Sion(シオン)は、「深い声」を持つポップシンガーとして、韓国のみならずグローバルな活躍を期待される存在だった。だが彼は、自らその既定路線を外れ、より自身の感覚に忠実な表現を選んだ。2025年にリリースされたEP『eigensinn』を聴いてもわかるように、現在の彼の音楽には、ハイパーポップの影響が色濃く反映され、ノイズや歪み、加工された声が大胆に取り入れられている。
インターネットと深く結びつき、ジャンルの境界を軽々と越えていくハイパーポップは、現在のSionにとって、自身の複雑な感情や幅広い音楽的嗜好を受け止めるための「器」でもあるようだ。そして、その音楽を通じて彼の活動は韓国の外にも広がりつつある。
2026年は日本のアーティスト、SATOHとのコラボ曲“summerpunk”をリリースし、SATOH主催の『FLAG NIGHT』にも出演。日本のシーンとの交流を深めているSionに、キャリアの変化、インターネットと音楽、そして日韓のコミュニティーについて語ってもらった。
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デビューEP『love』は商業的なブレイクスルーとなり、同年には『韓国大衆音楽賞(Korean Music Awards)』にもノミネート。2023年には、ロサンゼルス発の大型フェス「Head in the Clouds」のステージに立つ。『sociavoidance』(2024年)、『eigensinn』(2025年)の2作のEPを通してスタイルを刷新。ハイパーポップ / デジコアアーティストへと大きく変貌を遂げた。『eigensinn』は韓国の2025年ハイパーポップシーンを代表する作品の一つとして高く評価された。現在は韓国、ドイツ、日本を行き来しながら活動し、ニューアルバム『+ink』を制作中。韓国のヒップホップを中心とした既存のハイパーポップの枠組みを越え、独自のエレクトロニックミュージックを追求している。
インターネットがもたらす「自由」と、Sionにとってのハイパーポップ
―EP『eigensinn』はハイパーポップ的感性がこれまで以上に前景化した作品だったと思います。Sionさんのご自身のキャリアの初期のイメージから離れていく中で、何を失い、何を得たと感じていますか?
Sion:韓国ではハイパーポップって大衆的なジャンルじゃないんです。だから、ファン層の規模以外に失ったものはないと思ってます。実は、過去の声は「この声のトーンが好きだから」という理由で無理をして作っていた声だったところもあって。だからハイパーポップへ転換してからは、もっと自然で、自分自身が楽に出せる声になったと思います。そういう意味では、以前よりもずっと「自分らしい声」になったと思う。
音楽に対してすごく自信もついて、評価も上がっているように感じるし、得たもののほうが多いんじゃないかな。ジャンルの特性上、ハイパーポップには「これだ!」という正解はないですし、多様なものにトライできるから、それも含めてすごくいい状態です。
―ハイパーポップはインターネットとの繋がりも非常に強いジャンルだと思います。Sionさんにとってインターネットとは、どのような場所なのでしょうか?
Sion:うーん……インターネットのいい面と悪い面は、結局どちらも「情報」から生まれているものなんじゃないかなと思うんです。情報がたくさんあることは単純にいいことだと思いがちだけど、例えば、気分が明るくなるようなニュースの直後に、暴力的な映像が流れてきたら気分が落ち込んだり、何らかの影響を受けてしまいますよね。しかも、そういう情報から受けるいい影響と悪い影響を、僕たちは子どもの頃から自分で選別できるわけではない。
本来なら、親がある程度情報を管理すればいいのかもしれないけれど、僕たちの親世代は、そもそもインターネットがない時代を生きてきたわけで。インターネットがもたらす悪影響から子どもたちを守るという意味では、十分な対応は難しかったと思います。インターネット上での生活や、今の時代を生きることで生まれる孤独、あるいは孤立感、相対的な劣等感、サイバーブリング(ネットいじめ)については、特に。
もちろん、インターネットを使えば、知りたいことをすぐに調べて学べるし、トレンドも早くキャッチできる。それは明らかにいい部分だけど、必要のない情報まで絶えず入ってくることで、脳にはかなりの負荷がかかってしまう。それも大きな問題の一つなんじゃないかと思っています。

Sion:それにインターネットでは小さなスクリーン越しに、よりリラックスして、ある意味では過剰なくらい正直になれるという面もありますよね。それが逆に毒になることもあるけれど、一方で現実社会では、どうしても人に合わせなければならない場面もあって、自分の言葉にフィルターをかけながら話すことも多い。
そういう現実とインターネット上の自分のギャップを少しでも縮めようと、最近は自分でも意識して取り組んでいる気がします。インターネットが与えてくれる自由さや、フィルターを通さずに表現できるというメリットを活かしてね。例えば、Instagramなどで閉じたところだけで活動をしないようにしているのもそのためで。自分の意見や、自分が好きなもの、自分自身のことを、もっと大胆に見せていきたいんです。
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孤独や孤立など負の側面にも向き合い、インターネットを正直に活用したい
―Sionさんが作っているDiscordのコミュニティーにも、そういった意図が反映されている気がします。
Sion:Discordを運営しているのも、より正直な形でインターネットを活用したいという思いの一環だと思います。個人的には、ファンが何を好きなのか、僕のどういうところを好きでいてくれるのか、そういうことをもっと知るために交流したい気持ちがあって、Discordというプラットフォームを積極的に使うようになりました。
最近は、インターネット上でもアーティストとファンとのコミュニケーションが少し不足しているように感じることもあって。だからこそ、そういう部分を自分はしっかり大切にしていけたらと思っています。
―ここまでお話を聞いて、Sionさんと近い世代の多くが似た感覚を持っているように感じましたし、Sionさんの音楽にもそういったインターネットと現実社会の間にある歪みのようなものが反映されているように思いました。
Sion:そうかもしれません。僕が音楽で扱いたいと思っているテーマには、インターネット上での生活や、今の時代を生きることで生まれる孤独、あるいは孤立感といったものが多くあります。
僕たちが、いわゆる「インターネット世代」として成長する中で、そうしたインターネットの副作用が少しずつ表面化してきた問題というか。そういう部分を自分の歌詞でも取り上げたいと思っています。単に自分自身のことを歌うというより、自分が生きているこの時代そのものを、ある意味で代弁するような音楽を作りたいという気持ちが強いんです。
あと、最近流行しているハイパーポップには、奔放なライフスタイルを大胆に見せるタイプのものが多いかもしれないけど、僕は人間の持つ憂鬱な感情や、アイデンティティーの揺らぎみたいなものについて歌うことが多いんです。それをただ言葉で表現するだけではなく、ノイズやディストーション、あえて音を壊したり、音のバランスを崩したりするような要素を使うことで、そうした歌詞や感情と繋がった音楽を作りたいと思っています。
―ノイズや歪み、過剰な音も重要な役割を果たしているという点でも、ハイパーポップというジャンルがフィットしているのでしょうね。
Sion:一番しっくりくるというか。今は、自分が表現したいことも多いし、好きなものも本当に幅広いので、それらを一つにまとめられる「器」としても、今の自分にとってはハイパーポップしかないように感じています。
今やっている音楽も、単にエレクトロニックミュージックだけではなく、R&Bもあれば、ジャズ的な要素もある。そういったさまざまな要素を全部混ぜて表現しようとすると、受け止められる器はハイパーポップしかないんじゃないかな。もちろん、これから先、こんなふうにいろいろなことを全部やりたいと思わなくなるかもしれないし、何か一つのスタイルに統一する可能性もありますけどね。
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スタイルを転向しても消えない「寂しさ」。日本のシーンに感じるシンパシー
―ちなみに、Sionさんは韓国でkimjやParannoulなどから刺激を受けている一方で、一つのコミュニティーに収まらず、さまざまなシーンを横断して活動していますよね。特定のどこかに「所属している」意識はありますか?
Sion:実は、自分は常にそういうことで悩んでいて。ハイパーポップに転向した理由の一つも、音楽をしながら寂しさを感じていたことにあります。そもそもハイパーポップをやる以前から、「R&Bなの? ポップなの?」と問われるような曖昧な領域の音楽をやっていたので、親しいアーティストがあまりいなくて。ハイパーポップに転向したらちょっと変わるだろうと期待していたけど、実は何も変わってないんです。少し浮いた存在なのかもしれません。
しいて言えば電子音楽のシーンに属しているとも言えるのかもしれないですが、僕のやっている音楽はヒップホップとも近いし、ポップとも、R&Bとも通じているので、未だに寂しさを感じています。シーンに属しているという感覚はあまりないですね。

―Sionさんは日本のハイパーポップシーンのアーティストと親しくなり、イベントにも出演するようにもなりました。日本のシーンについてはどうですか?
Sion:韓国のシーンよりは日本のほうが「所属」という意味では可能性を感じています。韓国のハイパーポップって、ちょっとヒップホップに偏ってる気がするんですけど、日本では、例えばPeterparker69やlilbesh ramko、SATOHの3組だけでも、みんなまったく異なる音楽をやっていて。その上で、ファン層は似ているように感じるんです。
ロック的な要素の強いSATOH、電子音楽的要素の強いPeterparker69、ヒップホップに近いlilbesh ramkoの音楽を近しいファン層が楽しんでいる。それって、いろんな要素の入った音楽をやっている僕からすると、共感や所属感という点で希望を感じるんですよね。それも積極的に日本でハイパーポップでの活動をやっていこうと思う理由の一つになっています。
Sion:SATOH主催の『FLAG NIGHT』(2026年)が日本での初めてのライブ体験だったんですけど、想像していた以上に熱かったですね。日本のオーディエンスも想像以上にみんな思い切り楽しんでくれて。それはサプライズでした。
そのときはAge Factoryもいたし、SATOHもいたし、ヒップホップをやっている人もいれば、エレクトロニックミュージックをやっている人もいたけれど、ジャンル関係なく、みんなすでに親密で、酔っ払いながら、冗談も言い合って、いっしょに遊んでいる。その雰囲気がすごくよかったです。それはちょっと羨ましくて。韓国のライブハウスで、僕はあまりそういう光景を見たことがないんですよね。みんな自分のライブをやって、終わったら帰る、みたいな感じが多い気がするから。
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東京からソウルへ——ラフに始まったSATOHとのコラボ
―SATOHとのコラボレーションシングル“summerpunk”はどのように制作されたのでしょうか?
Sion:いわゆるオフィシャルな感じで「やりましょう」という提案があったわけではないんです。SATOHのLinna Figgが休暇で韓国に旅行で来ていたときにInstagramで「今何してるの?」って急に連絡があって。
「今、作業してるよ」って返したら、「韓国にいるから今から遊びに行くね」って言われて、そのまま本当にうちのスタジオに来ることになったんです。そのままの流れでいっしょに作業していたら、曲が完成したから、深く考える暇もなくて(笑)。「何を作るか」を明確に決めず、手が動くままに作ったし、歌詞もすごく直感的で、即興的なその場その場の判断まで宿った曲に感じます。
―すごいスピード感ですね。いっしょに制作してみて、どうでしたか?
Sion:まず、似ていると感じたのは、SATOHもハイパーポップだけをやっているわけではなくて、ロックやヒップホップなど、いろいろな音楽からの影響を混ぜながら自分たちの音楽に取り入れているところで。そこは大きな共通点でしたね。
あと、プロデューサーが使う「サンプルパック」という音の素材をまとめたフォルダがあるんですけど、そこに入っているサンプルも、事前に共有していたわけじゃないのに、僕が使っているものと似たものが結構多くて。そこも面白かったです。
Sion:学ぶところもたくさんあって。僕は細かいところに集中しすぎてしまう悪い癖があるんですけど、SATOHといっしょに作業することで、かなりリフレッシュされました。例えば、ミックスをするとき、僕は「この音域ではこの部分が邪魔になっている」とか、そういう細部ばかり気にしてしまうけど、SATOHはもっと全体を見ているというか。
「この部分はインパクトが足りない」「ここでは少し楽器を減らしたほうが、次の部分のエフェクトがもっと効くんじゃないか」という感じで、大きい枠を見ながら考えているんですよね。僕は、目の前にある木の枝がちょっと気になって、「ここは剪定しなきゃ」って延々とやってしまうんですけど、実際に聴く人からしたら、そこまで気にならないじゃないですか。細部だけを見るのではなく、もっと大きな視点で作品を見ることを、SATOHとの制作を通してかなり学んだと思います。