ノーベル文学賞受賞作家カズオ・イシグロのデビュー作『遠い山なみの光』が、終戦80周年となる2025年夏に日英合作の映画として全国公開されることが決定した。
『日の名残り』『わたしを離さないで』など、映画化作品でも高い評価を受ける作家カズオ・イシグロが1982年に綴り、イギリス『王立文学協会賞』を受賞した長編小説『遠い山なみの光』。物語の始まりは、日本人の母とイギリス人の父を持つニキが住むロンドン。大学を中退し作家を目指すニキは、自著執筆のため、異父姉が死んでから疎遠になっていたロンドン郊外の母が一人暮らす実家を訪れる。ニキは、長崎で被爆し、戦後イギリスに渡ってきた母・悦子の過去を何一つ知らない。夫と長女を亡くし、想い出の詰まった家で一人暮らしていた母は、ニキと数日を共にする中で、長崎で暮らしていた頃に知り合った女性とその幼い娘についての最近よく見る「夢」について語り始めるというストーリーで、戦後間もない1950年代の長崎、そして1980年代のイギリスを舞台に、時代と場所を超えて交錯する「記憶」の秘密を紐解いていくヒューマンミステリー作品となっている。
監督を務めるのは前作『ある男』(2022年)が『第79回ベネチア国際映画祭』オリゾンティ・コンペティション部⾨にてワールドプレミアを迎え、『第46回日本アカデミー賞』で最優秀作品賞含む最多8部門の受賞を果たした石川慶。2017年に『愚行録』で長編デビューを飾った後、恩⽥陸の傑作ベストセラーを実写映画化した『蜜蜂と遠雷』(2019年)では、『第74回毎⽇映画コンクール』⽇本映画⼤賞、『第43回⽇本アカデミー賞』優秀作品賞などを受賞した。
同作で主人公の悦子を務めるのは、『ちはやふる』三部作で人気を博し、『海街diary』(2015年)で『第39回日本アカデミー賞』新人俳優賞を、『三度目の殺人』(2017年)では『第41回日本アカデミー賞』最優秀助演女優賞を受賞した広瀬すず。
また、同作の企画を手掛けるのは、細田守監督作『竜とそばかすの姫』(2021年)の制作プロデューサーも務めた石黒裕之。是枝裕和監督の制作者集団「分福」に所属し、石川慶監督も参加した短編オムニバス『十年 Ten Years Japan』(2018年)や、国際共同製作作品『真実』(2019年)、『ベイビー・ブローカー』(2022年)などのプロデューサーを務める福間美由紀が石黒とタッグを組むほか、『キャロル』(2015年)や『生きる LIVING』(2023年)などを製作し、世界三大映画祭や英国および米国アカデミー賞の常連でもある、イギリスのインディペンデントプロダクションNumber 9 Filmsが加わり、日英合作の国際プロジェクトとなっている。
今回の映画化にあたり、石川監督の前作『ある男』の大ファンを公言するカズオ・イシグロ自身もエグゼクティブ・プロデューサーとして参加。制作決定によせて、イシグロ、石川、広瀬からのコメントも発表された。
コメント
●カズオ・イシグロ
私は石川監督の前作『ある男』の大ファンで、彼が私の小説「遠い山なみの光」の映画化を希望してくださった最初の日から、とても興奮していました。石川さんは映画という言語を巧みに操り、俳優たちから見事なニュアンスの演技を引き出す監督です。私が夢中になって読んだ今回の素晴らしい脚本は、ミステリアスで感動的でした。主演の広瀬すずさんは、国際的な舞台において今最もエキサイティングな若手俳優の一人です。これらの理由から、私はこの映画の完成をとても楽しみにしています。
物語そのものは、第二次世界大戦の惨禍と原爆投下後の、急激に変化していく日本に生きた人々の、憧れ、希望、そして恐怖を描いています。今もなお私たちに影を落とし続けている、あの忌まわしい出来事の終結から80年を迎えるこの時期に、この映画が公開されることは、なんと相応しいことでしょう。
●石川慶
目下絶賛撮影中、ロンドンへ向かう飛行機の中でこの文章を書いています。いまだにこの特別な原作を自分たちの手で映画化しているとは信じられない思いでいます。この大きな原作に立ち向かう勇気を僕に与えてくれたのは、他ならぬ原作者のカズオさんの「この物語は、日本の若い世代の人たちの手で映像化されるべきだと思っていた」というお言葉でした。
すでに撮了した広瀬すずさんは、紛れもなく戦後長崎に生きた悦子そのものだったし(本当に素晴らしかった!)、他にも考えうる最高のキャストスタッフが集まってくれました。イギリスからは、自分の青春時代に大きな影響を受けた数々の傑作映画を制作してきた、Number 9 Filmsが参画してくれています。
特別な映画が出来つつある、そういう手応えを確かに感じています。来年の映画公開、ぜひ期待してお待ちください。
●広瀬すず
不安感を抱きながら演じる、そんな日々でした。難しくて、悩みながらでしたが、不穏な緊張感を感じるたび悦子に近づいているのを確信し、心強い座組のなかお芝居できた事がとても宝物のような時間でした。希望を捨てず、光に向かって。まだまだ気が早いですが皆様に届く日まで、待ち遠しいです。
『遠い山なみの光』
原作:「遠い山なみの光」カズオ・イシグロ/小野寺健訳(ハヤカワ文庫)
監督・脚本・編集:石川慶 『ある男』 『蜜蜂と遠雷』
出演:広瀬すず
製作幹事:U-NEXT
制作:分福/ザフール、Number 9 Films
配給:ギャガ
©『遠い山なみの光』製作委員会
<あらすじ>
日本人の母とイギリス人の父を持ち、ロンドンで暮らすニキ。大学を中退し作家を目指す彼女は、自著執筆のため、異父姉の死以来足が遠のいていた、母が一人で暮らす郊外の実家を訪れる。母の悦子は、長崎で原爆を経験し、戦後イギリスに渡ってきていたが、ニキは母の過去を何一つ聞いたことがない。夫と長女を亡くし、想い出の詰まった家で一人暮らしていた悦子は、ニキと数日間を共にする中で、最近よく見るという、ある「夢」について語り始める。それはまだ悦子が長崎で暮らしていた頃に知り合った、とある女性と、その幼い娘の夢だった――。