走支援を行う予定だという。それはつまり、来年度さいたまにてちょっと意欲的で面白い展覧会が開催される、ということ! 果たしてその題材は「盆栽」なのか、「鉄道」「人形」「漫画」なのか、それとも未だ私たちの知らない、また別の魅力なのか。期待に大いに胸膨らませながら、続報を待ちたい。
さいたま文化発信プロジェクト「空想するさいたま」『夢をみる、さいたま、仮に』

日時:2025年11月21日(金)~12月3日(水)11:00~15:30
※11月27日(木)を除く。
会場:さいたま市大宮盆栽美術館(埼玉県さいたま市北区土呂町2-24-3)
※アクセス:JR宇都宮線「土呂駅」東口より徒歩5分、東武アーバンパークライン「大宮公園駅」より徒歩10分
作家:徐 秋成 / ジョ チウチェン / Xu Qiu Cheng
対象:7歳以上(13歳未満は保護者の同伴・同意が必要です)
定員:一度につき2名まで体験可(体験時間は15分程度)
費用:無料
※さいたま市大宮盆栽美術館の観覧は、別途観覧料が必要です。
申込み:不要・当日先着順
※混雑状況によって整理券を配布する場合や、終了時間前に受付を終了する場合がございます。
「空想するさいたま」とは
当事業は、2023年度に東京藝術大学キュレーション教育研究センターと共同で、さいたま市の文化資源である「盆栽・漫画・人形・鉄道」から着想したデジタル作品プラン・キュレーションプランの公募を行い、入選したプランについて、アーツカウンシルさいたまが伴走支援しながら作品を制作するプロジェクトです。
また、実現した作品は、市内外に発信することで、さいたま市の新たな魅力を開拓します。
協力:
さいたま市大宮盆栽美術館、東京藝術大学キュレーション教育研究センター
令和7年度 文化庁 文化芸術創造拠点事業