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Netflix映画『ピアノ・レッスン』解説 分断の進む時代に向き合う伝統と過去

2024.12.2

#MOVIE

Netflixオリジナル映画『ピアノ・レッスン』が11月22日(金)から配信されている。

『グラディエーターII』(2024年)も話題のデンゼル・ワシントンがプロデュースする本作は、代表的なアメリカ劇作家の1人であるオーガスト・ウィルソンの同名戯曲の映画化となる。

監督をつとめたデンゼルの次男、マルコム・ワシントンにとってはこれがデビュー作となる。また、長男であり、クリストファー・ノーラン監督『TENET』(2020年)などでも知られるジョン・デヴィッド・ワシントンも出演。

奴隷制と先祖の記憶が刻まれたピアノをめぐる対立を通じて、アフリカ系アメリカ人家族は過去と向き合うことになる。トランプ政権の誕生以降、分断が深刻化、複雑化する現代において、この物語が映画化された意義を解説した。

※本記事には映画本編の内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい。

デンゼル・ワシントン製作のもと、ピューリッツァー賞受賞戯曲を映画化

数々の賞に輝く名優デンゼル・ワシントンは、劇作家オーガスト・ウィルソン作品の映画化に、プロデューサーとして関わってきた。監督・主演も兼ねた2016年公開の『フェンス』に加え、2020年にはNetflixで配信された『マ・レイニーのブラックボトム』を製作。『フェンス』でヴィオラ・デイヴィスがアカデミー助演女優賞を受賞するなど、いずれも批評的に成功している。そして、3作目の映画化となったのが『ピアノ・レッスン』だ。

ウィルソンによる1987年の戯曲『ピアノ・レッスン』は、ピッツバーグを舞台とした一連の戯曲『ピッツバーグ・サイクル』の4作目にあたる。アフリカ系アメリカ人の伝統や経験を探求するシリーズのなかでも、超自然的な現象やブルースといった音楽など、ウィルソンの特徴が色濃い作品になっている。この戯曲は、1990年と2022年にブロードウェイで上演され、ピューリッツァー賞を受賞している。

オーガスト・ウィルソンは生前、自身の作品の映画化に黒人監督を求めていたそうで、本作『ピアノ・レッスン』では、デンゼル・ワシントンの次男、マルコム・ワシントンが監督に起用された。マルコムにとって、これが監督デビュー作となる。

また、デンゼルの長男、ジョン・デヴィッド・ワシントンは、2022年のブロードウェイに引き続き、映画でもボーイ・ウィリーを演じた。

(左から)バーニース(ダニエル・デッドワイラー)、ボーイ・ウィリー(ジョン・デヴィッド・ワシントン)

ピアノにまつわる奴隷制の記憶

『ピアノ・レッスン』の構造はとてもシンプルだ。舞台は1936年、叔父であるドーカーと姉バーニース、その娘マリーサが住む家に、南部ミシシッピから弟のボーイ・ウィリーが訪ねてくる。ウィリーは白人のサター(ジェイ・ピーターソン)が所有していた土地を買うために、家宝のピアノを売ろうとする。しかし、そのピアノには、奴隷として働いていた先祖たちの顔が彫られていた。ピアノの扱いについて姉と弟は口論になるが、突如、死んだはずのサターが幽霊として現れる。家族は、先祖の遺産であるピアノをめぐり、伝統とアイデンティティを模索していくのだ。

チャールズ一家

映画は、原作にかなり忠実に描かれており、そのほとんどが、ドーカーの家での会話によって成り立っている。ホラーテイストになる場面もあるものの、会話の内容はそれぞれの境遇と昔話、ピアノの処遇と今後について、そして幽霊についての話で占められている。

約2時間にわたる会話劇ではあるが、シンプルであっても飽きさせないのは、まず役者陣の力によるところが大きいだろう。ジョン・デヴィッド・ワシントンと同じく、ブロードウェイから役を引き継いだドーカー役のサミュエル・L・ジャクソン、ライモン役のレイ・フィッシャー、ワイニング役のマイケル・ポッツに加え、映画で新たにバーニースを演じたダニエル・デッドワイラーらの演技を、存分に堪能できる。とりわけ、ジョン・デヴィッド・ワシントンが、場を支配するようにまくし立てる口調は忘れられない。その様子を、一瞬だけ真正面から捉えたアップも印象的だった。

マルコム・ワシントン監督による外部を描いた演出

とはいえ、映画『ピアノ・レッスン』では、主な舞台となる家の外、狭い空間の外部を意識させた演出も際立っている。

特に、6分にわたって過去を描いた冒頭は、戯曲では直接描かれなった場面だ。1911年のミシシッピ。姉弟の父親(ステファン・ジェームス)らが、祖先の顔が刻まれたピアノをサターから盗み出す。しかし、父親は列車で逃げようとした際に報復として焼き殺されてしまう。花火が上がるなか外にたたずむ父親、そこにスコアを担当したアレクサンドル・デスプラの音楽が流れる。この6分にわたるシーンをセリフなしで描ききった後、場面が1936年に戻り、ウィリーたちのトラックがあぜ道を走る様子を、ロングショットで撮る。この冒頭を見た瞬間、映画である意味を強く感じることができた。

劇中には、W.C.ハンディのブルースや、ジャズピアニスト、メアリー・ルー・ウィリアムスの楽曲など、舞台の時代と比較的近い曲が使われているが、それだけでなく、離れた年代の曲も挿入歌として流れる。その中には、SAULT“Scary Times”(2020年)など現代の曲もあるが、映画にうまくマッチしている。

驚いたのは、Har-You Percussion Group“Welcome To The Party”(1968年)が聴こえてきたことだ。レアグルーヴクラシックとして知られ、DJやレコードコレクターに愛されたダンサブルなラテンジャズだが、映画では、ドーカーの家の外で、ウィリーとライモンが、人々に景気よくスイカを売る場面を彩っている。

https://open.spotify.com/intl-ja/track/06bVD1OKZuaC4VS3csBDsp?si=6a6de1c097084c23

舞台となる年代とは異なる、こうした楽曲の使用を含め、外を意識させる演出がアクセントとなり、映画ならではの魅力になっていると言えるだろう。

過去や伝統を見つめる意義

では、1930年代のアフリカ系アメリカ人の物語である本作のどこに、我々が現代的な意義を見出せるだろうか。

バーニース(ダニエル・デッドワイラー)

もう一度、セリフのない冒頭のシーンに触れたい。映画の始まりから「GOD BLESS AMERICA」と書かれた横断幕と、マーチングバンドの演奏を楽しむサターの笑顔が映し出される。その後、ピアノを巡って人種的な迫害が起こる。映画化によって加えられたこの場面は、過去の悲惨な出来事であるとともに、2016年のドナルド・トランプ政権誕生以降、緊張を増した人種の問題をはじめ、いくつもの社会的分断や対立を思い起こさせる。

ピアノは、伝統や遺産であると共に、先祖たちの奴隷制の記憶が刻まれたものであり、姉弟にとっては親の死のきっかけになったトラウマでもある。そして、奴隷所有者の一族であるサターが死してなお取り憑いている。

このピアノを巡って、それぞれの価値観がぶつかり合う。ボーイ・ウィリーは遺産を売ろうとする拝金主義者のようにも見えるが、それによって彼は自由を得ることができると考える。バーニースにとってピアノは家族の思い出を繋ぎとめるものだが、父が殺されるきっかけでもあり、弾くことができない。

ドーカー(サミュエル・L・ジャクソン)

どんな立場の人にとっても、ピアノに刻み込まれた過去は消えない。後半、登場人物たちはピアノが象徴する過去と向き合い、幽霊を追い払おうとするのだが、重要なのは、姉弟が対立しながらも、映画としてはどちらの立場も明確に否定されていないことにある。

意見をぶつけ合いながらも、伝統や過去の過ちから学ぶこと。『ピアノ・レッスン』は、分断の深まるこの世界において、考え続けるための指針を示している。

Netflix映画『ピアノ・レッスン』独占配信中

原題:The Piano Lesson
配信:Netflix
配信開始日:2024年11月22日

監督:マルコム・ワシントン
製作:デンゼル・ワシントン、トッド・ブラック
原作:オーガスト・ウィルソン
脚本:バージル・ウィリアムズ、マルコム・ワシントン
出演:ジョン・デヴィッド・ワシントン、サミュエル・L・ジャクソン、ダニエル・デッドワイラー、レイ・フィッシャー、コーリー・ホーキンズ、コーリー・ホーキンズ、エリカ・バドゥほか

公式サイト:https://www.netflix.com/title/81267043

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