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最も美しい映画館「Kino International」が物語るベルリンの過去、現在、そして、未来

2024.5.14

#MOVIE

Photo by Ben Kaden

映画『スペンサー ダイアナの決意』のパブロ・ラライン監督が「世界で最もクールな映画館」と称したのが、ベルリンの「Kino International(キノ・インターナショナル)」だ。Kinoとはドイツ語で映画や映画館という意味を持つ。1963年にスロべキア人建築家ヨーゼフ・カイザーによって建設されたこの映画館は、壁によって国が2つに分断され、再び統一されるまでの約25年間、旧ソ連の支配下にありながらドイツの映画史を語る上で欠かせない場所となった。1990年には、旧東ドイツ時代のモダニズム建築を象徴する建造物として有形文化財に指定され、のちに世界三大映画祭のひとつ『ベルリン国際映画祭』の正式会場に認定された。

「Kino International」のように歴史的建造物を当時のまま保護する文化が根付いている一方で、ベルリンのジェントリフィケーションが止まらない。スクワット(不法占拠ビル)の強制退去、家賃高騰により契約更新せず閉店する店舗、老朽化を理由に解体されていくアルトバウ(築100年以上の建物)が後を絶たない。地元住人による反対運動が起きる中、グローバルな都市へと発展するためにジェントリフィケーションが必要だと考える人たちもいる。

数奇な運命とともに歴史を刻んできた「Kino International」から紐解くベルリンの今と昔、そして、これからについて。

分断と再統一、対極にある2つの時代に重宝された映画館

ベルリンのミッテ区に位置するカール・マルクス・アレーは、街の中心を走る大通りでありながら閑散としていてどこか寂しい。そんな通りで一際存在感を放っているのが「Kino International(キノ・インターナショナル)」だ。1階のファサードから9メートルも前に突き出た2階部分が印象的なコンクリート建築で、1階には天井に散りばめられたライトがレトロなホワイエ、2階には550人収容できる上映ホールがあり、一面ガラス張りの広々したラウンジには天井から吊るされた豪華なシャンデリアと巨大なミラーボール、バーカウンター後ろの壁一面にはブルーのスタンドグラス、上品なアンティークウッドの空間に陳列された深紅のチェアが映える。

無数のライトと円形ベンチが旧東ドイツを印象つける1階のホワイエ
大きな窓から外を除くと空に浮いているように見える設計の2階ラウンジ

肝心な上映ホールといえば、傾斜のある座席にベルリンの映画館で最大級を誇る幅17.5メートルの巨大スクリーン、レコーディングスタジオと同レベルの音響設備を完備している。タイムスリップしたかのような錯覚に陥るレトロな空間で迫力の映像と音を楽しむことができる映画館だ。

波打つデザインの天井が特徴的な上映ホール

同館のあるミッテ区は東ベルリンに位置し、旧ソ連が支配する旧東ドイツにあった。抑圧された社会主義国家時代になぜここまで豪華な映画館が建設されたのだろうか? 当時の公共施設や一般住宅は政府によって資源や技術を制限されていたため、多くの建物がコンクリートやプレハブパネルといった安価な材質で造られていた。その一方で「Kino Internationla」は、政府や指導者が資金を投資し、豪華なデザインや装飾を施し、政府の威信や社会主義の理想を象徴するために設計されたと言われている。

東ベルリンにも西ベルリンのようなモダンで新しい文化を取り入れたいと考えたヨーゼフ・カイザーは、これまでにない斬新なデザインの映画館を設計。同じ時期に近隣には「Mokka Milch und Eis Bar(モカ ミルヒ ウント アイス バー)」「Café Moskau(カフェ・モスクワ)」「Hotel Berolina(ホテル・ベロリーナ)」も建設され、旧東ドイツ時代を代表する建築アンサンブルと呼ばれるようになった。レストランやダンスホールとして上流階級の人々に愛用されていたが、壁の崩壊とともに「Hotel Berolina」は閉館、「Kino International」と同じく文化財として保護指定されている「Café Moskau」は、現在はイベントスペースとして再利用されているがどことなく暗い陰を落とす。ヴィム・ヴェンダース監督作品『Perfect Days』を観に訪れた時に感じた侘しさは、寒い冬のせいではなく、カール・マルクス・アレーに佇む旧東ドイツの残像のせいなのかもしれない。

壁があった時代の東ベルリン

ベルリンに壁があったことは周知の事実だが、なぜ壁によって東と西に分け隔てられなければならなかったのか、正しく知っている人はどれほどいるだろうか。第二次世界大戦後、敗戦国ドイツは連合軍(アメリカ、イギリス、フランス、ソ連)によって西ドイツと東ドイツとに分割された。ベルリンはソ連が統治する東ドイツ(ドイツ民主共和国)に属していたが、ベルリンだけさらに分割され、西ベルリンをアメリカ、イギリス、フランス、東ベルリンをソ連が管理することとなった。つまり、東ドイツにありながら西ベルリンだけは西ドイツに属するという前代未聞の事態となった。

しかし、当初はまだ壁もなく、東西への行き来も自由だった。資本主義の西ドイツと社会主義の東ドイツの経済格差は徐々に大きくなっていき、東ドイツの経済が悪化していくのに対し、西ドイツの経済は成長を遂げ、市民の生活も格段に豊かとなった。そのため、自由で良い暮らしを求め、東ベルリンから西ベルリンへ亡命する人が後を経たなくなった。そこで、国家存続の危機を感じた東ドイツは、東の人々が西に逃げられないように、1961年8月13日に東西ベルリンの境界線を封鎖し、西ベルリンをぐるりと取り囲む壁が一夜にして作られた。有刺鉄線が張り巡らされた3mの高さの壁には厳重な警備が置かれ、東ベルリンの人々は近づくことも許されなかった。それでも亡命を試みた人たちの中には命を落とすこともあった。

都市開発により、変わりゆくベルリンの姿

昨年、生誕60周年を迎えた「Kino International」は、ドイツの映画史に残る名作を期間限定で上映するイベントが開催されたのち、約2年間に及ぶ改装工事に着手するという。改装前に駆け込むように同館を訪れている人も多いが、長期間に渡る改装工事ではどのようなことが行われるのだろうか? 同館を含めた14の映画館を運営する「Yorck Kinogruppe(キノ・グルッペ)」の広報担当者にいくつかの質問を投げかけた。

ー「Kino International」は、歴史を物語る美しい建造物としてファンも多いと思いますが、改装後は姿を変えてしまうのでしょうか?

当館は、有形文化財に指定されており、国の重要な記念碑とされている歴史的建造物です。そのため、大幅に改修することは法律によって禁じられており、外観が変わることはありません。キレイに洗浄され、必要に応じて修復されるだけです。損傷が大き過ぎて修復が不可能な場合は、当時の風情を壊さないように伝統文化に従って再現されることがあります。改装ではなく、修復と言った方が正しいかもしれません。なぜなら、表面的な部分ではなく、その下にある電線や暖房、その他のインフラ全体を見直して、新しくする必要があるからです。

突き出た2階部分が圧巻の存在感を放つ外観

法律が変わらない限り、ベルリンで最も有名で希少価値のある映画館が姿を変えてしまう心配はないようだ。しかし、ベルリンはすでに何年も前から都市開発に躍起になっており、文化財に指定されていない廃墟同然の古い建物が次々と解体され、高級感漂う現代的な高層ビルの建設が後を経たない。

ー歴史的建造物を大切にする文化が根付いている一方で、都市開発によるジェントリフィケーションが進んでいると感じています。それについてはどう思いますか?

都市開発は街を活性化させるために必要なことだと思いますが、ベルリン全体としてはまだまだ改善の余地があると思っています。パリやオランダの多くの街では都市全体の生活の質を向上させるための大きなビジョンを持っています。ベルリンでもミッテ区のように活気があり、持続可能な街づくりを目指すコミュニティのある地域はたくさんあります。当館はミッテ区のランドマーク的存在であり、地域を改善するための取り組みにおける重要な一翼を担っていると考えています。

ー日本ではIMAXや4DXといった最新のテクノロジーを投入した映画館が主流となり、歴史も風情もある単館系の映画館が次々と閉館しています。ドイツとは真逆な傾向にありますが、それについてどう思いますか?

日本の映画事情には詳しくありませんが、ヨーロッパには「Kino International」と同じように歴史ある映画館が多数あり、映画鑑賞に素晴らしい雰囲気をもたらしてくれる美しい映画館ばかりです。しかし、歴史ある映画館のほとんどは、技術的な面において現代に適応する最新の状態を維持していたからこそこれほど長い間生き残ることができたのです。日本のように技術的な部分を重要視することも映画体験では重要な要素だと思っています。私たちは、映写室や音響から座席や売店に至るまで、映画館のすべてを定期的に更新しています。そうすることで単に美しいだけでなく、観客の皆さんに満足してもらえる映画館としても維持できるのです。

カフェのようにリラックス出来る美しいラウンジスペース
ベルリン国際映画祭のパーティーの様子

1989年にベルリンの壁は崩壊され、翌年の1990年にドイツは再統一された。旧西ドイツが旧東ドイツを吸収合併する結果となったことから、社会主義国家を象徴する建造物は次々と取り壊され、それと同時に旧東ドイツの面影も失われていった。「Kino International」は、まさに激動の時代を生き抜いた証としてこれからも大切に保存されていくだろう。壁のあった時代の痕跡が今も残るベルリンはどこかミステリアスで不思議な魅力がある。古さと新しさが共存し、ドイツの他都市にはない独自のカルチャーを確立するこの街の変化に今後も目が離せない。

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