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「偉大な建築家」磯崎新のイメージを覆すエピソード
新型コロナウィルスによるパンデミック真っ只中の2020年10月の5日間、この場所で『ワーグナー・プロジェクト ニュルンベルクのマイスタージンガー WAGNER PROJECT @OITA』が行われた。
さきほど紹介した高山明が2017年に横浜で初演した『ワーグナー・プロジェクト』は、ワーグナーが18世紀に発表したオペラの名作『マイスタージンガー』のストーリーや構造を引用しながら、ラップや詩作を学ぶ「ヒップホップの学校」を即興的に立ち上げるプロジェクトだ。初演は横浜の公共劇場が舞台だったが、2020年の大分市バージョンでは、大分駅前の野外広場が選ばれた。それらのプロジェクトのアイデアの起点に立っていたのが、他ならぬ磯崎新だったのだ。
今回の追悼イベントでのスピーチで、高山は1970年に行われた『大阪万博』で磯崎が主導した「お祭り広場」に触れている。

高山:磯崎さんは、「お祭り広場」は使う人によって用途と機能が変わる広場と言っていました。ロボットが乱入したり、岡本太郎さんにある種の二面性を象徴する太陽の塔をつくってもらったり、中央集権的な構造をひっくり返す場にしたかった、と。だったら僕たちが『ワーグナー・プロジェクト』をやるときもそれに学ぼうということで、横浜での初日にゲストにお呼びして、「劇場」を「広場」に変える方法をお聞きしたんです。そしてその後の数日間、磯崎さんは『ワーグナー・プロジェクト』に何度も足を運んでくださって、それどころか楽屋を占拠してしまって、好きなときに現れては楽しそうに見て回っていました。
この2020年の体験は、磯崎にインスピレーションをもたらした。当時、この「祝祭の広場」の設計コンペティションに関わっていた磯崎は、同コンペを『ワーグナー・プロジェクト』を絡めて、市民が投票するオープンなものにしようとしていたという。さらに高山によれば、同コンペに関わっていた都市工学者の羽藤英二と一緒になって、楽屋でフリースタイルラップで遊んでいたそうだから驚く(マジで?)。しかし、これも我々が思い浮かべる、偉大な建築家としての磯崎のイメージを軽やかに覆すエピソードだ。
高山:日本では、こういったパブリックスペースは条例上「公園」に分類されるのが常なのですが、この場所は大分市独自の自主条例によって「祝祭の広場」として登録されました。そのことに磯崎さんは涙を流して大喜びしていて、「なんて純粋に公共や広場について考えてきた人なんだろう」と思いました。
二人の奇縁、そして公共の新しさを目指す思想的共犯関係から始まった祝祭の広場での『ワーグナー・プロジェクト』は、2022年2月に2回目が、そして2023年3月には3回目が開催された。実質的に4回目とも言うべき今回の追悼企画での高山のポジションはあくまでゲストの一人だが、ディレクションを担当したナリトライダーがこれまでの『ワーグナー』を延伸・拡張しているのは明らかだ。今回のライブに参加した大分市で活動するChampagnemanはプロジェクト参加者で、HUNGERは3回目への参加をきっかけにして、楽曲“HIROVA”をGAGLEから発表している。