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心身ともに健やかになってこぼれてきた、新たな言葉とメロディー
―今作『呪文』の収録曲の一部は、2021年10月に出た前作『心理』以前のライブでも歌っていましたよね。
折坂:そうですね。“夜香木”は4年ぐらい前からライブでやってて、最初は『心理』に入れようと思っていました。でも、『心理』をつくるなかで今回じゃないなと。“夜香木”って曲調は割とマイナー調ですけど、淡々と情景描写をしているような曲で、決してシリアスなものではないんですよね。
折坂:『心理』というアルバムをつくっていたころは身近な人を亡くしたり、いろんなことが重なってすごくシリアスになっていたんです。当時は、そういうことを歌うことによって自分のなかで起こる何かにフォーカスしたかったし、自分を救うような曲をやることで同じ時代を生きる人たちに引っかかるものにしたかった。
その気持ちはいまもあるんですけど、当時はもっと強かったんです。だから、“夜香木”みたいに情景描写の曲は意図的に外してしまったんですよ。
―『心理』は素晴らしいアルバムだし、当時の折坂さんの切実さも表れていると思うんですけど、初めて聴いたとき「こんなヒリヒリした作品をつくり続けていたら、折坂さんはいずれ倒れちゃうんじゃないか」と思ったんですよ。
折坂:まさにそういう作品ですよね。私も去年ぐらいになってようやくそのことに気づきました(笑)。自分でもこのままじゃよくないと思いながらやってて……なかなかあの時期の気分から抜け出すことができなかったんですよ。

―そこで先ほど話されたように、生活の改善を試みたわけですか。
折坂:そうなんです。最初はもうちょっとテクニカルに考えたんですよ。「こういう曲を書けばいいんじゃないか」とか「こういうステートメントのうえで何かをやったら抜け出せるんじゃないか」と思っていたんですけど、実際はそういうことじゃなくて、日々の健康が大事だった。身体の動きそのもので体得していくものが大きかったんです。
―心身ともにヘルシーになっていくなかで折坂さんから出てくる言葉やメロディーも変わってきた?
折坂:そうですね。1曲目の“スペル”がきっかけだったんです。この曲はすぐできましたね。まさに「ストン!」って感じで。
―“スペル”から始まる冒頭の3曲はすごく柔らかくて、いい脱力感がありますよね。『心理』がある種の緊張を強いる作品だったとすれば、この3曲はむしろ解きほぐされていくような感覚があります。昨年末にお話を伺ったとき、「最近アンビエントを聴いている」という話をされていましたが、音楽的なモードの変化も影響しているのでしょうか。
折坂:それはすごくあると思います。以前はその音楽がどういう文脈のなかにあるのか、考えながら聴いていたと思うんですよ。いまもそういう傾向はある一方で、私がアンビエントに感じる感覚というのは、家具や器から受け取るものに近いんです。
私の場合、家具や器に対して意義や文脈とかいちいち考えないで使っているわけですが、「この家具、好きだな」という肌触りだけがあるんですね。アンビエントも似たような感覚で、「この音の耳触りが好きだな、気持ちいいな」というだけなんです。
前はそれじゃダメだと思ってたんですよ。意味や文脈に囚われていた部分もあったけど、「何を言ってるかわかんないけど、なんか好きなんだよな」というものでもいいんじゃないかと思うようになりました。