韓国インディーの大注目バンド、OBSG(オバンシングァ)が初来日を果たす。毎週のようにアジア各地のインディーアーティストが来日公演を行う現在であっても、10人もの大所帯編成である彼らが日本にやってくるとは。まさに奇跡の初来日といっていいだろう。
中心人物は京畿民謡の歌手であり、韓国インディーの異端児であるイ・ヒムン。かつては民謡グループであるSsingSsing(シンシン)のフロントマンとして、NPRの人気企画「Tiny Desk Concert」に出演したことで世界的な注目を集めた。同グループの解散以降はさまざまなプロジェクトで活動し、昨年は3人組ジャムバンドのCADEJO(カデホ)を伴って来日公演も行っている。OBSGはそんなイ・ヒムンのプロジェクトであり、昨年リリースされた最新作『SPANGLE』を携えた初来日となる。
バンドの音楽面を取り仕切るのは、ベーシストのノ・ソンテク。韓国の伝統民俗芸能であるパンソリとダブ / レゲエをミックスしたバンド、NST & THE SOUL SAUCE(NST & The Soul Sauce)のリーダーも務め、こちらのバンドでは『FUJI ROCK FESTIVAL』への出演も果たしている。
韓国民謡に新たな視点からアプローチするOBSGの初来日を前にして、同じく民謡に取り組む民謡クルセイダーズとの座談会を企画した。参加者はOBSGのイ・ヒムンとノ・ソンテク、民謡クルセイダーズのフレディ塚本、田中克海、大沢広一郎の5人。音楽のグローバル化がますます進む現代、OBSGと民謡クルセイダーズは民謡というルーツミュージックをどのように表現しようとしているのだろうか?
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日本と韓国、それぞれの伝統音楽である民謡との出会い
―ヒムンさんとソンテクさんは民謡クルセイダーズのことはご存じでしたか?
ヒムン:もちろん知ってますよ。
ソンテク:僕も知ってました。
田中:ありがとうございます(笑)。
ヒムン:国は違うけど、同じ民謡に取り組んでいるところは共通していますよね。今の音楽としてそれを鳴らし、現代の人たちと楽しもうとしている点にも親近感を感じていました。
ソンテク:日本で長く活動してきたバンドには基本的にリスペクトを持っているんですが、なかでも民謡クルセイダーズは南米の音楽のニュアンスが入っているところに関心を持っていました。既存のレシピをもとにした音楽とは違うな、と。
―田中さんとフレディさんはヒムンさんたちのことをどう認識していましたか?
田中:ヒムンさんは以前やっていたSsingSsingで「Tiny Desk Concert」に出演していましたよね。SsingSsingはビジュアルも含めてエキセントリックなところがあったので、パッと見ただけで自分たちと同じことをやってるとは感じなかったけど、「おもしろい人たちが出てきたな」と思っていました。自分たちのルーツ音楽に新たに向き合ったものが世界各地から出てきてるわけで、韓国にもこういう人たちがいるんだなと。
フレディ:私は音楽全般に非常に疎くて……ヒムンさんたちのことも知らなかったんですよ。すいません。
―民謡に対するみなさんの距離感についてお聞きしたいのですが、ヒムンさんのお母様は京畿民謡の歌手ですよね。幼少時代のヒムンさんはお母さんが歌う民謡についてどう思っていたのでしょうか。
ヒムン:うちの母は私が生まれる前から民謡を歌っていたので、自分にとっては空気のように自然にそこにあるものだったんですよ。だから、他の同級生にとって民謡が珍しいものだと知って驚きました。私にとって民謡は母そのものなんです。
―ヒムンさんが子供のころ、暮らしのなかで民謡が歌われることはもうなくなっていた?
ヒムン:そうですね。私はソウルで生まれ育ったんですが、民謡に触れられるような環境ではなかったですね。叔父が京畿道のイルサンに住んでいたんですが、そのころのイルサンにはまだ農村の雰囲気が残っていて、まだ民謡が歌われていたと記憶しています。
―フレディさんと田中さんは子供のころ民謡をどう捉えていましたか。
フレディ:子供のころは耳にすることがまったくなくて、町内の盆踊りで聴くぐらい。私が関心を持つようになったのは大人になってからです。偶然民謡を耳にしたことから「なんだこれは!」と驚いてしまって、それから民謡にのめり込んでしまったんですよ。自分はもともとはジャズボーカリストになりたくて東京に出てきたんですけど、やるのはこっちだ! と民謡に乗り換えました。
田中:フレディさんと一緒で、自分も民謡に関心を持ったのは大人になってからです。それまでは有名な民謡をテレビで聴いたり、盆踊りで聴くぐらい。ヒムンさんが言っていたように韓国では学校で民謡を習うことがあるそうですけど、そういうこともなかったんです。
―ソンテクさんはいかがですか。子供のころから民謡のような伝統音楽に触れていたのでしょうか。
ソンテク:いや、僕もまったく触れたことがなくて。ヒムンさんと出会ってから民謡に関心を持つようになりました。
―じゃあ、田中さんやフレディさんと一緒ですね。
ソンテク:うん、そうですね。NST & THE SOUL SAUCEではパンソリ(※)にアプローチしていますが、パンソリに触れたこともなかった。僕はずっとバンドをやってきたので、伝統的なものに関心を持ったことがなかったんですよ。民謡やパンソリについてはヒムンさんなど詳しい方々から学んでいるところです。
※編注:パンソリは朝鮮の伝統的民俗芸能で、口承文芸のひとつ。1人の歌い手とプク(韓国の伝統的な太鼓)奏者によって奏でられる物語性のある音楽。2003年、ユネスコの無形文化遺産に登録された。
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民謡に対して新たなアプローチが生まれている共通点
―ヒムンさんはソウル芸術大学の国楽科で民謡を専攻されてますよね。卒業生はみんなプロの民謡歌手の道に進むものなんでしょうか。
ヒムン:いや、そういうわけでもないですね。民謡にかぎらず、伝統音楽で生計を立てるのはとても難しいことなんですよ。卒業生は伝統音楽を扱う国の機関や芸術団体に所属することが多いですね。私のようにフリーランスで活動している歌手は本当に数少ないです。その一方で、以前と比べると韓国国内でも伝統音楽の新しい動きが活発になっていて、おもしろいグループが出てきていますね。
―そういえば、このあいだソウルに行ったんですけど、東大門のほうで民謡のUSBを買ったんですよ。こういうものってどういう人たちが聴いているんでしょうか。
ヒムン:いま大石さんが見せてくれたUSB、パッと見た感じでは母の友人が何人も入っているようですね(笑)。伝統音楽を学んでいる人たちが勉強用に購入することもあると思いますし、民謡の愛好家も少数いるんですよ。
―なるほど。伝統音楽を取り巻く状況は韓国と日本で共通するところもありそうですね。民謡クルセイダーズに象徴されるように、日本でも新たな発想から民謡にアプローチするアーティストが近年増えていますし。
フレディ:ここ数年、伝統的な民謡の歌い手の人たちの一部が外に出てきたような感じもありますよね。若い世代が聴くようにもなっていて、民謡そのものが身近になってきたんじゃないかな。(福島県民謡である)「会津磐梯山」といっても以前は地元の人か民謡の世界の人、年配の人しか知らなかったけど、音楽好きの人のなかでも知ってる人が増えてきた。いい感じだと思いますね。
―日本では(沖縄など一部の地域を除くと)民謡とそれ以外の音楽のあいだに断絶があって、混ざり合う機会が少なかったと思うんですが、韓国の場合はいかがでしょうか。
ヒムン:韓国も一緒です。以前から伝統音楽とジャズのクロスオーバーなどを試みる先輩たちもいたんですが、決して一般的ではなかった。ここ数年、韓国でも伝統音楽を演奏する若いプレイヤーたちがそうした状況を変えてきました。今の世代が求めるリズムと伝統音楽の接点を見出そうとするミュージシャンが増えてきたことが大きく状況を変えたと思います。
―ソンテクさん率いるNST & THE SOUL SAUCEはまさにその一例ですね。
ソンテク:そうですね。伝統音楽に対するさまざまなアプローチが試みられるようになってますし、私自身、そうした状況の変化を楽しんでいます。
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バンドで民謡を表現することについて
―民謡クルセイダーズの映画『BRING MINYO BACK』のなかで、田中さんがヨーロッパでのライブ中、MCで「民謡は死んだ / Minyo is dead」と言う場面が映されますね。その真意についてお話いただけますか?
田中:この表現はどうなの? と周りからも言われましたし、かなり乱暴な表現ではありますよね(笑)。海外のステージで自分たちがやろうとしていることを短い言葉で表現しようと思ったのと、個人的には既存の音楽の常套句に「民謡」を乗せ変える遊びが流行っている部分もありまして(笑)。
―「Punk is dead」みたいな感覚ということですよね。
大沢:そんなにシリアスな表現じゃないということですよね。
田中:そうそう、全然シリアスじゃないんですよ。そういう表現をすることによって、民謡について考えるきっかけになればとも思っていました。
―フレディさんは横でその言葉を聞いてどう思っていましたか。
フレディ:私は「民謡は死んだ」なんて思ってないですし、そこは意見がまったく違います。ただ、わかりやすい言葉ではありますよね。実際、民謡のことを意識したこともない方にとっては死んだも同然の音楽なのかもしれないし。
さっきも話したように、その状況が少し変わってきたし、誰もが普通に民謡を楽しめるようになってきた。民謡の世界の一部の人たちのものだったのが、少しずつ「みんなのもの」に戻ってきたということだと思うんですよ。私はみなさんに知ってほしいだけなんですよ、民謡という音楽を。そのためにはなんでもやるぜ、という感じです。
―民謡クルセイダーズはライブ活動を通して「日々の暮らしのなかで民謡を普通に楽しむ」環境を取り戻してきたと思うんですが、OBSGでヒムンさんとソンテクさんがやってるのもまさにそういうことですよね。
ヒムン:そうですね、そこは同じだと思います。ただ、私自身、個人的に表現したいことがものすごくあるんですね。音楽にかぎらず、ビジュアルなども含めて強い意識があって、それはあくまでも個人的な欲望に基づいているんです。だから、バンドとしては伝統的なものをモチーフとしつつも、私個人としては「世界にFUCKをぶつける」というようなところがあるんですよ。
―SsingSsingにせよ、OBSGにせよ、あくまでもヒムンさんの個人的な欲求が軸にあると。
ヒムン:そうです。韓国で民謡やパンソリにアプローチしているバンドの多くは伝統楽器を使っているんですが、私は「自分の声だけが伝統に基づいていればいい」とも考えています。
―ソンテクさんはいかがですか。
ソンテク:僕は民謡の専門家でもなければ研究者でもなく、あくまでもミュージシャンです。その立場から言うならば、OBSGがやってるのは民謡そのものではなく、民謡を通じた新しいポップミュージックだと思うんですよ。ヒムンさんのように使命感があるわけでもないんです。
ヒムン:いや、私も使命感はないですよ(笑)。
―そうなんですか? さっきフレディさんが言ったように「民謡の素晴らしさをみんなに知ってほしい」という意識はあまりない?
ヒムン:もちろん、そういう意識はあります。ただ、基本的には「民謡の楽しさをシェアしたい」という気持ちのほうが強いんです。OBSGは私にとって「楽しい遊び」なんです。私はフロントマンであると同時に演出家なので、メンバー10人の個性がきちんと伝わるようライブを演出したいと思ってます。
―以前NiEWのインタビューでヒムンさんが話されていた「今の時代になぜ自分が伝統音楽をやり続けているのか、という答えを探すために民謡を歌う作品も作り続けてきた」という言葉が印象的でした。その答えは見つかりましたか?
ヒムン:韓国には四柱推命に由来する「八字(パルチャ、팔자)」という言葉があって、「運命」を意味しているんですね。生まれたときから決められた定めのような意味なんですが、それでいえば伝統音楽をやることが私のパルチャなんだと思います。
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伝統にとらわれずに、一人ひとりの表現を活かす
―ヒムンさんは今回OBSGという新たなプロジェクトで来日するわけですが、このプロジェクトのコンセプトについて教えてください。
ヒムン:OBSGのコンセプトは「フン(흥)」です。漢字で書くと「興」、ノリとかテンションみたいな意味ですね。「盛り上がることをやろう」というのがOBSGのコンセプトです。
大沢:僕もひとつ質問したいんですが、OBSGのアレンジはどうやって進めているんですか?
ヒムン:そこはバンドマスターであるソンテクさんに任せています。
ソンテク:どんなリズムをあてはめていくか、そういった部分は自分が考えています。ただ、メンバーにそのアレンジを強要するわけではなくて、みんなで作り上げているんですよ。
―民謡をアレンジするうえで難しさを感じることはありますか?
ソンテク:それほど感じないですね。民謡をアレンジするというのは前例のないことでもあるので、レシピから自分たちで作らないといけないところはあります。OBSGのメンバーが具材だとすれば、それぞれの旨味を生かしながら、無理のないかたちで演奏できる環境を作るのが自分の役割だと思っています。
―大沢さんも民謡クルセイダーズのアレンジ面を仕切ることもあるわけですが、難しさを感じることは?
大沢:自分もそんなに感じないですね。民謡だからといって特別に意識するわけではなくて、すべての音楽をフラットに捉えています。
ソンテク:そこは僕も一緒です。
―では、ソンテクさんから見たボーカリストとしてのヒムンさんの魅力とは?
ソンテク:ヒムンさんの歌はものすごく繊細で、ビブラートもとても正確なんです。レコーディングしたあとにエディットしたり調整できないんですよ。それは僕にとってはプレッシャーでもあって、できるだけヒムンさんのエネルギーをそぐことなく録音できるよう心がけてきました。京畿民謡の歌い手はレベルの高い方が多いんですが、そのなかでもヒムンさんはリオネル・メッシのような存在だと思いますね。
―京畿民謡のメッシ! それはとてもわかりやすい表現ですね(笑)。
ソンテク:若いころのヒムンさんの音楽的環境は、かなり特別なものなんですよ。母親が優れた歌い手であり、周囲には歌手や演奏者がいくらでもいたわけで、ヒムンさんのような人はなかなかいないと思います。
―来日公演はどのようなものになりそうでしょうか。
ヒムン:(日本語で)ええっと…ものすごく盛り上がると思います(笑)。OBSGの各メンバーの魅力をしっかりと見せられればと考えています。
ソンテク:みんなでクレイジーになってしまいたいですね。観客のみなさんがクレイジーになれば、僕らはもっとクレイジーになれるので(笑)。
―それは最高ですね。民謡のこととか伝統のことを話しましたけど、最終的にはみんなで楽しむことが一番大事ですもんね。
OBSG&民謡クルセイダーズ:(みんなでガッツポーズをする)
田中:いつかヒムンさんたちと一緒にアジア各地を回れるといいですよね。
ヒムン:それはいいですね。みんなで行きましょう!
『OBSG Japan Tour 2024』
2024年9月15日(日)
愛知・豊田『橋の下世界音楽祭 -SOUL BEAT ASIA 2024-』
2024年9月17日(火)
東京・渋谷
AJIMI & microAction presents『OBSG Live in Tokyo 2024』
会場:渋谷WWW
時間:開場 18:00/開演 19:00
料金:前売 ¥6,500/当日 ¥7,500(税込・ドリンク代別)
出演:
<LIVE>OBSG(オバンシングァ)
<OPENING>落語:林家あんこ、DJ:大石 始
チケット:Peatix https://obsg2024.peatix.com、e+
主催:Ewon Art Factory
企画・制作:AJIMI/microAction/LEEHEEMOON COMPANY
協力:橋の下世界音楽祭実行委員会
協賛:au スマートパスプレミアム
特設サイト:https://lit.link/obsg2024