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絵画と音楽の、とびきり濃密な時間
そしておそらく本展の最大の観どころは、セクション5の「絵画と音楽」だ。ミュージシャンが絵画に真摯に向き合い、その影響から新しい音楽を生み出す様子には感動した。

本展初公開となるユーミンの新曲“小鳥曜日”は、ある日窓辺に訪れた小鳥が、今は飛び去ってどうしているのか知る由もない、小鳥も私を覚えていやしない……という切ないナンバーだ。歩き続けていると気づきにくいが、展示室の木々は不規則なリズムで左右に影を伸ばし、タイムラプス映像のように時間の経過を感じさせる。じっと立ち止まって音楽に身を浸していると、世界が自分を置いてどんどん先へ進んでいってしまうような不思議な感覚に包まれるのだ。

『小鳥曜日』の小鳥はどこにいるのだろうか? このインスタレーションにおいておそらくそれは、鑑賞者のことなのだろう。展示室を訪れては去っていく人々を、窓のような額縁の向こうからマティスの『顔』が見つめている。この先も芸術として長い時を超えていくその顔に対して、私たち一人ひとりの生きる時間はあまりにも短く、ふれあえるのは一瞬である。松任谷家には日頃からマティスのドローイングが飾ってあるそうだが、その中で松任谷正隆は「人間と絵画は時間の感じ方が違う」と考えるに至り、このインスタレーションが生まれたという。なるほど。

バンド・Sonic Youthのメンバーであり、オルタナティブロックのスターであるキム・ゴードンの作品は『オノ・ヨーコの「インストラクション・ペインティング」のためのサウンド・イベント』。会場では、オノ・ヨーコのテキストに霊感を得て作曲された、短くも密度の濃いメロディが一定時間をおいて流れるようになっている。10秒から1分ほどの曲が47曲もあるので、全てを聴こうとするならビーズクッションに腰を落ち着けて気長に待つしかない。考えてみれば、こんなに美術館の床面に近く座るのもレアな体験である。

壁にオノ・ヨーコのテキストが日本語と英語で用意されているので、手もとに引き寄せて眺めながら音楽とマッチングさせる。いま流れている曲がどれなのかは、キム・ゴードンが曲の冒頭にタイトルを呟いてくれるので、頑張って聞き取る。もしくは、曲に耳を澄ませて、そのイメージから元テキストを類推するのも面白いだろう。

このセクションの中でもひときわ尖った輝きを放っていた『ハロハロハロハロ』にも触れたい。マニラ出身のアーティスト、デビッド・メダラの自画像をLEDで再現した荒川ナッシュ医の作品とともに、ハトリ・ミホの明るくも禍々しいポップミュージックが流れる。タガログ語で、ごちゃ混ぜの意であるハロハロは、混ぜて食べるフィリピンの代表的スイーツ。<ちゃんと混ぜて〜 / ちゃんと混ぜて〜>と可愛い歌詞が続くかと思いきや、日本軍のマニラ占領、戦争加害の隠蔽を告発する、ぎょっとするほど切れ味鋭いナンバーだった。まさに、キュートと不穏が「ごちゃ混ぜ」になった作品である。過去と現在、今後の見通しもすべてハロハロして美味しく食べるけど何か? という強かさと、妙な爽やかさが口に残った。