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あなたにとってのBialystocks

Bialystocks甫木元空への手紙 青山真治の死後『BAUS』の遺稿を渡した樋口泰人より

2024.12.10

Bialystocks『Songs for the Cryptids』

#PR #MUSIC

写真=栗栖丈璽

“ごはん”から感じるBialystocksの始まり

たとえばBialystocksの“ごはん”は食事の際の母親の「ごはん」という呼びかけが山に響いてこだまする、その記憶とイメージで作られたものだと甫木元は各所で説明している。一方で<何回も聞いたその声は / 夕飯の味を 身に着けて / 遠い 海の中で 波にのれば / 月が飛んで 夜を告げる>とも歌われる。四万十ではこだまは太平洋にも響くわけだ。それは何度も波に乗り、もはや母親でも誰でもないどこのだれかわからない何ものでもない人のこだまとなって世界中を回り、繰り返し四万十の海にもやってきて、それが今ここの母親の「ごはん」と重なり合い子供の背後に広がって背中を貫き視界を満たす。

映画『はだかのゆめ』ロケハン写真より“ごはん”に歌われている裏山(甫木元空撮影)

だがBialystocksの自主制作盤ファーストアルバムではそんな「こだま」となるはずのそれぞれの楽器の響きは極端に抑えられていなかったか。エコーゲートをかけたかのようなしかし人工的ではない、ただそこにある音そのものをむき出しのまま、出所のわからない無名の響きではなくまず今ここにある音のみを世界にそっと差し出す、そんな試みがなされていたはずだ。目の前にある「ごはん」という触ることのできる物体としての音をまず作り上げることからBialystocksは始まったと言ってもいいのではないか。

つまり当たり前だが四万十の子供にとって、母親の「ごはん」のこだまの先には物体としてのごはんがあったわけだ。そのむき出しの物体そのものが岩や石や花や木々や動物や鳥や空き瓶や雨や死人が映る看板として『はだかのゆめ』では映されていた。その物体としての力と強さの周りをこだまが取り囲む。あの鳥の声、虫の声、水の音はいったいどこから聞こえてきたものだろう。その場所と時間のいくつもの境界線を緩やかにすり抜けてどこまでもゆらゆらと広がるけむりのようなこだまを、ただの物体としてそこにありそこに生きるものたちのそれゆえの強さが優しく受け入れている。そんな物体とこだまの軽やかな共存は物体としての音の強い輪郭なしにはあり得なかったはずだ。

映画『はだかのゆめ』ロケハン写真より(甫木元空撮影)
映画『はだかのゆめ』ロケハン写真より(甫木元空撮影)

そんな物体とこだまとの軽やかな共存ゆえに見えてくる、もはやそこにいないものたちがそこにあり続けるものたちの強い輪郭に反射する小さな悲しみのきらめきのようなものを、奇妙な明るさとわたしは感じたのかもしれない。母親はもういない。酔っ払いももういない。あの蝉ももういない。あのすずめもこおろぎももういない……。だがそれゆえにそこにある物体たちは強くそこにあり続けるのだ。

映画『はだかのゆめ』ロケハン写真より(甫木元空撮影)
映画『はだかのゆめ』ロケハン写真より(甫木元空撮影)
映画『はだかのゆめ』ロケハン写真より(甫木元空撮影)

深浦では過酷な海と波の厳しさが示す希望のかけらの導きで、人々は果てしない下り坂をひたすら降り続ける。終わりのない歩み、その終わりのない歩みの中で生まれた終わりのない歌がさらにこだまとなってそこで響き続ける。そんな歌と響きを甫木元はいったいいつ聴いたのか? とある小説を書くために日本海沿岸を旅したいと言った青山の運転手としてその旅に同行したその時の日本海の響きは、いったい甫木元に何を伝えたのか? あるいはその旅の途中青山の身体からこぼれ出た言葉の数々が日本海にこだまして空に舞い雲となり雨となって地面に降り注いだその雨音の中にふと現れた青山のつぶやきを、甫木元はどこかで聞いたとでもいうのか……。

……四万十と深浦に響くこだまは気がつくと増殖し重なり合いわたしを道に迷わせるばかりである。いい加減そろそろ現実に戻らねばと思う。とにかく今、わたしが甫木元に言いたいのはたったひとつのことである。「四万十の新子とうなぎのたたきを食いに行きましょう。案内します」と言ったあの約束はいったいどうなったのだ。もう2年が過ぎた。その約束ももはやこだまとなったとでもいうことなのか。このままだとわたしは新子とうなぎのたたきを幻視しながら果てしない坂道を下り続けるばかりである。

四万十川(樋口提供)
Songs for the Cryptids(CD Only)-Bialystocks | ポニーキャニオン
Bialystocks『Songs for the Cryptids』ジャケット(各社音楽サービスで聴く)

Bialystocks『Songs for the Cryptids』

2024年10月2日(水)発売
■[CD+Blu-ray] PCCA-06324 / 5,500円(税込)
■[CD ONLY] PCCA-06325/ 3,300円(税込)

<CD>(全10曲)
1.空も飛べない
2.Kids
3.近頃
4.憧れの人生
5.虹
6.聞かせて
7.Mirror
8.頬杖
9.幸せのまわり道
10.Branches

<Blu-ray>
Bialystocks 2nd Tour 2023 – EX THEATER ROPPONGI
1.Nevermore
2.コーラ・バナナ・ミュージック
3.花束
4.またたき
5.Emptyman
6.Over Now
7.ただで太った人生
8.差し色
9.朝靄
10.All Too Soon
11.灯台
12.フーテン
13.あくびのカーブ
14.Winter
15.Thank You
16.頬杖
17.I Don’t Have a Pen
18.Branches
19.Upon You
20.光のあと
21.日々の手触り
22.雨宿り

樋口泰人『そこから先は別世界』

©boid

製作・発売:boid
A5変形判 並製/本文496ページ/定価:本体3,800円+税

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