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初めて突きつけられた自身の加害性。原作『ぬいしゃべ』の恐ろしい魅力
ー金子監督の映画は、言葉選びに意識的な印象があります。
金子:そうですね。いままでの作品は「自分のなかの詩」を映像化する感覚でつくっていたので、客観的に見たらわかりづらい台詞も、誰かには詩情を感じてもらえるかもしれないと思って採用していました。
ー新作『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』は大前粟生さんの原作小説を映画化した作品です。自分以外の人が書いた言葉を映画化するにあたって、意識した点や苦労した点はありましたか?
金子:今回はこれまでの作品と違い、登場人物一人ひとりの感情が既に存在していたので、自分の言葉は映画に必要ないと思っていました。
苦労したのは、映画で使いたくない言葉も取り入れなければならなかった点です。例えば、「女は笑ってればいいんだよ」とか。自分では口にしたくない言葉だとしても、登場人物たちにとってはそれが本当の気持ちなので、言わせなければならないと思って。その距離の取り方が難しかったです。
あらすじ:物語の主人公は「恋愛を楽しめないの、僕だけ?」と苦悩し、男らしさ・女らしさのノリが苦手な大学生・七森。大学の「ぬいぐるみサークル」を舞台に、七森と心を通わせる麦戸や彼らを取り巻く人々を描く群像劇
ーそうした葛藤について、誰かと相談する機会はありましたか?
金子:一緒に脚本を担当してくれた兄(金子鈴幸、演劇団体「コンプソンズ」主宰)とは話をしましたね。自分でセリフやキャラクター設定を考えるとどうしても自分の色が強く出てしまうので、そうした役割は兄に任せた部分が大きかったです。
ーもともと、原作小説とはいつごろ出会ったのでしょうか?
金子:作品が発表されて間もないころ、友人に「絶対に好きだと思う」と勧められて知りました。大前さんの小説を読んだのも、それが初めてで。
ー実際に読んでみて、いかがでしたか?
金子:自分自身の加害性みたいなものを、初めて真正面から突きつけられた気がしました。私にとっては何でもない言葉も、ある文脈のなかでとらえたら、誰かを傷つける可能性をはらんでいるんだ、と気がついて。
すべての行動が何かしらの排除や傷つきのうえに成り立っているというのがもはや前提で、その加害性とどう向き合っていくかということをずっと考えていますし、『ぬいしゃべ』の小説は、いまも本棚から自分のことを見つめている気がします。
ーそのうえで監督は「商業での長編デビューをするならこの作品」と『ぬいしゃべ』の映画化を自ら熱望されたそうですね。それはなぜですか?
金子:この小説には読みやすい部分もあるけれど、読んだあと、心にフワーッと棘が広がっていくような怖さもあると思うんです。だからもしも映画化されて、ポップで飲み込みやすい、おさまりのいい作品になったら嫌だなと思って。この作品は絶対に「取り乱している人」が撮らないといけない、取り乱している私が撮ったほうがいいと考えていました。
ー「取り乱している」という言葉は、もしかすると「感情を手放していない」とも言い換えられるかもしれないですね。私は金子監督に「傷ついた気持ちを大切にしている人」という印象を抱いているのですが、そんな監督だからこそ、『ぬいしゃべ』の登場人物一人ひとりの想いを置き去りにせず、表現できたのではないかと思います。
金子:嬉しいです、泣いちゃう。
