インタビューをしながら、「なんて明け透けに話す人だろう」と思った。シンガーソングライターの、やまもとはると。「明け透け」というのは、なにも露悪的という意味ではない。あまりにも真っ直ぐに、虚飾なく、自分が感じていることに向き合っているということ。彼は鎧を脱ぎ捨てて、自分自身の弱さや脆さにも向き合っているようだった。そんな彼の言葉を聞いた約1時間の取材は、普段、アーティストへのインタビューを生業の一部にしている自分にとっても、特別な時間になった。
そんな、やまもとはるとの最新シングル曲“最後の歌”は、スピッツとThe Strokesのあわいに浮かび上がるような軽快で清涼感のあるインディロックだ。空しさを抱えながら、それでも疾走する、きらめき。楽曲の編曲を担当したのは、やまもとのバンドセットではバンマスも務めている、川辺素。2025年にリリースされた、やまもとのフルアルバム『流れる雲のゆくえ』のメインプロデューサーも手掛けた川辺は、この意味深なタイトルを持った1曲に「泣き踊り」のエッセンスを加えた。このアレンジ自体が、川辺からやまもとへのメッセージのようにも思える。
音楽の原体験であるという氷室京介から受け取ったもの、子どもの頃のこと、今、音楽に向き合う上での苦悩――たくさんのことを語ってもらった。飾り気のない語り口は、その謙虚でちょっと自虐的な言葉の内容とは裏腹に、彼が如何に「自分自身を生きる」ということに堂々と向き合っているかを感じさせてくれるものだった。
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部活ではレギュラーになれなかった10代。特別になりたくて、騒いでいた学生時代
―やまもとさんは「影響を受けたアーティスト」として、スピッツ、小田和正さん、氷室京介さんの名前をよく挙げられていますが、スピッツと小田和正さんに関しては、今のやまもとさんの音楽を聴いてよく理解できるんです。でも、今のやまもとさんの音楽から氷室さんの影響を思い浮かべる人は……。
やまもと:誰もいないと思います(笑)。
―ですよね(笑)。でもそれ故に、凄く根本的な、魂の部分で氷室京介さんの存在が大きいのかなと思って。氷室京介にはどのように出会ったんですか?
やまもと:お父さんが大好きで、家で流れていたり、車の中で流れていたり。ライブも連れて行ってもらって、気づけば僕も18歳くらいまでヒムロックオンリーの生活になっていたんですよね。あのカッコよくて気高い佇まいに憧れて。とにかく大好きだったし、今も大好きです。もし「ヒムロッククイズ」みたいなのがあったら、誰にも負けねえぞって思うくらい(笑)。

2000年生まれ、福岡県出身のシンガーソングライター。大学生時代に友人の自宅にあったギターを手に取ったことをきっかけに、弾き語りを始める。2023年に福岡時代に書いた楽曲をまとめたEP『からっぽのプール』をリリース。続く、2025年9月には未来の自分への期待と不安を瑞々しく描いた1stアルバム『流れる雲のゆくえ』を発表し、敬愛する小山田壮平を招きShibuya O-nestにてリリースライブを敢行。どこか懐かしさや憂いをおびた歌声は、誰しもの心に触れていく。
―(笑)。憧れたのは、やはりあのスター性のある佇まいですか。
やまもと:そうですね、スター性、カリスマ性、歌声、パフォーマーとしての部分。あと、今になって考えてみればヒムロックの音源って音がいいんです。迫力がある。だからこそ、子どもの僕にもわかったんじゃないかな。僕、小学校6年生のときにThe Beatlesを聴いて「なんだこれ?」って全然わかんなかったんです。でも、ヒムロックはわかった。それは迫力の差なのかなと思います。音の圧の差というか。ただ正直、子どもの頃は、歌詞は全然聴いていなかった(笑)。森雪之丞さんが書いている歌詞の凄さがわかったのは大人になってからですね。それよりも、子どもの頃はヒムロックが持っているストーリーが好きでした。あばらを骨折しても横浜スタジアムでのライブをやり切るみたいな、ドラマチックな部分に惹かれていたのかな。
―そうやって子どもの頃に憧れた体験は、大人になっても残りますよね。
やまもと:そう、消しても消せないくらいの影響がありますよね。もちろん、BOØWYも好きなんです。だから最近、そっちの音楽を掘り下げてみようと思って、ラルク(L’Arc~en~Ciel)を聴いたり、FANATIC◇CRISISっていう1990年代のビジュアル系バンドを聴いたりしていて。「自分に本当に馴染み深い音楽って、どこにあるんだろう?」と思って。
―氷室京介さんのようなロックスター然としたものって、やまもとさん自身の内側にもあるって感じますか?
やまもと:どうだろう……。ちょっと前までは「根拠のない自信」が自分の中にはあったんですけど、音楽をやっていく中で、それだけじゃ前に進んでいけないって気持ちが出てきて。そこは今、自分の中でギャップが生まれている感じなんですよね。自分の中にある根拠のない自信を信じたい部分と、「自分の能力では、そんなの無理なんじゃないか?」と思う部分、その狭間にいる感じがしていて。
―昔は、根拠のない自信があったんですね。
やまもと:そうなんです。それ故に、うるさかったんですよ。学校でも問題児で、みんなに迷惑をかけていて。本当に、みんなに謝りたいなって思うんですけど……。

―具体的にどんな感じだったんですか? グレていたわけではない?
やまもと:グレてたわけではないんです。好きな子に振り向いてもらいたいけど、その方法がわからないから騒いじゃう、みたいな。テンションが高かったんですよね。注目浴びたがりで、落ち着きがなくて。うるさすぎて、先生に叱責されてましたから。
―(笑)。
やまもと:温厚な先生を怒らせてしまって(笑)。19歳くらいまで、とにかく目立ちたがり屋。そもそも、スポーツもやっていたんです。小学校では野球を5年間、中学ではバドミントン。ただ、どっちもレギュラーにはなれず、活躍することはなくて。その経験が自分の根底にあるんじゃないか? って気もするんです。そのことで劣等感や疎外感は感じていたから。受験も失敗しちゃったし、そういう部分で両親にも「申し訳ないな」って気持ちが子ども心にあって。周りには活躍している子どもたちがたくさんいるのに、自分には何もないな、ごめんなさいって。そういう気持ちがあったから、特別になりたくて、騒いでいたのかなって今となっては思うんですけど。
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ギリギリ根拠のない自信で動けた最後が、上京だった
―ご自分で曲を作り始めたのはいつ頃なんですか?
やまもと:ギターを弾き始めたのが大学1年生の頃で、曲を作り始めたのがその1年後。なので、19歳とか20歳の頃ですね。
―じゃあ、曲を作り始めた頃に、自分の中にあった根拠のない自信とか、「とにかく騒いで目立ってやろう」という感覚が薄れていったんですね。
やまもと:曲作りを始めた当初は、まだ「俺、やれるし」って思ってたんですよ(笑)。1時間半って時間を決めて、「The Beatlesのこの曲とThe Stone Rosesのこの曲を組み合わせて曲を作ってみよう」みたいな感じで、ただただ洋楽っぽい感じの曲を真似して作ってみるってことをやっていて。それが最初は楽しかったんですけど、周りにすごいミュージシャンが何人も現れるのを目の当たりにしていく中で、「ああ、自分はダメだなあ……」って。21歳くらいからですかね、「勢いで行けるわけじゃないんだ」って気づき始めて。

―地元は福岡ですよね。東京に出てくるのはいつ頃ですか?
やまもと:22歳の夏頃です。上京したときの勢いが、自分にとっては最後の「勢いポイント」って感じですね。勢いで「行けるぞ!」と思って、それを実行した最後。それまでずっと、取りあえず行動するのが好きだったんですよ。動くのが好きだし、移動するのが大好きで。大学生の頃にギターを貸してくれた友達に、急に「ニューヨーク行かない?」って言って、ふたりで夏休みに2週間くらいアメリカに行ったり。突拍子もないタイミングで自由に動くのが好きだったんですよ。劣等感に押しつぶされる前、ギリギリ根拠のない自信で動けた最後が、上京だったのかなって思います。
―そういう勢いで動いちゃう感じは、今の自分からは失われてしまったものだと感じますか?
やまもと:失われたものだと思っていたんですけどね。でも去年、ヒムロックの故郷の群馬に突然行ってみたときに、あの頃の気持ちをちょっと思い出しました。それからは、今年、急にタイに行きました。「本来の自分を取り戻さないとダメだ!」と思って。別に、誰かに虐げられているわけではないんです。全部、自分の中だけで起こっていることなんだけど、自分の中で「もう1度、あれを味わわなければダメだ」と思って。
―「根拠のない自信を思い出したい」という気持ちは確実にあるんですね。
やまもと:曲作りをしていると「自分なんて」と思うことは多くて。それを挽回したいんです。18歳まで根拠のない自信を持って生きてきた自分だっているわけだし、それはそれで楽しいこともたくさんあったわけだから。やっぱり自分には、旅とか、飛び立つ経験が時折起こらないとダメなんじゃないか? って思うんですよね。

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曲作りが苦痛だった過去から、変化した今
―実際、タイは楽しかったですか?
やまもと:楽しかったですね、凄く(笑)。周りに日本人もいなくて、ひとりなのが、寂しかったけど、楽しかった。予定も決めずに飛び込んで行く感じがよかったです。乗りたい電車に乗ってみたり、料理教室に行ってみたり。
―やまもとさん、料理がお好きなんですよね。たまにSNSにもアップされていて。
やまもと:好きです、好きです。
―料理をするのは、やまもとさんに何をもたらす時間なんですか?
やまもと:何も考えなくてもよくなる感じ。それが一番かなあ。暇が怖いんですよ。暇だと、どうしても落ち着かない。例えば、午後3時に家に帰ってきたとしたら、「それから夜までどうやって時間を埋めよう?」みたいな思考になるんです。で、その隙間が埋まらないと不安で仕方がない。その点、料理って、時間をかければかけるほど美味しくなるものだから凄く丁度いいんですよ。食べると5分で終わっちゃうので、悲しいんですけど(笑)。
―じゃあ、それで言うと曲を作る時間は、やまもとさんにとってどんな時間ですか?
やまもと:最近はあまり思わなくなったんですけど、昔は苦痛でしたね。そんな自分を変えようと思って、最近は、普段、悶々と考えていることを発散する時間にしています。無理に机に座って書こうとはせずに、なるべく自分のペースを掴もうとはしていますね。
―元々は苦痛な時間だったんですね。
やまもと:そこがヒムロックと結びつくんですけど、元々、音楽のパフォーマンス的な部分に憧れた自分がいて、とにかく「歌いたい」とか「歌うのが好き」という気持ちが強かったんです。でも、音楽をやっていると周りに凄い人がいっぱい現れて、自信を失くす瞬間もあって。
そういう経験が根底にあるので、曲作りが難しいものになっちゃったんですよね。正解がないもののはずなのに、正解があるもののように頑張ってしまう自分が今もいて。
―でも、やまもとさんは曲作りを続けているし、とても魅力的な曲たちだと思います、やまもとさんの曲は。
やまもと:ありがとうございます。川辺(素)さんのアレンジとか、みんなの演奏のチームワークとか、そういうもののおかげで続けられています。