Netflixオリジナル映画『ピアノ・レッスン』が11月22日(金)から配信されている。
『グラディエーターII』(2024年)も話題のデンゼル・ワシントンがプロデュースする本作は、代表的なアメリカ劇作家の1人であるオーガスト・ウィルソンの同名戯曲の映画化となる。
監督をつとめたデンゼルの次男、マルコム・ワシントンにとってはこれがデビュー作となる。また、長男であり、クリストファー・ノーラン監督『TENET』(2020年)などでも知られるジョン・デヴィッド・ワシントンも出演。
奴隷制と先祖の記憶が刻まれたピアノをめぐる対立を通じて、アフリカ系アメリカ人家族は過去と向き合うことになる。トランプ政権の誕生以降、分断が深刻化、複雑化する現代において、この物語が映画化された意義を解説した。
※本記事には映画本編の内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい。
INDEX
デンゼル・ワシントン製作のもと、ピューリッツァー賞受賞戯曲を映画化
数々の賞に輝く名優デンゼル・ワシントンは、劇作家オーガスト・ウィルソン作品の映画化に、プロデューサーとして関わってきた。監督・主演も兼ねた2016年公開の『フェンス』に加え、2020年にはNetflixで配信された『マ・レイニーのブラックボトム』を製作。『フェンス』でヴィオラ・デイヴィスがアカデミー助演女優賞を受賞するなど、いずれも批評的に成功している。そして、3作目の映画化となったのが『ピアノ・レッスン』だ。
ウィルソンによる1987年の戯曲『ピアノ・レッスン』は、ピッツバーグを舞台とした一連の戯曲『ピッツバーグ・サイクル』の4作目にあたる。アフリカ系アメリカ人の伝統や経験を探求するシリーズのなかでも、超自然的な現象やブルースといった音楽など、ウィルソンの特徴が色濃い作品になっている。この戯曲は、1990年と2022年にブロードウェイで上演され、ピューリッツァー賞を受賞している。
オーガスト・ウィルソンは生前、自身の作品の映画化に黒人監督を求めていたそうで、本作『ピアノ・レッスン』では、デンゼル・ワシントンの次男、マルコム・ワシントンが監督に起用された。マルコムにとって、これが監督デビュー作となる。
また、デンゼルの長男、ジョン・デヴィッド・ワシントンは、2022年のブロードウェイに引き続き、映画でもボーイ・ウィリーを演じた。

INDEX
ピアノにまつわる奴隷制の記憶
『ピアノ・レッスン』の構造はとてもシンプルだ。舞台は1936年、叔父であるドーカーと姉バーニース、その娘マリーサが住む家に、南部ミシシッピから弟のボーイ・ウィリーが訪ねてくる。ウィリーは白人のサター(ジェイ・ピーターソン)が所有していた土地を買うために、家宝のピアノを売ろうとする。しかし、そのピアノには、奴隷として働いていた先祖たちの顔が彫られていた。ピアノの扱いについて姉と弟は口論になるが、突如、死んだはずのサターが幽霊として現れる。家族は、先祖の遺産であるピアノをめぐり、伝統とアイデンティティを模索していくのだ。

映画は、原作にかなり忠実に描かれており、そのほとんどが、ドーカーの家での会話によって成り立っている。ホラーテイストになる場面もあるものの、会話の内容はそれぞれの境遇と昔話、ピアノの処遇と今後について、そして幽霊についての話で占められている。
約2時間にわたる会話劇ではあるが、シンプルであっても飽きさせないのは、まず役者陣の力によるところが大きいだろう。ジョン・デヴィッド・ワシントンと同じく、ブロードウェイから役を引き継いだドーカー役のサミュエル・L・ジャクソン、ライモン役のレイ・フィッシャー、ワイニング役のマイケル・ポッツに加え、映画で新たにバーニースを演じたダニエル・デッドワイラーらの演技を、存分に堪能できる。とりわけ、ジョン・デヴィッド・ワシントンが、場を支配するようにまくし立てる口調は忘れられない。その様子を、一瞬だけ真正面から捉えたアップも印象的だった。

INDEX
マルコム・ワシントン監督による外部を描いた演出
とはいえ、映画『ピアノ・レッスン』では、主な舞台となる家の外、狭い空間の外部を意識させた演出も際立っている。
特に、6分にわたって過去を描いた冒頭は、戯曲では直接描かれなった場面だ。1911年のミシシッピ。姉弟の父親(ステファン・ジェームス)らが、祖先の顔が刻まれたピアノをサターから盗み出す。しかし、父親は列車で逃げようとした際に報復として焼き殺されてしまう。花火が上がるなか外にたたずむ父親、そこにスコアを担当したアレクサンドル・デスプラの音楽が流れる。この6分にわたるシーンをセリフなしで描ききった後、場面が1936年に戻り、ウィリーたちのトラックがあぜ道を走る様子を、ロングショットで撮る。この冒頭を見た瞬間、映画である意味を強く感じることができた。

劇中には、W.C.ハンディのブルースや、ジャズピアニスト、メアリー・ルー・ウィリアムスの楽曲など、舞台の時代と比較的近い曲が使われているが、それだけでなく、離れた年代の曲も挿入歌として流れる。その中には、SAULT“Scary Times”(2020年)など現代の曲もあるが、映画にうまくマッチしている。

驚いたのは、Har-You Percussion Group“Welcome To The Party”(1968年)が聴こえてきたことだ。レアグルーヴクラシックとして知られ、DJやレコードコレクターに愛されたダンサブルなラテンジャズだが、映画では、ドーカーの家の外で、ウィリーとライモンが、人々に景気よくスイカを売る場面を彩っている。
舞台となる年代とは異なる、こうした楽曲の使用を含め、外を意識させる演出がアクセントとなり、映画ならではの魅力になっていると言えるだろう。
