もうすぐ本屋さんは無くなってしまうのだろうか? 地域や人とのつながりを重視する小規模な「独立系書店」が流行している一方で、全国の書店の数は2026年3月末時点で1万店を下回り、書店を取り巻く環境は大きく変化している。劇的とも言える変化に瀕している書店と本をめぐる対談をお届けする。
書店の歴史を20年以上当事者として見つめてきた山下賢二は、2004年に京都・左京区にガケ書房をオープンし、現在は浄土寺に移転してホホホ座浄土寺店を営んでいる。「昔ながらの本屋」のマインドを受け継ぐ「令和の本屋」を続ける彼の名を、本好きなら一度は耳にしたことがあるだろう。
一方で、京都を拠点に活動する振付家・ダンサーの山下残にとって、本はずっと大切な存在であり続けている。代表作『そこに書いてある』は、観客に約100ページの本を配り、その本をめくってもらいながらダンスパフォーマンスが進行する、というユニークなものだった。現在行われている『KYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭』でも、ベトナムのアーティストとともに本を作り、そこから舞台作品を立ち上げるというプロジェクトが進行している。
そんな「ダブル山下」による対談は、閉店後のホホホ座浄土寺店で行われた。言葉の集積物としての本を扱う人と、言葉を使ってダンスをつくる人。言葉に向かって風変わりなアプローチを続けてきた二人は、褒め称えたり、けなしたりする言葉ばかりが過剰に流通する現代に、どんな視点を持って生きているのだろうか。
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ガケ書房に惹かれた理由。「自分の場所」を持つということ
ー今回のダブル山下対談は残さんからのたっての希望で実現したのですが、その理由はなんでしょう? 賢二さんが経営していた「ガケ書房」(2015年に「ホホホ座」に移転、改名)にも足を運んでいたそうですね。
残:はい。ロックンロールな内装が気になってまして。
賢二:なんか恥ずかしい(笑)。
残:僕はそんなに人と話すのは得意じゃなくて、特に初対面の方とは緊張するんですけど、でも音楽の話とか、映画の話とか、そういうのだと、まあ割と楽に話せるかなと思って……。いや、もちろんそれだけじゃなくて、今回の作品(『giọt-giọt | しずくたち』)で本をつくるので、書店を営んでいる方とお話ししたかったんです。あの頃のガケ書房のイメージとも重なるところがあって……山下さんは、ロックンロールな方と思ってもよろしいですよね。
賢二:ロックの概念って人によってそれぞれ違いますけど、もちろんロックは好きですよ
ー当時のガケ書房はどんな場所だったのでしょうか? 残さん的にぐっと来るポイントはどんな?
残:ダンス、とくにコンテンポラリーダンスというものをやっていると、やはり何かしら野心が生まれまして。活動の幅を広げたい、海外ツアーをしたら一目置かれる、助成金をもらったらステータスになる、とか。20代、30代の頃の自分もそれを目指していたわけですが、いまになって思うのは、京都で自前の場所を持って、そこでいつでも発表できるスタンスを持ち続けるのが大事、ってことなんです。僕も音楽から表現を始めた人で、山下さんも音楽は好きだと思うんですが、ガケ書房は書店だけれどライブなんかも積極的にやってましたよね。
賢二:当時はライブハウスのようにも機能したくて、バンド編成のライブなんかもやってました。
残:自分のスペースを持って、自分の好きな企画を立てて、オルタナティブに人を集めて運営している。やっぱりそこにちょっと気を惹かれるもの、当時から自分のアンテナに引っかかるものがあったんですよね。

1970年大阪府生まれ。代表作に、出演者による人生の大切な一冊をダンスとして紹介する『詩の朗読』、100ページの本を配り観客がページをめくりながら舞台が進行する『そこに書いてある』、スクリーンに映写される呼吸〈すう・はく〉の記号と俳句の引用から成るテキストを身体とリンクさせる『せきをしてもひとり』、ダンス作品をどうやって作ったらいいのか分からない毎日の声の記録『横浜滞在』、揺れる舞台装置の上で4人のダンサーが振付の自由と制約に挑む『船乗りたち』、等々。
賢二:ガケ書房は11年やって、ダンス公演も何回かやりましたね。ストリップの人もいたし、いわゆる白塗りの人(=舞踏、暗黒舞踏)もやったし。あとは主婦の人たちがダンスをやるとか。
いまもそうなんですけど、僕は基本的に受け身の人間で、持ってこられた話をどうやってお膳立てするか、ってことだけをやってきました。場所があることで向こうから話を持ってきてくれて、結果としてそれが出会いの場として成立してたってことですよね。

1972年、京都生まれ。2004年に「ガケ書房」をオープン。2015年に「ガケ書房」を移転・改名し「ホホホ座」をオープン。著書に『君はそれを認めたくないんだろう』(トゥーヴァージンズ)、『ガケ書房の頃 完全版』(ちくま文庫)、『喫茶店で松本隆さんから聞いたこと』(夏葉社)、『やましたくんはしゃべらない』(岩崎書店)、共著に『ホホホ座の反省文』(ミシマ社)、編著として『わたしがカフェをはじめた日。』(小学館)などがある。一妻、一女、一男、一亀。
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いわゆる独立系書店ではない。山下賢二が考える「令和の本屋」とは?
ーガケ書房が開店したのが22年前(2004年)ですね。いまでこそ「独立系書店」なんて言葉が使われるようになって、京都でも日本全国でもいろんな人たちが自分たちの場所をつくっているじゃないですか。ガケ書房、そしてその後のホホホ座はそのすごく早い例だと思います。
賢二:書店業界の細かい話をすると、ガケ書房もホホホ座浄土寺店もちょっと独立系書店とは違うんですよ。ウチは紀伊国屋書店や丸善と同じでいわゆる大手取次会社(※)と「個人」で契約してる書店なんです。
※日本では、本の流通を日本出版販売株式会社(通称:日販)と株式会社トーハンの二社で担っている。本専門の問屋のようなもので、出版社と書店の間に入り、取り次ぐ役割をしている。
ー日本の出版業界って特殊ですよね。取次は出版に関する銀行のような役割を持っていて、それによって日本の書籍文化が下支えされてきた側面があります。
賢二:取次のシステムを活用すれば週刊誌も参考書もエロ本も仕入れられるんです。もちろんマニアックな本もベストセラーも仕入れられる。それによって何ができるかというと、美容院に毎週週刊誌を配達したり、新聞の書評コーナーの切り抜きを持ってきたおばあちゃんの「この本ある?」っていう要望にも応えられるんです。
ここには『コロコロコミック』を毎月買いに来る子どももいますからね。めちゃくちゃとんがった、アンテナ張ってるバリバリの本と、そうじゃない日常の地続きの本を両輪でやってる感じがしてて、それこそが街の本屋として一番健全なのかなと。それが僕のやりたい「令和の本屋さん」なんです。

ーデジタル化というより、少子化による急激な人口減で既存の取次システムが成り立たなくなりつつある状況では課題も多いですが、共感します。学校帰りの小学生が店主に怒られたり嫌味を言われながらも漫画を立ち読みしてる風景は、教養や文化の根っこだったと思います。
賢二:新刊が扱える取次制度は利益率が少ないから、書店は大変なんですよ。古本みたいに値段も自由にならないし。でも生鮮食料品みたいなオープンプライスにもしもなったら、価格競争が始まって僕らみたいな個人店は大手書店の大量仕入れに勝てるわけがない。だからいまのシステムにどちらかというと僕は賛成してる人間なんです。
残:いまの話で、山下さんに聞きたかったことの回答がすでに出た気がします。
賢二:じゃあ終わりましょうか(笑)。
残:(京都の)千本通りは昔からの繁華街で、僕が京都に来た頃もいっぱい本屋さんがあったんですよ。いまは1軒だけ閉店せずに残っている。お客さんがお店にいるところをほとんど見たことがないのに、なぜ残っているのかずっと不思議で、その理由を解明したかったんです。
賢二:その店知ってますよ。いまにも倒れそうな雑誌の並べ方をしている店でしょ。
残:毎日観察してると、店のおっちゃんが毎日バイクで配達に回ってるんですよ。つまり街の本屋さんだから生き残るんやって。あそこのおっちゃんと山下さんが言われたことが、僕の中で繋がりました。

賢二:本屋って特別な場所じゃなくて、息抜きのための場所、無料で入れる空間でしょ。そんな場所いまはなかなかないでしょう。どこに入ってもお金を払わなきゃいけない。本屋は公園みたいな場所ですよ。
ー同時に地域で暮らす人たちの生活インフラでもありますよね。
賢二:そうです。だからいわゆる良書ばかり置きたがってる最近の書店には、全員ひざカックンしていきたい気分(笑)。基本的には「雑味」を大事にしてます。
もちろん、人を不快にする本は並べないというのが僕の最低ラインのポリシー。あと、仮に僕がベジタリアンであっても肉食の本は入れたい。両方並べて、セレクトするのはお客さんで僕じゃないっていうこと。

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観客がページをめくる音が「雨の雫」の音に
ー息抜きできる公園としての本屋という話を聞くと、自分は残さんのダンス作品にも共通するものを感じます。作品に必ず「言葉」が関わっているのも本屋的ですし、例えばマレーシアのアーティスト、ファーミ・ファジールと共作した『GE14』(2019年初演)という作品は、2018年のマレーシア総選挙を題材に、横浜のまちの路上に仮設的な選挙会場をつくってしまう内容でした。アジアの選挙会場ってお祭りのような雰囲気があって、政治を扱う作品でありながら公園のような雰囲気が印象に残っています。
残:今回発表するのはベトナムのアーティストとの共同作品ですが、最初のモチベーションには政治的な興味がありました。社会主義国であるベトナムは報道の自由度が低く、検閲も厳しい国です。手作りのZINEなどの制作は盛んですが、本格的な印刷物の出版は国が管理をしていて、現地のアーティストもさまざまな手を尽くして作品をつくっています。そういうなかであえてベトナムで本をつくろうというところからスタートして、詩人のニャー・トゥイェンさんと「プロジェクト・デイ・サン」というコレクティブとコラボレーションしています。


ホーチミン市にて行われている協働型プロジェクトで、新進気鋭のベトナム人パフォーマンス・アーティストたちによる学び、協働、実験を推進している。2024年に、Đoàn Thanh Toàn、グエン・ハイ・イェン(レッド)、Nhật Huỳnh-Vũ、Trà Nguyễnといった独立系のアーティストやプロデューサーが、ゲーテ・インスティトゥート・ベトナム|ホーチミン市の支援を受けて設立した。
ーそのベトナムでつくられた本を見ながら、ダンスを観る、という作品になるようですね。残さんは、過去に『そこに書いてある』(2002年初演)という、やはり本を読みながらダンスを観る作品をつくっています。
残:自分が舞台の世界に入ったのが1990年代初頭で、当時は先端的な技術を使ったメディアアートがすごく盛り上がっていました。舞台作品の記録でもビデオカメラを使うのが当たり前になっていたんですけど、その潮流があまり得意ではなかったんですよ。
僕のバレエの先生は、日本のバレエ文化の黎明期を知る人で、ロシアのバレエ団が来日した際に、そのダンスを記録するのにずいぶん苦労したと言っていました。ビデオなんてもちろんないから、仲間たちが客席のあちこちに座って、手元のノートにいろんなアングルから見た振り付けを描き記していったそうなんです。そして終演後に喫茶店に集まって、「くるみ割り人形」とかのテープをかけながら、全員のメモを繋ぎ合わせて、振り付けを再現したと。
賢二:めっちゃ大変ですね。
残:でも僕は、それがすごく豊かなものに思えたんですよ。それがアイデアの源になって、言葉でダンスを記述する、言葉を切り貼りしてダンスをつくっていく、ということをやり始めたんです。
賢二:公演本番は、実際に本をめくりながらダンスを観る感じになりますか?
残:そこはちょっと悩んでます。自分以外の書いた言葉で踊るのは初めてだし、ベトナムの検閲があって、本番ぎりぎりまで本の内容を修正するような作業もできないので。先日クリストファー・ノーランの新作『オデュッセイア』を観たんですけど、ノーランに限らず、最近の映画って時間軸に従って進むんじゃなくて、過去と未来の時間や出来事が織り混ざるようなものが増えてると思うんですが、そういう感覚をダンスに活かせないかというのはある。だから1ページずつ追っかけていくのではなく、もっと本に対する抽象的な向き合い方がないかな、と探っているところです。
賢二:仮に印刷したものを見せてもらったけど、けっこうページ数がありますよね。本のサイズもそこそこ大きいみたいだし、めくる行為自体がけっこう大変かも。
残:そうですね。「しずくたち」ってタイトルは、ベトナム語だと「giọt-giọt(ゾッゾ)」と読みます。願わくば、観客を含めたいろんな人たちが自分のペースでパラパラっとめくって、その音が雨の雫の「パラパラッ」って音みたいになってくれたらいいな、という思惑です。