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坂口恭平インタビュー 死なないためのハンドブックに刻んだ絶望と、その後

2025.2.13

#BOOK

自己否定って、本丸じゃないところで落ち込ませるという体の自然な防御反応。

ー私は布団の中で動けない時に、ものすごく自己否定をしてしまうのですが、坂口さんは『自己否定をやめるための100日間ドリル』(2024年10月 / アノニマ・スタジオ)の中で、自己否定はもうしなくなったと仰っていました。今でも鬱期の時は、自己否定をしないで済んでいますか?

坂口:いや、自己否定が止まったかというと、止まってはいないです。でも全部記録しているから、どういう自己否定をしたかを日ごとに確認できるし、カウンセラーや、精神科医、絵や文章をいつも見てくれる人とかが、「ここのこれ、ちょっともう(自己否定)始まっているよね」って一緒に確認してくれる。

そうやって分析していって最近分かってきたのは、俺の場合、母親との関係でトラウマがあるということ。そういう、自分の本当の問題が出てきているから、これから変わっていくのかもしれないなと思っています。俺、どうしてこんなに落ち込んでいたのかが分からないまま、45、6年過ごしてきたわけですよ。それが最近になって少しずつ具体的に、自分でも見えてきて、分かるようになってきた。

ーだんだん核に迫ってきているというか。

坂口:『絶望ハンドブック』を書いて、鬱を乗りこなす筋力がたくましくなってきたから、そういう本質が分かってきて。逆にそれまでは、自己否定で終わっていたんです。自己否定って、本丸に向き合うとやばいから、本丸じゃないところで落ち込ませるという体の自然な防御反応だと思っていて。だから、自己否定している時って、布団にくるまっている方がいいわけですよ。むしろそれを取っ払って本丸と向き合ったら、泡吹いて倒れちゃう。でも鬱の筋肉を蓄えたら、自己否定で寝込まずに、自己否定の状態を書けるようになった。そうやって、心の扉を開ける作業をやっている感じです。

ー心の扉を開ける作業は1人で行っているんですか?

坂口:1人の時もあるし、俺の場合はシャーマンみたいな人がいるので、その人とも相談しつつ。あまり扉を開けすぎると、精神科医に「大丈夫? 今はあまりそっちに行かないでゆるめていきましょうか」って言われたりもします。今の俺の状態って、ほぼ躁鬱をコントロールできているんですけど、谷があれば落ちたくなるというか、逃げずにちゃんと向き合って、降りていかないといけないと思ってて。それをシャーマンと精神科医の2人も理解してくれている感じです。そうやって向き合っているうちに、鬱状態でも普通に家族のお弁当を作れたりするようになりました。

ーその状態でお弁当を作れるのが、とてもすごいなと感じます。

坂口:それって、自分を大事にする技術みたいなものだと思うんです。技術が未熟だと、「もう俺知らない、自分なんてどうでもいい」みたいに投げやりにするわけですよ。それがちょっとずつ変わってきていて、鬱の状態でもどうやって自分を大事にするかを考えるようになりました。そういう時でもご飯を作るとか、温泉とかお風呂に浸かってゆっくり体を休めるとか、「自分は大丈夫だよ」と自分で言う練習とか。

ー鬱状態で、自分に対して「自分は大丈夫だよ」と言えるのは、なかなかすぐにはできなさそうです。

坂口:始めはできないので、愚直にやってきました。俺、先々週ぐらいに、シャーマンから卒業を言い渡されたんですよ。自分で自分を助けられる、という称号は一応得たみたいで。

ーそれは、坂口さんがずっと自分に向き合い続けて、鬱の筋肉がついたからできるようになったんですかね?

坂口:それはあると思います。子どもからも「向き合うの好きですよね」って言われるぐらいですからね(笑)。そうやってちゃんと本気で自分に向き合わないと、どうせ半年後に同じ問題にぶつかることになるんですよ。だから今は、「道がある」って思うようになって。そこを通るのは痛いけど、向き合うという道だけはある。

ー痛いし苦しいけど、向き合ってみる。

坂口:そう。俺って、昔は隣のマンションとかから、子どもがお母さんを呼んでいる声が聞こえてくるだけで胸が苦しくなって、頭がぐちゃぐちゃになっていたんですよ。それが何故かって、さっき話したみたいに、自分がそういうことができるような幼年期を経てないからだって、最近になって気が付いて。

それって、もう取り返しがつかないことだから、「絶望」なんです。でもそういう経験から目を逸らすと、「うっ」と胸が詰まるような不安が来るから、仕事場に行って1人で大泣きするようになって。今年の1月5日には、ありえないぐらい泣いたんですよ。そこから体がちょっと楽になって、胸が詰まる感じがなくなっていった。こういうことを経て、鬱の時に自分の状態を沈黙しながら見るようになって、感情が動き出しました。『絶望ハンドブック』は、そういうことが分かってくる前の記録でもありますね。

『絶望ハンドブック』(amazonで見る

ー見ないようにしていたところを、見に行くようになったんですね。

坂口:だから『絶望ハンドブック』は、もがきながらトンネルを掘っている労働者の記録みたいなものなんですよ。右も左も分からず、目覚めたら真っ暗なところにいて、つるはしだけ置いてあるから、とりあえず掘って道を作るしかない、みたいなね。

自分の本当の問題に向き合うのは一番痛い道なんだけど、きつければきついほど、結局いずれは向き合わざるを得ないから。俺の場合は、夫婦でカウンセリングを受けながら、自分の問題に向き合っていました。チームプレーなんですよね。

ー1人で向き合うのはやはり大変ですか?

坂口:1人だと大変ですね。だから、1人で困ったらいのっちの電話(※)にかけて欲しい。

※坂口恭平は自身の電話番号を公開し、死にたい人であれば誰の電話でも受け付けている(詳細は坂口のXにて

ー坂口さんの多才さは有名で、これまで絵や音楽、文章などのスキルをどんどん獲得されてきていると思います。さらに今では、鬱についての技術も磨かれているように感じました。

坂口:経験を積んだら、出来なかったことが出来るようになって、そこに面白みを感じるというのはありますね。鬱をある種のスポーツとして捉えられるようになった。実際にメンタルの問題って体も使うんですよ。『絶望ハンドブック』でも引用しましたけど、詩人で画家のアンリ・ミショーが『夜動く』という詩集の中で、「ベッドのなかのスポーツマン」って書いているのを読んだ時は、めっちゃ助かりました。

ー坂口さんの中で、鬱のイメージが変わっていっているように感じます。

坂口:「鬱は避けるべき」みたいな感覚ではなくなりました。鬱状態でもそうじゃなくても、時間ってA地点からB地点に流れていくじゃないですか。何にせよ、AからBに時間が流れていけば終わるんです。今までは、布団をかぶったままでB地点まで流れていたけど、段々と布団を取って風景を見ることを覚えて、今はA地点からB地点までとにかく歩くようになってきた感じがします。

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