2021年に自主レーベルを立ち上げてソロ活動をスタートし、2025年にはメジャーデビューを果たすなど、ミュージシャンとして着実にキャリアを重ねてきた鞘師里保。メジャー1st EP『Too much!』(2025年)で「自分の限界を突破する」ことに挑んだ彼女が、9月2日に新たにリリースされたEP『OWN』で向き合ったのは、その先にある「成功も失敗も引き受け、自分のものにしていく」というテーマだった。
近年は俳優としても活躍の幅を広げる鞘師だが、ここに至るまでには、モーニング娘。を卒業した17歳の頃に抱えていた「自分の人生を自分で作る」ことへの焦りや、ダンス留学での渡米を経た、その後のさまざまな試行錯誤があった。そんな彼女は今、迷う時間や思い通りにならない出来事さえも、人生の一部として面白がれるようになったという。
選択肢が増える一方で、常に「正解」を選ぶことを求められるような時代に、自分の人生を「OWNする」とはどういうことなのか。『OWN』の制作や歌唱表現の変化、これまでの歩みを振り返りながら、鞘師里保が考える「自分の人生を生きること」について聞いた。
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「失敗を受け入れて、自分の身にして、人生の足跡にしていく」(鞘師)
─今回のメジャー2作目となるEP『OWN』のテーマとなっている「Own your mistakes(失敗も自分のものにする)」は、どこから生まれたんでしょう?
鞘師:前作の『Too much!』は「自分の限界を突破する」がテーマでした。「やりすぎ」くらいやってみよう、という。ビジュアルもボクシンググローブをはめてパンチしているものだったし、「日常を捨てて異世界転生してみたい」という世界観の“転生chu☆”という曲があったりして。
鞘師:じゃあ限界突破に挑戦した次はどうしていこうかと考えたとき、チャレンジしてやりすぎたとしても、失敗も成功もすべて自分の責任として引き受けていこうと思いました。もう少し冷静に自分を見つめながら、一歩一歩踏みしめていく。そんな『Too much!』の先にあるものをイメージして、今回の『OWN』は制作しました。
チャレンジしたことによって、一見失敗だと思ってしまうこともある。でも失敗から学ぶこともあるし、失敗があったからこそ「あれって自分に合ってたんだ」と、違う場所にある正解に気づくこともあると思います。ちゃんとそれを受け入れて、自分の身にして、人生の足跡にしていく。そういう流れから、今作のテーマは必然的に決まっていった感じですね。
─2024年のアルバム『Symbolized』では、完了形になっているタイトルが表すようにそれまでのキャリアを一区切りし、その次の『Too much!』では自分の限界を押し広げて、今回の『OWN』では、これまで得たものを自分自身のものとして引き受けていく。ここ数年の作品が、すごくきれいにつながっているように感じました。
鞘師:うれしいです。どういうつながりを作品に持たせるか、うっすら考えながらやってきたんですけど、「そういえば『Symbolized』もそうだったな」って、お話を聞きながら思い出しました。偽ることなくやってきたものが、日記のようにそのまま残っている感じがします。

1998年生まれ、広島県東広島市出身。2011年にモーニング娘。9期メンバーとしてデビューし、2015年に卒業。ダンス留学のため渡米したのち、2021年8月に自主レーベル「Savo-r」を設立し、ソロアーティストとしての活動を開始した。2024年からは俳優としての活動も本格化し、地上波ドラマや舞台で主演を務める。2025年にメジャーデビュー。2026年9月2日にEP『OWN』をリリースした。
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「そうあるべき」に守られた10代から、自分の人生を所有することへ
─モーニング娘。を卒業した17歳の頃は、自分の活動や人生を「OWN」(自分のものにする)できていないんじゃないかという焦りがあったのではないかと思うんです。
鞘師:そうですね。グループにいた頃の私は、「そうするべき」「そうあるべき」というものに、すごく大切に守られてきた部分もあったし、それによって自分が強くなったところもたくさんあったと思います。
でも、10代、20代と人生を歩んでいく中で、自分に必要なものも環境も変わっていくし、環境が変われば自分に必要なものも変わっていく。17、18歳の頃は、「ここで自分が変わらなければ、20代という扉を開けられないんじゃないか」という不安に駆られていたのだと思います。
その行き着く先として、「自分で自分の人生を所有して、OWNすること」につながっているのかもしれないですね。自分の現在地によって必要なものが変わっていくから、その都度自分が適応できるように日々調整している、みたいな。いろんなものを広い視野で見たうえで、自分の人生をつくることができる視点を持つ。それがずっと目標だったのかなって、振り返ると思いますね。

─その「調整」の歯車がかみ合うようになった感覚がありますか?
鞘師:歯車が合う時間は増えていると思いますが、「歯車が合わないことだって人生だし、それが面白い」とも思えるようになってきました。突然のアクシデントも楽しいし、そもそも私が「こうなったらいいな」と計画していたことって、結果的に全部覆されていて(笑)。逆に、ふわっと頭に一瞬だけ浮かんだ夢みたいなことが、何年後かにつながっていたり。
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「これだ」と思える瞬間も、迷っている時間も。答えを出さない“どっち?”
─その感覚は『OWN』に入っている“どっち?”に顕著だと思いました。この曲はいろいろ悩んでいるけれど「私はこうする」という正解は出さないですよね。<どっち? どっち?>と問い続けて終わる。
鞘師:そうなんです。一緒に作詞させていただいたFurui Rihoさんが「<どっち? どっち?>というフレーズが浮かんできた」と言ってくださって。すごくこのEPらしい曲になるなと思いました。
─今はSNSを見ていても「こっちが正解です」と言い切る人がすごく多いですよね。そうした方が目を引くし、自分が信じたいことを肯定してくれる情報も探せばいくらでも見つかる。だからこそ、「どっち?」と決めないままの状態に居続けることが大事なんじゃないかと思うんです。
鞘師:「言い切ってくれたら楽なのに」という世界ではありますよね。選択肢も多すぎて、自由すぎることもしんどい。でも、自分の生活に身近なところで「これだ」というものを見つけた瞬間が宝物というか。
例えば10代のときに「これだ」と思ったものでも、20代になったらあっという間に忘れてしまっていたりする。でも振り返ると、形を変えながら同じような趣味を持ち続けていたりするじゃないですか。
いい例えかわかりませんが、前は食玩とか食品サンプルが好きだったんですよ。今ではそれに飽きたと思っていたのに、いつの間にかそういうガチャガチャばっかり回していて(笑)。
だから、何かを決めすぎずになんとなく過ごしている時間や、迷っている時間ってすごく大事だと思います。そういうものの積み重ねが人生の醍醐味だし、幸せなことなのかなって。

─とはいえ、どっちつかずでいることを「つらい」と思う瞬間もあります?
鞘師:ありますね。でも「これをどう攻略していこう?」と考えるのが、ちょっとずつ面白くなってきていて。そう思えるようになったのは、ソロ活動をするようになって、より「人」というキーワードを感じるようになったからですね。
「歌手だから」「バンドの人だから」とかではなく、本当に1対1の人間なんだって強く意識できた瞬間、すごく面白くなるんです。
その人を知ること自体も楽しいですし、その人といる自分が何を得ているのか、日々ちょっとずつ収穫しているような感じがあって。もちろん、時には「うっ……」みたいなときもありますが(笑)。でも、生きてるって感じがします。

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「歌に対する概念が、柔らかく崩されていくのを感じました」(鞘師)
─今回のEPもですが、鞘師さんは作詞作曲のクレジットに入っていない曲でも、制作前にかなり細かくイメージを話し合って共有しているそうですね。
鞘師:実際に手を動かしてくださっているのはクリエイターの方ですが、「私はこういう思いがある」ということをちゃんとお伝えするのは大事にしています。
そうすると、「これは自分の曲だ、自分の言葉だ」と感じられる楽曲が生まれるんですよね。一方で、自分の中にある思いが誰かによって言語化されたときに新しい自分像が生まれることもあって。それが、一緒に制作させてもらったり、曲を書いてもらったりすることの面白さだと思います。

─今回、歌い方にも変化を感じました。以前よりも、曲に対してナチュラルに寄り添っているというか。
鞘師:以前は、自分で歌詞を書いている曲でも、どちらかというと「自分が自分をプロデュースしている」ような感覚がありました。
─「歌手・鞘師里保」を、ご自身が操っているような。
鞘師:どこかにそういう感覚があったと思います。でも、その比重がどんどん変わってきていますね。
Furui Rihoさんや、“I AM”を書いてくださったVelaさんから「プロダクトとして考えたら、ここはもうちょっとテンションを上げてポップに歌ってもいいかもしれない。でも、あなたの気持ちを歌っている曲だから、そのまま語りかけるようにした方がより伝わると思う」とアドバイスをいただいて。自分が持っていた歌に対する概念が、柔らかく崩されていくのを感じました。
─本作の中でチャレンジングだったことはなんですか?
鞘師:“幸福失格”はドラマ『付き合ってあげてもいいかな』のED主題歌で、ストーリーからインスピレーションを受けていて、チャレンジではありました。この曲に関してはストーリーテリングというか、「演じている」という感覚を持ちながら歌ったのですが、それも初めてでしたね。
でも不思議なことに、チャレンジしたつもりであればあるほど、「鞘師らしい」と言ってもらえることが多い。“幸福失格”もそのひとつかなと思います。
─近年は俳優としての活動も増えています。演じる経験は、音楽にどういった影響を与えていますか?
鞘師:技術的に何がどう変わったのかは、正直まだ模索中ですが、歌うときに自分の中で情景がはっきりと映るようになりました。
これまでは、自分が感じてきたことをベースに歌っていたと思います。「昔の自分はあの場面でこういうふうに思っていた」とか。でも、そこをベースにしながら、経験したことのない景色をイメージして歌えるようになってきた。それは、お芝居をさせていただく過程で生まれたものかもしれないですね。
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手の届く範囲から変えていく。地に足をつけるための、小さな実践
─音楽に限らず、最近影響を受けているものはありますか?
鞘師:料理家の人たちかもしれないですね。最近でいうと長谷川あかりさん。ラジオ(『鞘師里保とこれからの時間』)に来てくださったこともあるのですが、「生活をしている」というところからクリエイションしている人たちから影響されることが多いです。
鞘師:私はつい色々と頭を巡らせてしまうところがあるので、昔はミニマリストの人の本を読むこともありました。そういう意味で長谷川さんは、食の中である種ミニマリスト的な方だと思うのですが、それでもちゃんと「自分のちょうどいい」を選んで生活されている。その試行錯誤している感じが私の考え方にも合うし、参考にしたいなと思います。
あとは、自分の住処を整えることも昔から好きなので、人の家の様子を見るのもすごく好きですね。

─「地に足のついた生活」を大事にしたいという感覚ですか?
鞘師:どうなんでしょう。でも、「ちゃんと地に足がついている」と自分で思えるような事実がないと不安、というのは根底にあるのかもしれないです。それがいいことなのか、未熟なことなのかはわからないですが。
例えば、冷蔵庫にあるギリギリの食材でちゃんとディナーができたら、「自分すごい」って思える(笑)。「ちゃんとやってるよね」と。
─自分の生活を自分でマネージメントできている、という実感ですね。
鞘師:そう。でも、それを求められてしまう時代でもあると思います。「自分でどうにかしないといけない」というか。
例えば政府に求めても、すぐには変えられないものが多すぎますが、自分のそばにある生活ならすぐに改革できるよねと。そういう手っ取り早さもあると思います。そうせざるを得ないこと自体には、ちょっと苦しいところもありますけどね。
─自分の生活は変えられても、その外側はどうにもならない。「そこで満足していいのか」という葛藤もありながら。
鞘師:そういうものもありつつ。スマホが40万円したりすることもありますし。それを買うにはすごく勇気がいりますよね(笑)。
