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私たちの「はねやすめ」

海でペヤング食べたい。ドラマ『僕の姉ちゃん』のちはるさんみたいに

2024.6.12

#OTHER

シンガーソングライター「みらん」と作家「小原晩」によるエッセイ連載がスタート。2023年2月から2024年5月まで続いた交換日記を終え、2人はついに外に出る。さらには写真家の新家菜々子も加わり、おしゃべりしたり、食べたり、休んだり。忙しない東京で暮らす3人は、休日に何をして過ごすのだろう。

初めてのお出かけはあるドラマのシーンを再現したい、という小原の提案で、神奈川・葉山の海へ。まだ5月とは思えない強い日差しの中、みらん、小原晩、そしてカメラを携えた新家菜々子の3人はバスに揺られた。

海へいきたい(from小原晩)

どうやら海へ行きたいと言いはじめたのは私らしい。そんなことすっかり忘れて、海へ行く日程が近づくにつれ「遠いなあ」と私はさんざん文句を言っていた。さいていである。

電車にゆられて海へ行く。仕事でミスしている旨のメールが5つ連続で届く。ミスしすぎているので胸がどきどきする。とても海に行く気分にはなれないけれど、メールでひらあやまりしているとあっという間に時間は過ぎて目的地へ到着する。すぐにみらんちゃんと合流し、どれだけ自分がミスを重ねていて、海の気分ではないか、早口で話す。年下の女の子に出会ってすぐ愚痴を言う(せっかく海へきたのに!)なんて、私はやっぱり、さいていである。ななこちゃんともすぐに合流する。どうやらみんな同じ電車に乗っていたようだ。

ななこちゃんは写真家で、今回からこの連載に正式に加入してくれることになった。すごくうれしい。私たちはこれから、毎月のように3人でどこかへ出掛け、私とみらんちゃんはエッセイを書き、ななこちゃんはその様子を写してくれる。ななこちゃんは撮る側だから、写真には私とみらんちゃんの2人しか写らないけれど、この連載は3人の思い出の記録である。

3人でおしゃべりしながら、バスにゆられて海へ近づく。この頃には「遠出っていいなあ」「海っていいなあ」「たのしいなあ」とすっかり手のひらを返している。

目的のバス停までつき、ご当地スーパーSUZUKIYAで買いものをする。SUZUKIYAの名物であるアジフライは、ひとつ百円で、やすい! おいしそう! ぜったいに食べよう! と盛り上がり、みんなのぶんを買う。

そして、当初より目的としていたペヤングも買う。お湯を入れて、海まで歩く

3人とも好きなドラマ『僕の姉ちゃん』第8話にて、休日のちはるさんが海辺でカップ焼きそばを食べるシーンがある。海といえば、で思い出すシーンはいくつもあれど、私はあのシーンがとくべつ好きなのだった。ということで、それをしに、海へきたのだ。ロケ地だってきちんと調べて、その海へきたのだ。ぜいたくである。そんなことも忘れて「遠いなあ」などと文句を言っていたのだから、私はもうなにも話さないほうがいい。

海までつづく道というのは、どうしてあんなに走りだしたくなるのだろう。たまらなくなって、走りだす。

海はきらきらきらきらきらきら光る。さらわれる。目も心もぜんぶぜんぶ。みんな、うっすら笑っている。人はぜんぶをさらわれたとき、うっすら笑ってしまうものなのだなあ。はあ。私たち、海へきたんだ。

砂浜にラグを敷き、腰をおろして、ペヤングにソースを入れて、よく混ぜ、豪快に食べる。目の前にはきらきらの海。みずいろの空。太陽にまぶしく照らされて、いまにも消えてしまいそうだ。

「そろそろアジフライも食べようか」とみらんちゃんがアジフライをパックからとりだす。「アジフライが海で泳いでる、という感じの写真を撮ってほしいなあ」とみらんちゃんは言う。かわいい発想だなあ、とにっこり見守る。みらんちゃんは、アジフライを空へ掲げる。それをななこちゃんが撮る、と思ったそのとき、後方からすごい勢いでトンビがやってきて、みらんちゃんの手からアジフライをかっさらった。ギヤ〜〜〜〜〜と叫びながらへっぴり腰でみんな逃げる。

まだまだ、さらうぜ! ぜんぶ、さらうぜ! と、いつの間にか集団となったトンビたちは私たちの上をぐるぐると旋回している。なんとか撮影をつづけようとするけれど、何度もトンビはやってくるのであきらめて海から離れて肩を丸めてペヤングをすする。みんな、うっすらつかれている。

どうしてこんなことになるんだろうね、お出かけはたのしいね。

ひらけた海で(fromみらん)

JR湘南新宿ライン逗子行きの電車はボックスシートタイプ。窓際に座ったら、太陽がさして、すぐに眠くなって目を閉じた。

うっとりするうち、横浜も鎌倉も過ぎて、逗子。よっこらせっとバッグを肩にかけて立ち上がった時、数メートル先に座っている晩ちゃんと目が合った。

さいしょ、晩ちゃんの口は「あっ」と「おっ」が混ざっているかんじで、そのつぎは「えーーー」になって、「同じ車両にいたのーーー」って喋りだして、同じドアから降りたわたしたち。

元気?とか、髪がおそろいやね。とか、そういうのすっ飛ばして、最近の仕事のストレスを端的に吐き出したら、それにしてもずいぶん遠くまで来たねと言い合い、今からわたしたち海に行くんだよね〜楽しもうと高め合い、写真家のななこちゃんとも合流して、3人仲よく改札を出た。

バスに乗って海岸近くで降りる。薬局でシャボン玉を買って、スーパーでアジフライを買って、ミニストップでカップ焼きそばを買った。迷いなし、ためらいなしの気持ちよさよ。ひとりだとこうはいかないよなあと思う。

右手にアジフライ、左手にカップ焼きそば。いや、アジフライとカップ焼きそばをまとめて両手で持つか。はーん幸せな煩わしさめっ。

午後の気温もピークのあたり。じんわり汗ばんできた頃、海につながる道があらわれた。

「わあ!」と声が出る。いつの日か『僕の姉ちゃん』で見た道とまったく一緒だった。晩ちゃんを見ると目がキラキラしている。うれしいね。うれしいね。知っている、はじめての道。

歩きすすむと、コンクリートだった道に白砂が増えてきた。なるべく砂を散らかさないように、歩幅を狭めて、とんっとんっとんっと丁寧に歩く。

木々の葉の、隙間からそそがれる光を顔に当てて、写真を撮ってもらった。

ついに目の前に海がひろがって、その瞬間の心のひらけ具合ったら凄まじく、喜び募りまくり。両手が塞がっていなかったのなら、晩ちゃんとハイタッチでもして波際まで駆け出していたと思う。声を上げたくなって出た言葉は、

「なんだー!ここに来れば良かったんかー!」

適当な場所を決めて晩ちゃんが持ってきてくれたかわいいラグを上にのせる。用意周到よろしくて! 拍手します。

お湯を流してから時間が経ってしまっていたカップ焼きそばは、麺がちょっと固まっていて、ソースと薬味がうまく混ざらない。だけどなんだかもう、すごい楽しいな。

楽しいついでに、アジフライを素手で持って、空に掲げて写真を撮っていると、突然「バシンッッ」と音がした。叫ぶわたしたち。持っていたアジフライが消えて、トンビが空へ空へ行く。

いつの日か、YouTubeで見た『トンビにカメパンぬすまれた』という名作を一瞬思い出したけれど、そんなことよりこわくてこわくて、辺りをみるとわたしたちはすっかりカラスに囲まれていて、とてもじゃないけど、ここで焼きそばを啜っている場合じゃなくなった。

晩ちゃんと逃げた先で、遠くに置き残された、かわいいラグを見つめ、カラスがアジフライのタルタルソースをつまんでいくさまを見過ごしたりしながら、とにかく焼きそばを啜った。啜り終えないことには、なにも安心できなかった。

それからは、切り替えるように、シャボン玉を飛ばしたり水鉄砲を持って走り回ったりして、はしゃぐ。肩を組んではしゃぐ。口角上がりっぱなしで疲れていくのがわかる。

食べ物を持っていないとなるとトンビもカラスも寄ってこなくなって、レジャーシートの場所に戻り、寝転がって波の音を聞いた。

自分の呼吸と、波が寄せ引くリズムが合ってないから、胸がざわついてくすぐったい。隣で晩ちゃんが砂に手をおいているのを真似したら、あったかくって、さらさらで、くすぐったいのがぴたりおさまった。

帰り際、「ちゃんと疲れて帰れるのがいいなあ」とつぶやく晩ちゃん。その一言にうれしくなる。家に着いたら、泥のように眠ろう。

みらん

1999年生まれのシンガーソングライター。
包容力のある歌声と可憐さと鋭さが共存したソングライティングが魅力。2020年に宅録で制作した1stアルバム『帆風』のリリース、その後多数作品をリリースする中、2022年に、曽我部恵一プロデュースのもと 監督:城定秀夫×脚本:今泉力哉、映画『愛なのに』の主題歌を制作し、2ndアルバム『Ducky』をリリース。その後、久米雄介(Special Favorite Music)をプロデューサーに迎え入れ「夏の僕にも」「レモンの木」「好きなように」を配信リリース、フジテレビ「Love music」でも取り上げられ、カルチャーメディアNiEWにて作家・小原晩と交換日記「窓辺に頬杖つきながら」を連載するなど更なる注目を集める中、新曲「天使のキス」を配信/7inchにてリリースした。2023年12月13日には新作アルバム『WATASHIBOSHI』をリリースする。

小原晩(おばらばん)

小原晩

作家。2022年初のエッセイ集となる『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』を自費出版。2023年「小説すばる」に読切小説「発光しましょう」を発表し、話題になる。 9月に初の商業出版作品として『これが生活なのかしらん』を大和書房から刊行。

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