INDEX
「友達がほしい」という素朴な気持ちと、その難しさ
2016年に結成された、いいへんじの作品を観るのは、2022年の2本立て公演以来だ。
『薬をもらいにいく薬』は、ゲイ男性と精神疾患を抱えた女性との対話を通じて、マイノリティ同士が無意識に抱く差別意識を浮かび上がらせた。『器』は、「死にたみ」と名付けられた自殺衝動と折り合いをつける自己対話劇。この2本は、孤独と不安を抱えた現代の若者が織り成す、令和の都市劇であった。
これまでの要素を引き継ぐ新作『友達じゃない』は、上演劇場がある東京都北区王子も通る都電荒川線周辺と荒川の河川敷を舞台にした、「友達がほしい」という素朴でミニマムな劇世界である。配役を変えてのトリプルキャスト、A、B、Cの3チームで上演された。
大人になると友達ができにくくなるとよく言われる。これは劇中に登場する20代の若者のみならず、会社と自宅の往復が生活のルーティンの会社員、フリーランスで働く社会人も実感しているところだろう。単身者であればその度合はさらに強くなる。
会社の同僚や取引先相手は、大前提として仕事を通じて利益を追求するビジネスパートナーであるため、そもそも友達の対象にはなりにくい。個々のビジネスパーソンのアイデンティティは、役職や職務に依存しがちだからだ。たとえ仲良くなったとしても、属性というフィルター越しに相手と接することになり、人と人との生な関係性が築き難い。
そのために、顔見知りが多く人脈が豊富だったとしても、会社や業種を変えればパタッと関係性が切れるということはよくある。良くも悪くも社会人の人間関係とは、利己的になりやすい。その辺に、友達が作り難い理由があるのだろう。
INDEX
路上ミュージシャンのライブをきっかけに出会った2人の人生が交錯していく
本作に登場する正社員の事務職員・吉村(A 飯尾朋花 / B中島梓織 / C小澤南穂子)も、誰かが夜中にふと寂しくなった時、自分に電話をしてくれるような友達を求めている。しかし彼女は、人から嫌われることも、人を嫌うことも避けるあまり、人と距離を置いて生きている。
過剰に気を遣って人と接する吉村は、同僚の有山(Aタナカエミ / B百瀬葉 / C冨岡英香)と小川(A中島 / B小澤 / C飯尾)から飲み会やランチに誘われても、遠慮がちに断ってしまう。そんな彼女の唯一の楽しみは、路上ミュージシャン・つとむ(A小林駿 / Bてっぺい右利き / C藤家矢麻刀)のライブを聴くこと。吉村は、ゆったりとした曲調で孤独を歌うつとむの歌詞に共感しているのだが、いつも観客は彼女ただ1人しかいない。
そんなある日、自転車で通りかかったフリーター(倉庫作業員)・真壁(A冨岡 / Bタナカ / C百瀬)が聴き入る。つとむの歌にいたく感動した真壁は、グイグイと彼に話しかけてツーショット写真を撮る。その光景を羨ましそうに見ている吉村に真壁は話しかけ、つとむとのツーショットの写真を撮ってあげる。そしてつとむのXアカウントを吉村から聞き出した真壁は、その日以来、つとむがXで王子や赤羽、十条駅前で行うというライブ告知を掴んでは、現地に現れるようになる。
明るくリードしてくれる年上の真壁のSNSやブログをチェックするようになった吉村は、彼女と友達になりたいと思うようになる。真壁から誘われて飲みに行った際に奢られても、自然に身を任せられる安心感を得る。本作は偶然に出会った吉村と真壁が、互いの距離感に思い悩みながらも徐々に理解し合う過程が丁寧に描かれる。そんな2人をつないだつとむが、彼女たちを優しく見守る物語である。
INDEX
「友達になりたい」人から打ち明けられた疾患に寄り添えるのか
物語の核は、真壁から4年ほど双極性障害を患い障害者手帳を所持していると告白された吉村が、いかに関係を深めてゆくかにある。
何度もライブで真壁と一緒になった2人は、ライブ以外でも会うようになり、荒川線沿線を巡ったりするようになる。吉村は、真壁が都電一日乗車券を買わない理由を尋ねた際に、病気と障害者手帳について聞かされたが、介助が必要な時は教えてほしいとしか言えない。また真壁の家で飲んだ夜、多くの酒が並ぶ棚に薬が置かれていたが、そのことに触れることもできない。さらにそのついでに荒川の土手まで散歩した際、真壁は酔った勢いで、「ふと死にたくなると、よくここに来る」「その度に、暗くて広く流れが早い荒川を見て怖くなり、飛び込めないことを確認して思い留まっている」と吉村に打ち明ける。
精神疾患のために調子の良い時と悪い時の差が激しいという真壁もまた、吉村と友達になりたいと思っている。その心情から出た告白なのだろうが、吉村は彼女の心に深く踏み込むことができず、次に会う時は気晴らしにスカイツリーの展望台に昇ったり、周辺のソラマチで遊んだりしようと提案することしかできない。職場の同僚とどう親しくなれば良いか分からないことと同様の壁を、吉村は真壁の精神疾患に感じてしまうのだ。
INDEX
惨めで不格好な姿も受け入れる、友達だから
約束の当日、時間になっても真壁は現れず、しばらく連絡すら取れなくなってしまう。路上ライブもまた1人で参加することになった吉村のことを、つとむも少し気にかけている。
そんな折、つとむが吉村と真壁の友情をテーマに作った曲を聴いた吉村は、真壁が自殺を図ったのではないかと案じ、彼女の自宅を始めに必死の思いで捜索し、荒川の土手でようやく彼女を発見する。
真壁はそこで、実は調子が良い時に散財したため、お金がなくて約束した日に休んだこと。惨めさ故に、そのことを言い出すことができなかったこと。吉村はきっと自分の明るい面だけを見て自分に好意を持ったに違いなく、そういったことを考えている内に、ずるずると時間が経ち、連絡できなかったことを吐露する。そして死にたいと思ったとも。真壁の心情を受けた吉村は、「生きていてほしい、どうしようもない時は電話をしてほしい」と伝える。その上で吉村の方から「だって、友達じゃないですか」と宣言する。
相手を理解したり尊重することとは、見て見ぬふりをして触れなかったり距離を取ることではない。それでは傷付かないかもしれないが、本当の意味で信頼関係を築くことはない。そのことを吉村は心の底から痛感するのだ。吉村が初めて真壁に「友達になりたいです」と伝えた際、恋人じゃないのに変だねと打ち消すのだが、「何も言わなくても友達だと思っているよ」と真壁が返すシーンがある。
大人になってからの友達関係は、まさに恋人を作るような覚悟で、無粋を承知であえて「友達じゃない?」と問いかけてみることで、自分と相手の恥部をも受け止める、一歩踏み込んだ友達関係がスタートするのかもしれない。再びつとむの路上ライブに駆けつけた吉村と真壁は、彼に「ありがとう」と伝え、3人で歌って幕となる。
INDEX
巧みな演出や人柄のにじむ演技が、私たちの「友達がほしい」という気持ちをくすぐる
下手奥側に階段付きの荒川の土手を模した美術、上手手前に吉村の寝室がある空間。両者の間をつなぐ空間が会社や路上ライブや駅など、様々な場所に変貌する。75分ほどの上演時間で、秋の始まりから冬の終わりまでの時の経過と場所の転換を、テンポ良く描き出す演出処理が非常に巧みだ。
木琴の音や川の轟音といった、心情を揺さぶる音響も効果的だった。3チーム全てを観たが、Bチームの中島が演じる挙動不審な仕草が可笑しい吉村、張りのある声で真っ直ぐに真壁を諭し、観る者をグッとさせるCチームの小澤が演じる吉村を始め、俳優それぞれの人柄がにじみ出る演技で魅せる。
友達がほしいという一見ささやかに思える願いは、孤人化した高齢者が今後どんどん増えてゆく日本においては、世代を問わない問題である。東京に住んでいると、1人で過ごすことに不便はないが、それは単に寂しさを抱かないように努めているだけなのかもしれない。
劇場のある北とぴあの最上階には、展望台がある。スカイツリーには及ばないけど、無料だからそこに行こうと吉村が真壁に提案するシーンで、「ここにいること」を改めて覚醒させられる。その時、私自身の友達を求める深層心理がくすぐられた。
いいへんじ『友達じゃない』
会場:北とぴあ ペガサスホール
日時:2024年3月20日(水)~24日(日)
作・演出:中島梓織(いいへんじ)
出演:
Aチーム
飯尾朋花(いいへんじ)
冨岡英香(もちもち/マチルダアパルトマン)
小林駿
Bチーム
中島梓織(いいへんじ)
タナカエミ
てっぺい右利き(パ萬)
Cチーム
小澤南穂子(いいへんじ)
百瀬葉
藤家矢麻刀
配信:
【購入】
https://ii-hen-ji.booth.pm/items/5614157
【視聴方法】
ご購入後にPDFデータのダウンロードをお願いいたします。
そちらに記載されているURL(YouTube限定公開)からご視聴ください。
【購入期間】
2024年4月30日(火)23:59まで
【視聴期間】
2024年5月7日(火)23:59まで