いよいよ最終回を迎えるTBS「日曜劇場」枠にて放送中のテレビドラマ『下剋上球児』。鈴木亮平が『TOKYO MER~走る緊急救命室~』以来、約2年ぶり2度目の日曜劇場主演を務める話題作だ。10年連続県大会初戦敗退の弱小校だった三重県立白山高校が、2018年夏の甲子園に初出場するまでの軌跡を描いたノンフィクション作品「下剋上球児」(菊地高弘 / カンゼン刊)が原案だが、登場する人物・学校・団体名・あらすじはすべてフィクションとなっている。
高校野球の弱小校が甲子園に初出場するまでを描いたドラマということで、「スポ根ドラマ」と呼んで申し分なさそうだが、出演者の鈴木亮平も黒木華も、ドラマが始まる前から「ただのスポ根ドラマではない」と口を揃えていた。「高校野球を通して、さまざまな愛を描くドリームヒューマンエンターテインメント」という触れ込みではじまったドラマ『下剋上球児』。そんなドラマが2023年に放送された意義について考えてみたい。
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ギャラクシー賞にも輝いた女性メインの『最愛』チームが高校野球をドラマ化
日曜劇場でスポーツを描いたドラマということで、ドラマ好きが思い出すのは、最近では『オールドルーキー』(2022年 / TBS系)、『ノーサイド・ゲーム』(2019年 / TBS系)、『ルーズヴェルト・ゲーム』(2014年 / TBS系)辺りだろうか。さらに、高校野球を描いたドラマで言えば『「弱くても勝てます」 開成高校野球部のセオリー』(2014年 / 日本テレビ系)、『ROOKIES』(2008年 / TBS系)、『H2~君といた日々』(2005年 / TBS系)を想起する人もいるかもしれない。
しかし、これらの作品と『下剋上球児』では大きな違いがある。それは、脚本・演出・プロデューサーの全てを女性が担当しているということだ。ここに挙げたドラマはいずれも脚本・演出・プロデューサーを男性が務めている(演出の一部は女性が担当)。特にグループで行う男性スポーツを題材として扱う以上は、出演者の多くが男性になるため、脚本と演出を男性が務めるのは自然な流れだと思うかもしれない。しかし、向田邦子や橋田壽賀子の名を挙げるまでもなく、昔から女性の脚本家もドラマ制作において活躍してきたし、作中では当然のように男性主人公も描いてきた。人間を描くに当たり、性差は大きく影響しないはず(認識の相違があったとしても、異性の意見も踏まえて調整することはできる)にも関わらず、ドラマの中核たる脚本・演出・プロデューサーを、スポーツドラマにおいて女性が務めたことは無かった。その点において、脚本を奥寺佐渡子が、メイン演出を塚原あゆ子が、プロデューサーを新井順子が務めた本作は、画期的と言える。
とは言え、もちろん、画期的だから女性メインでスポーツドラマを作った訳ではないだろう。奥寺佐渡子脚本×塚原あゆ子演出×新井順子プロデューサーと言えば、『夜行観覧車』(2013年 / TBS系)、『Nのために』(2014年 / TBS系)、『リバース』(2017年 / TBS系)、そして、大きな話題となりギャラクシー賞にも輝いた『最愛』(2021年 / TBS系)での名タッグ。TBSのドラマで一歩ずつ実績を重ねた上で、満を持して、TBSの看板枠である日曜劇場で起用されたのが本作である。過去作と並べると、高校野球は異色のジャンルではあるが、過去にタッグを組んだどの作品も、人間関係を丁寧に描き続けていった先に感動があるドラマという点では、分かりやすい恋愛関係や唐突な事件を描かずに、野球の弱小校が愚直に成長していく姿を描く『下剋上球児』と通じるものがある。
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演技と野球の実技オーディションで「下剋上」した俳優たち
制作陣だけでなく、出演者たちも、まさに「下剋上」と呼べる抜擢が行われている。鈴木亮平や黒木華、井川遥など数多くのドラマや映画に出演する豪華キャストを見ると流石の日曜劇場と思わされるが、高校球児を演じる俳優たちには、ドラマ好きといえども見覚えがない俳優が多いだろう。それもそのはず、彼らは「下剋上セレクション」という約半年間の演技と野球の実技オーディションを経て選ばれた俳優たちなのだ。野球の実技オーディションを行ったのは本作ならではで、オーディションを勝ち抜いて選ばれた越山高校野球部メンバーたちーー楡伸次郎(にれい しんじろう)役の生田俊平は高校野球の名門・青森山田高校出身で甲子園出場経験を持ち、藤本大牙(ふじもと たいが)役の鈴木敦也は名門・作新学院野球部出身など、高校野球経験者も多い。実際に彼らが試合シーンで見せるプレーはリアルそのもので、本作の大きな見どころの一つとなっている。
最終回を迎え、いよいよ甲子園出場まであと僅かとなっているが、その主役たる彼らのオーディション風景は『下剋上セレクション 完全版』としてU-NEXTで配信されているので、気になった人は是非、見てみて欲しい。スポーツにおいて練習風景を見ると試合における思い入れが増すのと同様に、ザン高(越山高校)野球部メンバーを演じる彼らに対する思い入れが増すに間違いない。
また、主演の鈴木亮平や黒木華も決して順風満帆なキャリアを送ってきた訳ではない。鈴木亮平は、芸能事務所・制作会社50社以上に履歴書を持ち込んだが断られた経験の持ち主で、2006年にテレビドラマ『レガッタ~君といた永遠~』(テレビ朝日系)で俳優デビュー以降、映画やドラマに出続けていたものの、認知を広げた『HK 変態仮面』(2013年)まで7年、連続テレビ小説『花子とアン』(2014年 / NHK)でブレイクするまで8年かかっている苦労人。
黒木華も、高校演劇の名門・追手門学院高等学校の演劇部で1年生から3年間、主役を務め続けた高校演劇のエリートながら、進学した京都造形芸術大学では学内製作の作品にキャスティングの声がかからず。演劇ワークショップを経て初舞台後、オーディションでヒロイン役を勝ち取り、その後、数々の演劇作品への出演を経た後に2011年から映像作品に進出するなど、一歩一歩キャリアを進めてきた俳優だ(ちなみに、鈴木亮平とは、大河ドラマ『西郷どん』(2018年 / NHK)で夫婦役だったので、西郷どんファンには嬉しい共演だった)。鈴木亮平は過去に『TOKYO MER~走る緊急救命室~』で日曜劇場の主演経験があるとは言え、10年前に2人の主演での日曜劇場を予想出来た人はいないだろう。その点でも「下剋上」と言えるかもしれない。
いよいよ9回(第9話)を終えて延長戦(決勝戦)に進む『下剋上球児』。実話が元になっているからこそ、結果は決まっているし、日曜劇場の前作『VIVANT』のような大きなサプライズは無いかもしれない。しかし、一歩ずつ「下剋上」に向かっていく彼らの姿を決して忘れないだろう。燃え尽きられるなら何も悔いはないさ。