「夏フェス」や「冬フェス」という言葉は、夏祭りやプール、スキー、スノボと同様にレジャーとしてすっかり定着した。各地で開催される「フェス」は現在どのような意味を帯び、どのような役割を担い、どのように発展していくのか。
今回、ロックフェスティバルをテーマに研究を行っている音楽社会学者・永井純一さんに話を訊いた。コロナという変革期を経てフェスはどのような変化を遂げたのか、海外のフェスでも重要視されている人種やジェンダーなどの社会課題に日本のフェスはどのように向き合っていくのか。そして、著書『ロックフェスの社会学――個人化社会における祝祭をめぐって』で議論されたミレニアム世代とフェスの連動のように、Z世代にとってのフェスはいかなる意味を持つのか。もはや音楽好きのための祭典だけではなくなった「フェス」の意義を考えるため、質問にお答えいただいた。
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1977年兵庫県生まれ。関西国際大学社会学部准教授。博士(社会学)。専門は音楽社会学、メディア研究。世界の音楽フェスを巡り、社会との関係を研究する。著書に『ロックフェスの社会学――個人化社会における祝祭をめぐって』(2016、ミネルヴァ書房)、共著に『私たちは洋楽とどう向き合ってきたのか』(2019、花伝社)、『私たちは洋楽とどう向き合ってきたのか』(2019、花伝社)、『クリティカル・ワード ポピュラー音楽〈聴く〉を広げる・更新する』(2023、フィルムアート社)など。
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コロナ後のフェスシーン。ビジネスの場としても注目が集まる
ー永井さんは2021年に『コロナ禍のライブをめぐる調査レポート』(2021年、日本ポピュラー音楽学会)を執筆されています。コロナ禍が収束してきた現在、コロナ前後でフェスにどのような違いがあるとお考えでしょうか。
永井: 実は、フェスに対する世間一般の認識と内実がずれている気がしていて。というのも、2022年の夏以降は制限はありながらも、市場的にもフェスの内容的にもほぼ元の状態に戻っていたと思っています。
2020年に『コロナ禍のライブをめぐる調査レポート』の調査をした頃は絶望的な気分で日々を過ごしていて。2021年も風当たりが強くて、『フジロック(FUJI ROCK FESTIVAL)』も人はたくさんいるのに、お通夜みたいな感じで不気味だったんです。
―その状態からの転機が2022年だったと。
永井: そうですね。2022年の夏頃からマスクはあるけれどお酒もOKになって、友達と飲食もできて、普通にフェスを過ごせるようにぬるっと再開した印象はあります。
だから2023年に「今年から全て元通りです」となった時に、変化としてはマスク着用の任意化と声出しの解禁くらいで、前年とそんなに変わるのかな? と思っていたんです。でも、実際はやはり違いました。
―どこが変わったのでしょう。
永井:一番大きく違うのは、社会の規範的なものです。2022年までは参加に後ろめたい気持ちがあったけれど、堂々とフェスに参加できるようになった点で大きく変わりました。

ーフェスの現場では、社会規範を反映して参加者の意識の変化が生じたということですが、コロナ禍で配信でのフェス参加も普及したと感じています。フェスの配信に関してはどのようにお考えですか。
永井:2020~2021年は配信が盛んだったのですが、国内フェスに関して強く定着はしなかったと思っています。単独アーティストの公演配信の方が売れ行きはよかったということも聞いていて、期待していたのとは違う現在になっているかなと。
ただ、海外の大規模フェスのいくつかは、配信でブランド力を高めていたし、2023年はありませんでしたが、『フジロック』も多くの人が配信を利用していたと思います。
―配信以上に現場が重要視されているということですね。フェスの現状として、注目されていることはありますか。
永井:新興のフェスが増加していると感じます。おそらく2020~2022年に準備していたものが2023年に開催されたのだと思うのですが、小規模でローカルフェスのテイストはありながら、ビジネスライクな感覚も持ち合わせているフェスが増えています。
背景としては、5~6年前よりもフェスがビジネスの場として注目されるようになり、企業などが協賛や主催として参入するようになったのだと思います。
ーなぜフェスが従来よりもビジネスシーンで注目されるようになったのでしょう。
永井:ローカルビジネスとフェスが連動してきているのだと思います。例えば、クラフトビールの会社が主催するフェスがあるというのが分かりやすいかな(CRAFTROCK BREWING主催『CRAFTROCK FESTIVAL』や協同商事コエドブルワリー主催『麦ノ秋音楽祭』など)。
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フェスを音楽ジャンルと世代から考える
―現在のロックフェスでは、「ロック」という特定のジャンルに拘泥しないジャンルレスなものが増加傾向にあるように感じているのですが、フェスとジャンルの結びつきに関してはどのようにお考えですか。
永井:そもそも『フジロック』が、割とジャンルレスだったんです。「ロックフェス」と言っているものの、テクノもHIP HOPも出るしというので、後続フェスも同様の雰囲気でした。しかし、時間経過とともに、いわゆる「邦ロック」のようなシーンが登場して、それ一色になっていく時代があったのではないかと思います。
―四つ打ちが流行した2010年頃でしょうか。
永井:その周辺ですかね。2010年頃までに増加した地方のフェスは、各地のプロモーターが開催するものでした。背景には、Zeppなどの大規模なスタンディングのハコの成立があって。Zepp規模でイベントを作っている人がフェスを開催すると、ロック系のバンドが自然と多くなって、一気に「ロックフェス」という形式で普及していったのだと思います。
そういったDJカルチャー的なものが排除されロックが残留した一時代を終えて、今はHIP HOPフェスが増えていますが、これは世代間の問題でもあると思うんです。確かに、若年層もロック系のフェスに行ってはいますが、年齢層は上がっていっている。一方でHIP HOPフェスは、若い世代が中心です。世代間の問題としてフェスを捉えると、ジャンルを混ぜた方が今後は広がりがあるのかなと思っています。
ー例えばロックを主で聴くミレニアム世代の人と、HIP HOPを主に聴くZ世代の両方を集合させる、ということでしょうか。
永井:そういうのも面白いかなと感じます。同じメンツで、同じお客さんばかりライブに行っているのは、どこかで限界があると思うので、代謝が上手くいっていない気はします。

ーフェス文化の成熟に伴って多世代化が進行しているように感じる一方で、フェス黎明期からのお客さんが中心になっているフェスと、新しい世代が中心になっているフェスで分断してもいますね。
永井:そうですね。そして「ロック」というジャンルの中でも、新しいロックバンドは出てきているけれど、「若者に人気のバンド」という形で差別化されて、分断している気がします。
ーひとえに「ロック好き」と言っても、「若者を中心にするフェス」や「中高年を中心にするフェス」「国内独自の変化を遂げ続けている邦楽中心フェス」「グローバルなロックの歴史を汲んだ洋楽中心フェス」のように分かれているということですね。
永井:そんな感じが今はしています。ここ何年かは代謝が悪かったのかな。ただ、面白いバンドはたくさん出てきていますし、インディー系のバンドとHIP HOPが接近したり、クラブっぽい雰囲気のバンドが出て来たりと、近接するシーンもあるので注目です。
ー海外のフェスに関してはいかがでしょう。
永井:ドラマや映画など音楽以外のカルチャーの場で、音楽が効果的に使用されカルチャー同士が融合し、他ジャンルの音楽同士の接点が生まれる。それをフェスに反映させることはあるのかなと思うんです。
最近だと『THE IDOL』というドラマがあって。The WeekndとBLACKPINKのジェニーが出演しているんですが、この世界観はまさしく『コーチェラ(Coachella Valley Music and Arts Festival)』です。こういったことが日本の骨格の中で考えるのであれば、アニメで起こりうるのではないかなと。
ーアニメカルチャーにおける音楽使用によって、他ジャンルの音楽同士が接触し、フェスもその影響を受けるということですね。
永井:ええ。他ジャンルの音楽が混ざって一つの価値観を作るということが、フェス以外ではまだ少ないのかもしれないです。ヒットチャートと連動した大規模フェスが、より一層そういった役割を担うことに期待です。