音楽家・高木正勝の前後編でお届けするロングインタビュー前編では、2024年に公開された映画『違国日記』と『キッチンから花束を』の音楽制作話から、誰かと一緒に作品を作ることについての作家論を受け取った。
後編では、未公開の新作映画で手掛けた音楽にも関係があり、幼少期から興味があった仏教について、そして自身のプロジェクト「Marginalia」にも通じる、他者を受け入れることについて話を聞いた。そうやって作品の話をしていると、いつのまにか人生論に辿りつくから不思議だ。
心を開いて仲良くならなくても、何かもう1つ、自分がこの状況でも楽しめる視点は絶対ある -高木正勝
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仏教に向き合った、未公開映画の音楽
ー2024年に公開された映画『違国日記』と『キッチンから花束を』に加えて、もう一つ作品を録り終わったと伺いました。2024年7月に出演された『FESTIVAL FRUEZINHO 2024』のときに「ずっとやりたかった音楽だった」と仰っていましたが、どんな映画なのでしょうか。
高木:『光る川』という映画です。表には出ていませんが、裏テーマに仏教があって、もうこれは絶対にやりたいと。僕の実家はお寺なんです。ひいおじいさんが岐阜から京都にやってきてお寺を始めたから、幼少期から仏教がずっと身近にあって。でも多くの人と同じで、「南無阿弥陀仏ってそもそも何?」「仏さまって誰?」と思っていました。これまで仏教そのものとは全然向き合ってこなかった。
―どうしてでしょうか。
高木:親と同じ道には進みたくない、みたいなことってあるじゃないですか。やっていることはいいと思うけれど、そのまま継ぎたくはない。不思議ですけれど、そんな感じで離れてしまうものなんですね。
だから今回のオファーをいただいた時、はじめてしっかり向き合えるきっかけになると思ったんです。同時に、最近兄のお嫁さんが、急にお寺を継ぎたいと言い出して。驚いたけれど、これまでいろんな人の節目の話を聞いてきた中で、最高にいいなと思ったんですね。それも僕の中で仏教へのスイッチが入ったきっかけでした。それからは仏教の本を読んだりする中で、自分なりにゆっくり理解が進みました。「南無阿弥陀仏」って唱えますか?
ー自分で唱えたことはないです。お葬式で聞く、くらいですね。
高木:意味わかります?
ーいや、あまりわかってないです。「仏さま」みたいな感じですか?
高木:そう思いますよね。僕も同じように思ってました。漢字で書かれていますが、元々はインドで唱えられていた音なんですね。サンスクリット語で南無は「このうえない」「他にない」という最上級の意味で、阿弥陀仏は「すんごい光」という意味らしいんですよ。だから意味は「この上なくすんごい光」。いいイメージですよね。亡くなった方やお墓を前にしてそれを唱えていたんだって(笑)。
ー全然「仏さま」じゃないですね。
高木:そう、人のイメージじゃないんですね。すごく純粋なんですね。亡くなった人のお墓の前で「すんごい光、すんごい光」って言っている。それっていいな、分かると思って、知れば知るほど、今まで自分が興味があったり、音楽でやってきたことだったりと、そんなに違わないと思いました。