INDEX
だんだん鬱の自分が育ってきて、将来のことを考えるモードに入ってる。
ー『絶望ハンドブック』の中では、一時期、希死念慮に陥っていた時期があったと書かれています。それは今もありますか?
坂口:希死念慮は自然に起きると思うので、付き合い方が変わった感じがしますかね。いるね、ぐらいの感じではいるかもしれない。
ー希死念慮を感じている時の坂口さんって鬱期だと思いますが、自己否定をやめる時、元気な時の坂口さんが、鬱期で「死にたい」と思っている自分を否定することにはならないのでしょうか?
坂口:今までは、一時的な記憶障害が起きたりもして、鬱状態の自分と躁状態の自分は違う存在だったんです。だけど、鬱状態の時でも立って歩けて、周りの景色見られるようになってきてからは、鬱の記憶が残っているようになったんですよ。そうすると、「あの時はそういう気持ちになるよね」とただ思うようになったんです。

ー否定はしないんですね。
坂口:そうそう。全部自分なので。前は鬱状態になっていた分を、元気になったら取り返そうとしていたけど、それがなくなったんですよ。しかもそれで、生産性が上がっているし、1人の時に自分で自分のことを大事にできるようになったんですよね。前は、考える時間がないと落ち着かなかったんですが、今は仕事をしていない時間も増えて、ずっと編み物をしています。今日来てるセーターも自分で編んだやつで(笑)。
ー編み物をしながら考えたりはしないんですか?
坂口:うん。編み物をしている時は何も考えてない。
ー空白の時間を許容できるようになったということなんですかね?
坂口:ようやく今、空白ができるようになって、穏やかさを獲得し始めているのかなと。昔は創作に影響があるんじゃないかと思って、空白が怖かったんだと思いますよ。
ー考えない時間があることで、逆に書けなくなってしまうというか。
坂口:そうそう。
ー『絶望ハンドブック』を読んでいてもう1つ気になったのが、鬱期の自分に対して、その時の自分が生きていてよかったと思ってほしいと書いていた部分です。直近の鬱期の時に、坂口さんはどんなこと感じていたのだろうと。
「君にとっては、この世は生きるに値しないとても過酷な世界なんだと思うから。俺は、そう感じている君を否定したくはない。だけど、君が生きてみたいといつか思えたら、それは俺にとっても幸福なことだ。それが目標です。俺の生きる目標は、俺自身がどうこうするとか、成功するとか、そういうことではなくて、君が、君自身でいるときに、俺ではなく、まさに君の番のときに、「生きててよかった」「幸せだ」と感じてくれることです。」
坂口恭平『絶望ハンドブック』(p.97)
坂口:それを書いていたのって、元気な時の俺じゃないですか。今は、鬱の状態で「生きていてよかった」と言えるようになっているんですよ。
ーおお!!
坂口:もちろんまだきつい時もあるから、いつでもそう思えるわけではないけど、鬱状態でも自分と会話ができるようにはなった。最初は、そういう状態の自分のことを「こいつがおかしい。こいつがいるだけで空気がおかしくなる」って言って、ずっといじめていたわけです。でもだんだん鬱の自分が育ってきていて、今はなんとなく中学校を卒業するぐらいの感じなんですよね。だから、鬱の自分も独立して、将来のことを考えるモードに入っているのかなとか思って。俺、何かを作るのは、自分と向き合うことが恐ろしくて、それを振り払うためにやっていたと思っていたんですけど、最近、高校生ぐらいになった鬱の自分が「実は俺は絵を描くのめっちゃ好きなんだよ」って言ってきたんです。

ー人格が見えてきたんですね。
坂口:そう。どちらかと言うと、俺は文章を書くのが好きなんだけど、絵を描くのは鬱期の自分が好きみたいで。そういうのは面白いですね。だから朝起きて、自分に「今日は何がしたいですか」って相談して、「絵を描きたい」って言ったら、その子に好きにやらせているんです。
ー鬱の自分と対話ができるようになっているんですね。
坂口:ようやく、自分だけの対話ができるようになりました。今まで分からなかったことが分かるようになってきて、これは伸びしろしかないじゃんって自分で思っているんです。だから、毎朝自分に「今日は何がしたい?」って聞くのが楽しみなんですよね。
普通は鬱の自分から目を背けようとするはずなんですけど、見るしかないと思うと、見方って変わっていくんです。でもね、『絶望ハンドブック』を読んだから見方が変われ、とも思わなくて。みんな多分それぞれのタイミングで、逃げられなくなるんです。「絶望」の度合いにも色々とレベルがあると思いますけど、とりあえず手元に置いておいて、いつか開いたりした時に「あっ」て思う感じはあるのかなと。「絶望」って、なかなか世間からは見捨てられたフィールドだなと思うので、自分が「絶望」を見つけてよかったと思うんです。
