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NEWS EVENT SPECIAL SERIES

日本のチェーホフ上演におけるひとつの到達点 ケラ版『桜の園』レポート

2025.1.24

#STAGE

撮影:宮川舞子

ケラは悲劇的なストーリーを喜劇として仕立てた

悲劇的な登場人物の心情をストレートに演じる俳優たちによって、本作は感情移入が可能になっている。その一方で、笑いを生み出す数々のやり取りが散りばめられてもいる。人々の別れの日、ロパーヒンがラネーフスカヤ夫人にシャンパンを振る舞おうとするが、ヤーシャがすでに飲み干してしまったために気まずい雰囲気が流れる。あるいは、薄毛のカツラを着用した井上芳雄演じるトロフィーモフは、ロパーヒンとの仲をからかって怒らせたワーリャに「このハゲ!」と言われて、なけなしの髪をむしり取られてしまう。また皿を割ったドゥニャーシャが片付けをする中で、アーニャとワーリャがソファーで話すシーン。そこでは、ワーリャがドゥニャーシャに早く片付けるように何度も言う。するとドゥニャーシャは、より焦って片付けが進まない。このように登場人物たちの関係性のズレが、スカしによる笑いによって増幅されている。

戯曲にも、そのような笑いがあらかじめ書かれてもいる。急に牛のような鳴き声を上げるロパーヒンや、歩くたびに履いた長靴からキュッキュッと音が鳴ることをはじめ、「22の不仕合せ」を抱えているエピホードフ、キュウリをポケットから取り出してかじりながら喋るアーニャの家庭教師・シャルロッタ(緒川たまき)、何度もビリヤードの素振りをしながら喋るガーエフといった具合に。

例えば人は電話をしながら落書きをするように、言葉と行動が一致しているわけではなく、何かをしながら関係のない行動をして緊張を紛らわせたりする。物語の焦点を分散させたりすれ違ったりする人間関係が、個人の台詞内容と行動のズレとしても表れているのだ。とはいえ、台詞の内容とは関係のない意味不明な行動をいざやってみると、ただただ浮いた演技になりがちだ。俳優たちはそれを自然に取り込みながら、「そういう人」として説得力を持たせた。ジョーカーのようなメイクをしたシャルロッタは、実際にカードマジックや布を使った人の消失や出現マジックを披露する(最後にワーリャが全然違う箇所から、やる気がなさそうに出現させられる姿が笑える)。緒川たまきの手さばきは様になっていたが、こうした細部まで技術が行き届いた俳優たちのアンサンブルが、芝居のトーンを支えていた。

そしてケラは悲劇的な状況にある人物たちを引いた目線で演出して、舞台総体を喜劇として仕立て上げた。由緒ある邸宅の壁を表現した舞台美術は、立体的なコの字になっており厚みを感じさせる。それが縦にいくつかに分割されて移動されると、その背景からは立派なさくらんぼの木が何本も植わった庭が現れる。作り込まれたセットは見事だが、単にリアリズムを表現するだけではない。万華鏡のように変化する、青を基調とした照明が舞台美術に当たる中での場面転換時、登場人物たちは扉の出入りを機械的に繰り返しながら、無表情にコミカルなダンスを踊る。また屋敷で舞踏会を開く3幕でも、同様の照明と楽団による音楽が流れる中、ペアになった登場人物たちがワルツを踊りながら、奥の広間から前景の客間にかけて巡る。その後に、広間で行われるダンスが透かし見える中、ラネーフスカヤ夫人とトロフィーモフの世代差が露わになる口論が展開される。トロフィーモフはラネーフスカヤ夫人に領地を諦めることを進言しつつ、未だにパリの愛人に未練があるだらしなさを批判する。ラネーフスカヤ夫人は競売の結果を心配して気もそぞろになっていることもあり、トロフィーモフの恋愛経験の少なさと彼の幼さを指摘して感情的になる。照明で青暗くなった室内、のどかな音楽、機械人形のように踊る登場人物。それらを背景にした口論は、ミスマッチかつ不穏さを漂わせるシーンとなっていた。

左からトロフィーモフ(井上芳雄)、アーニャ(大原櫻子)、ラネーフスカヤ夫人(天海祐希)、ワーリャ(峯村リエ) 撮影:宮川舞子

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