『海に眠るダイヤモンド』(TBS系)が最終章を迎えようとしている。
ドラマ『アンナチュラル』(TBS系 / 2018年)、『MIU404』(TBS系 / 2020年)や映画『ラストマイル』(2024年)と、ヒット作を手掛けてきた脚本・野木亜紀子×演出・塚原あゆ子×プロデュース・新井順子のチームによる初の日曜劇場ドラマということでも、放送開始前から話題となっていた本作。
神木隆之介、斎藤工、杉咲花、池田エライザ、清水尋也、土屋太鳳など単独主演作もある豪華キャストによる、実在の島・端島(通称・軍艦島)と現代の東京を舞台にした70年にわたる壮大な物語は、回を追うごとに登場人物たちに愛着を持たせ、その先に起こるであろう悲劇を想像させながら盛り上がり続けてきた。
そんなドラマ『海に眠るダイヤモンド』の物語が大きく動いた第7話までを、ドラマ映画ライターの古澤椋子がレビューする。
※本記事にはドラマの内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい。
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野木亜紀子の端的なセリフが表す人間関係と社会構造

『海に眠るダイヤモンド』を見ていると、言葉の威力に打ちのめされそうになる。それは、第1話で主人公・荒木鉄平(神木隆之介)と幼馴染たちが憤慨した「たかが端島」という言葉であったり、第4話で鉄平のモノローグの中に出てきた酔っ払った鉄平の父・一平(國村隼)が発したという「あいつの子どもは戦争で1人も死ななかった」という言葉であったり。短く簡潔なセリフの中には、それぞれの人物が積み重ねた人生と人間関係だけでなく、社会構造まで反映されている。
そもそも脚本家・野木亜紀子が書くセリフは、一つ一つの短さとそこに詰まっている情報量に特徴がある。視聴者は、テンポの良い会話から立ち上がってくる人間関係、セリフで説明され過ぎない人々の感情を想像で補完しながら物語を楽しむ。なぜ端島を生きる架空の人物たちの幸せを心から願ってしまうかといえば、彼ら彼女らの感情を自分の中に取り込んで見ているからであろう。しかし、現実の端島の行く末を知っている我々は、物語の先に切なさが待っていることは分かっている。
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過去と現代をつなぐ巧みな演出

『海に眠るダイヤモンド』は、独特の構成をしている。玲央(神木隆之介)といづみ(宮本信子)を中心とした現代パートと、鉄平、朝子(杉咲花)、リナ(池田エライザ)、賢将(清水尋也)、百合子(土屋太鳳)を中心とした端島パートを行き来しつつ、端島パートは数年単位で時間を飛ばしながら物語が進んでいく。
正直、見づらさもある構成だが、巧みな演出でその難関をクリアしつつ、過去と現代のつなぎ方を工夫することで、テーマを膨らませることにも成功している。第2話では、台風が去った後に水瓶から水を飲む百合子と蛇口を捻って水を出すいづみが重なり、第3話では、朝子が中之島で見上げた桜といづみが玲央に見せたビルの上の一本の桜が重なる。水という人間にとってなくてはならないもの、植物という生命。いつの時代も変わらない、過去から現代まで脈々と続いてきた営みを感じさせる演出だ。
『海に眠るダイヤモンド』は、脚本・野木、メイン演出・塚原、プロデューサー・新井というチームでこれまで手掛けてきた『アンナチュラル』や『MIU404』のように、意表をつく展開があるわけではない。描かれているのは、島で育まれる故郷への誇り、恋人や友達・家族への愛など、シンプルで普遍的な感情だ。それらが端島という特殊な土地を舞台に描かれることで、人間の力強い生命力を感じさせる。
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神木隆之介が演じ分ける3つの声

実在する端島の歴史を元に人間の営みを描いてきた物語の中心でストーリーを牽引するのが、一人二役で鉄平と玲央を演じる神木隆之介だ。とりわけ、アニメ映画の声優としても経験が豊富な神木の声による演じ分けが、この特殊な物語を分かりやすいものにしているとも言えるだろう。
玲央を演じる時の誰からも距離を取り、諦めたような声色と、鉄平を演じる時の素直で優しく正面から相手に向き合う熱い声色は、一人二役であることを忘れさせるほど異なる。また、鉄平は家族や朝子に愛を向けているが、玲央は母親のことを「母親の人」と呼ぶなど、友愛の感情を一つも知らない様子。声色だけではなく、ふとした視線、その力強さ、目に宿る光からも人間性の違いを感じさせる。鉄平と玲央に血縁があるとしたら、どのように現在の玲央へとつながったのか。両極端な芝居を見せているからこそ、鉄平の行方を辿ることになる最終章に期待を寄せてしまう。

また、神木は端島パートのモノローグも担当している。このモノローグは、鉄平の心情説明というよりも、セリフや映像だけでは説明しきれない端島の特殊な状況を説明する役割を担っている。モノローグの内容には客観的な視点がありつつ、その声色には端島への強い愛情が滲む。状況説明とも感情説明とも感じさせない不思議な距離感のモノローグは、端島パートを単なる過去の出来事ではないと納得させる力がある。淡々と説明する場面や熱を込めて楽しそうに語る場面もあれば、一言ずつ噛み締めるように語る場面もあり、言葉に向き合う神木の真摯な態度が表れている。
第4話のモノローグは特に素晴らしかった。端島の人々は、大き過ぎる後悔を自分に突きつけないように、誰かを傷つけないように、戦争にまつわる記憶に沈黙する。表には出さない生々しい戦争の記憶と感情を、鉄平のモノローグが補った。精霊流しや盆踊り、端島の人々が見上げる花火と共に流れる鉄平の切実な平和への祈りは、このドラマに出会えてよかったと思わせる、秀逸なものだった。
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端島に寄り添う佐藤直紀の音楽とKing Gnuの主題歌

『海に眠るダイヤモンド』の音楽は、野木脚本でもある映画『罪の声』(2020年)や話題となった『ゴジラ-1.0』(2023年)など、映画音楽も数多く手掛けてきた佐藤直紀が担当。弦楽器を主体とした重厚で勢いのある音色で、70年という長い年月の中で展開される物語のスケール感と端島の活気を、音楽面から支えている。日曜劇場らしい重みと物語のもつエネルギーを、耳からも感じられるのだ。
主題歌はKing Gnu“ねっこ”。弦楽器とピアノの繊細な音色と共に始まる「ささやかな花でいい」という歌い出しが各話のラストに流れることで、物語をさらに奥深いものにしている。
タイトルになっている「ねっこ」は、植物に養分を与える根のことだろう。それは人々にとってのルーツも意味し、鉄平たちにとっては端島がそれにあたる。そして、鉱山の炭坑内でのガス爆発による火災によって、鉄平が自らの手で炭坑を海水に埋めることになった第7話。これまで炭坑夫たちが伸ばし、端島の豊かさを支えた炭坑という「ねっこ」を終わらせる鉄平の姿に主題歌が重なる。その時、端島の終焉へのカウントダウンが始まったかのような切なさがあった。
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端島から人間の営みを現代に捉え直す

『海に眠るダイヤモンド』を見ていると、日々の生活はこんなに熱く、繊細で、愛しいものだったのかと気付かされる。現実における人と人のつながりが希薄になった現代に、活力と希望にあふれ、濃密な人間関係が築かれた端島を描くことは、人間の営みを捉え直すことにつながるのだ。
今の時代、人と人のつながりや生活の尊さに自覚的でい続けることは難しいだろう。ホストとして働く玲央がそうであるように、愛情は目に見えないからこそ、自分のものも相手のものも蔑ろにしてしまう。自身のルーツを辿った先にはきっと、誰かが誰かを想うあたたかな気持ちが存在しているのに。

玲央は、いづみと血縁関係がないことに落胆していた。自分のルーツを知りたいという気持ちが無意識にあったのかもしれない。願わくは、鉄平の日記が玲央のルーツを紐解き、祖先が育んだ愛を知ることにつながっていくと思いたい。
日曜劇場『海に眠るダイヤモンド』

TBS系にて毎週日曜よる9時から放送中
公式サイト:https://www.tbs.co.jp/umininemuru_diamond_tbs/