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グラフィックデザイナー・岩屋民穂の原体験とアイデア源、仕事の流儀とは

2024.1.8

#ART

グータッチでつなぐ友達の輪! ラジオ番組『GRAND MARQUEE』のコーナー「FIST BUMP」は、東京で生きる、東京を楽しむ人たちがリレー形式で登場します。

10月19日は、「GraphersRock」名義で活動するグラフィックデザイナーの岩屋民穂さんが登場。グラフィックデザイナーになった理由やインスパイア源のスクラップブック、好きな映画についてなどのお話を伺いました。

2つの思いの接点としてのグラフィックデザイン

Celeina(MC):まず、プロフィールをご紹介させていただきます。岩屋さんは、サイバーパンクやテクノカルチャーをベースに、「GraphersRock」名義でCDジャケットやアパレル、グッズ、広告媒体と多岐にわたるメディアでグラフィックワークを展開されています。主な仕事にでんぱ組.inc、tofubeatsのCDジャケットデザイン、またPUMAやAdidasでのスポーツアパレル、スニーカーのコラボレーションや、Jリーグチーム「ガンバ大阪」のユニフォームデザイン、さらにハーレーダビッドソンではバイクのデザインを担当されています。

タカノ(MC):私が昔から聴いていたMaltine Recordsにも関わられているとのことで感動してしまいました。皆さんも「GraphersRock」で検索していただいて、作品を見ながら「FIST BUMP」をお聴きいただけると、分かりやすいかなと思います。

Celeina:「GraphersRock」のウェブサイトを拝見すると、どのコラボレーションでも岩屋さん自身のカラーを落とし込んでいらっしゃるのが印象的です。グラフィックデザインに興味を持ったきっかけは何だったんでしょうか?

岩屋:僕は強く「グラフィックデザイナーになろう!」という感じではなかったんですが、幼少期から折り紙や工作、お絵かきなど、何かを作る遊びをしていて、将来的に「何でもいいから物を作る仕事をしよう」というのをずっと考えていたんです。そんな中、1985年に『つくば万博(国際科学技術博覧会)』があったことで、将来の予想やテクノロジーの素晴らしさ、技術の全能感のようなことを5歳か6歳くらいの時に植え付けられて、パソコンやテクノロジーに関心を抱くようになりました。

大学生くらいの時に、1990年代のDTPブームの中で、パソコンを使ってグラフィックをようやく制作できるようになったことで、大好きなパソコンを四六時中使いたいという思いと、何かを作る仕事がしたいという2つの思いが合致して、グラフィックデザインに至りました。

タカノ:『つくば万博』が原体験にあったというのは、岩屋さんの作品が持っているフューチャー感のような世界観と繋がりますね。

Celeina:パソコンやテクノロジーが好きだったとのことですが、作風に影響を与えたものはありますか?

岩屋:これも『つくば万博』からの流れになるのですが、1990年代はテクノやレイヴのカルチャーが日本に多く輸入されたタイミングなんです。ちょうどその頃に10代を過ごしたので、そのカルチャーが何かを制作する上での自分の原体験になっています。

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