TBSの日曜劇場としては、『ドラゴン桜』(2021年)以来の学園ドラマとなった松坂桃李主演『御上先生』。オープニングからエンドロールまでクールな映像と、教育現場の問題を強く問うメッセージ性も含めて話題となっている。
『ドラゴン桜』に続いて『マイファミリー』(2022年)、『VIVANT』(2023年)、『アンチヒーロー』(2024年)など、話題となった日曜劇場作品を担当してきた飯田和孝がプロデューサーを務めた本作。脚本は、長らく演劇界で活躍し、同じく松坂桃李が主演した映画『新聞記者』の脚本を担当した詩森ろばが執筆した。
「エヴァンゲリオン」シリーズや映画「進撃の巨人」などの鷺巣詩郎が15年ぶりにドラマのテーマ曲を手掛け、ONE OK ROCKによって書き下ろされた主題歌”Puppets Can’t Control You”も人気となっている本作の第5話までをドラマ映画ライターの古澤椋子がレビューする。
※本記事にはドラマの内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい。
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「考えて」で生徒を導く令和ならではの学園ドラマ

『御上先生』(TBS系)では第1話から「パーソナル・イズ・ポリティカル」という言葉が、繰り返し登場する。これは「個人的なことは政治的なこと」という意味だが、第5話まで見ていくうちに、鋭く研ぎ澄まされた刃として、この言葉が心に深く刺さっていった。時に、自分の中にある思い込みに切り込んで来て、血が流れるような感覚になる。それでも見るのを止められない。見なければいけない、そして向き合わなければいけないと、テレビの前で姿勢を正す。
昭和の『3年B組金八先生』(TBS系)、平成の『ごくせん』(日本テレビ系)など、教師が全身全霊で生徒と向き合う学園ドラマは、その時代の社会を映してきた。その点において、『御上先生』は、令和を代表する学園ドラマになりそうだ。御上先生は、生徒を救わない。その代わりに導く。彼がよく言う「考えて」は、決して相手任せにする言葉ではない。その言葉からは、生徒自身の思考を刺激し、他人に委ねず、自ら考え、責任を持つ意識を育てようという意志が伝わって来る。
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はじまりはONE OK ROCKと『VIVANT』プロデューサーの出会いから

『御上先生』は、『VIVANT』(TBS系)や『アンチヒーロー』(TBS系)などを手掛けてきた飯田和孝プロデューサーが企画したドラマである。本人へのインタビューによれば、企画の発端は、飯田が2016年にNHKで放送された、1,000人の18歳世代が、アーティスト・ONE OK ROCKと共に1回限りのパフォーマンスを行うイベント「ONE OK ROCK 18祭 2016」を見たことで、それを見て、声をあげる18歳の若者と、それを支える大人の姿を描きたいと強く感じ、企画を立ち上げたという。そして、この企画に社会派要素を吹き込んだのは、劇作家・舞台演出家・脚本家として活躍し、映画『新聞記者』で第43回日本アカデミー賞優秀脚本賞を受賞した詩森ろば。「官僚教師」というあまり見たことがない設定を生み出したことで、違和感なく社会と接続する学園ドラマに仕上がっている。
主題歌は、先のONE OK ROCKによる書き下ろし曲” Puppets Can’t Control You”。涼やかに見えて高温で燃えている青白い炎のような本作の最後に、力強いロックサウンドが鳴り響く。主人公・御上孝(松坂桃李)と生徒たちの叫びを聞いているような感覚になる。
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社会への無関心と性別への思い込みを突きつける

本作の生徒たちが置かれている「18歳」とは、絶妙な年齢だ。選挙権は与えられたものの、大人の庇護下に置かれ、子ども扱いされる。政治的なこと、社会的なことに言及すると苦言を呈されることも多く、行動の責任を追及されることも少ない。『御上先生』での各エピソードからは、日本に生きる18歳が置かれた独特の感覚が伝わってくる。
一方で、その社会への無関心さに年齢は関係ないことも痛感させられる。どこかで起きた殺人事件、教師の不祥事による家庭の崩壊、金融マンのリストラ。ニュースで取り上げられるような事件だが、当事者として巻き込まれなければ、他人事に過ぎないと思っている人がほとんどだろう。『御上先生』を見ていると、「テレビの前のお前もそう思っていないか?」と、喉元に刃を突きつけられるような気分になる。

物語のはじまりは、ある殺人事件。国家公務員試験会場で、ある受験生が、別の受験生によって刺し殺された。犯人の母親・冴島悠子(常磐貴子)は、隣徳学院に勤務していた時、隣徳学院生徒・神崎拓斗(奥平大兼)に自身の不倫を暴露され、学院と家庭を追われていた。神崎は、報道部の部員としての正義感に従って、学院の事件を校内新聞という形で報道してきた。その神崎の行動が、殺人事件につながった可能性を、御上は「バタフライエフェクト」という言葉を用いて指摘する。自分の行動が社会と繋がる可能性があるという意識の欠如。第1話から、これまで無関係だと切り捨てて来た事件の数々が脳裏をよぎった。神崎は、その後、御上の指摘なども踏まえて自身の行動を省みて以降、真摯に殺人事件の調査に向き合っていく。
『御上先生』は、無関心さだけではなく、無意識にある性別への思い込みにも切り込んで来る。冴島は、隣徳学院の同僚男性教師と不倫していたにも関わらず、男性教師は学院系列の学習塾に左遷されるだけで、冴島は学院からはおろか、教育業界からも姿を消していた。また、御上が官僚兼教師として担任を任されたクラスは、前年まで若い女性教師である是枝文香(吉岡里帆)が担当していたクラスだった。なぜ女性ばかりが仕事上の不利益を被るのか。御上が、是枝や生徒たちが当たり前に受け入れていたことを指摘するたびに、社会にある不均衡に思いを馳せる。

さらに、第1話、第2話で描かれてきた殺人事件についてのエピソードの締めとして、第2話の最後では、事件の犯人・真山弓弦(堀田真由)が女性だったことが明かされる。ドラマを見ていた自分も、勝手に犯人は男性ではないかという無意識の思い込みをしていたと、自覚させられた。
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「パーソナル・イズ・ポリティカル」の本質

第1話、第2話で描かれた神崎の報道姿勢、第3話、第4話で描かれた東雲温(上坂樹里)の父親の自主退職と教科書検定の関係、第5話での冬木竜一郎(山下幸輝)の父親の仕事とリーマンショックの関係。さまざまなエピソードを通じて、「パーソナル・イズ・ポリティカル」の本質を浮き彫りにしている。
自分が置かれている苦境や生きづらさを個人的なことだと捉えると、「努力が足りなかったから」「そういう環境だから」などと自己責任の枠に収められ、ごく狭い範囲での犯人探しが始まってしまう。実際に、神崎や東雲、冬木は、自分が置かれた状況について、当初は御上に対しても怒りを向けていた。しかし、御上はそんな彼らに「考えて」と言い続け、思考と行動を促す。
個人が抱える問題の背後には、政治的な課題や社会の不均衡が潜んでいる。それを知るためにも、考えなければならない。御上は、視野が狭くなりがちな生徒たちを導いていく。個人の問題の裏には、どんな社会問題が潜んでいるのか。自分の行動は、どこへつながっていくのか。この国で生きている以上、どんな立場であろうと考え続けなければならないのだ。
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いよいよ第6話からは物語の核心へ

殺人事件の犯人の正体や、神崎の行動とのつながりが明らかになった一方で、弓弦が収監されている刑務所をうろつく謎の青年(高橋恭平)の正体は不明のまま。また、御上が隣徳学院に赴任した目的や過去も、はっきりとはされていない。また、御上が巻き込まれた天下り斡旋疑惑や文部科学省側の動き、隣徳学院にたびたび届く怪文書を送っている犯人なども気になるところ。御上のクラスには、まだフィーチャーされていない生徒たちも多数存在する。後半にかけて、それぞれの立場が交錯し、さらに奥深い「パーソナル・イズ・ポリティカル」が描かれることになりそうだ。

第5話の最後には、御上の過去を報じる記事が世に出るという展開に。御上が、自分の行動の責任をとろうとする神崎を支えたように、次は神崎が御上の闇に手を差し伸べようとしている。第6話では、いよいよ物語の核心へと踏み込んでいくことになりそうだ。『御上先生』を見終えたとき、個人が抱える問題がどう見えるのか、この社会がどう見えるようになるのか。御上の「考えて」という声を聞ける間に、問題に向き合う力を養いたいと心から思う。
日曜劇場『御上先生』

TBS系にて毎週日曜よる9時から放送中
公式サイト:https://www.tbs.co.jp/mikami_sensei_tbs/