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「盆栽の聖地」さいたま発。ローカルの価値を見つめ直すアートプロジェクトをレポート

2025.4.2

空想するさいたま

#PR #ART

近年、中野大和町「DAIBON」や墨田区「すみゆめ踊行列」に代表される新潮流の盆踊りが各地でにぎわいを見せている。民謡やフォークロアの再考・再解釈を推し進めるアーティストの活躍も目覚ましい。こうしたローカルでオリジナルな価値を見つめ直す営為が、いま、国内外の様々な分野・地域で盛んだ。

この2月にさいたま市で開催された「空想するさいたま」『Sleeping Memory』展も、そのひとつに位置付けることができるかもしれない。展示されたのは「盆栽」をテーマとしたオーディオビジュアルアートだ。作品を鑑賞しつつ、馴染みの薄い日本カルチャー=盆栽についてあらためて知るべく、会場となった「盆栽の聖地」大宮盆栽村を訪ねた。

古民家の和室に浮かび上がる光の粒子

古民家を利用したコミュニティハウスに靴を脱いで入ると、真っ暗な和室の中にぼんやりと光の粒が浮かび上がり、幻想的な音響とともに盆栽の姿をかたちづくる。ここで一体、何が起きているんだ……? 予想外の光景に、一瞬たじろぐ。 

これは、2025年2月8日(土)から16日(日)にかけて「盆栽の聖地」大宮盆栽村(さいたま市北区盆栽町)にある盆栽四季の家で開催された、レオニード・ズヴォリンスキーによるオーディオビジュアル作品『Sleeping Memory』の展示の模様である。

とは書いたものの、わからないことばかりだ。まず、さいたま市北区盆栽町が盆栽の聖地? であるということ(大宮盆栽村とは?)。なぜ、デジタルとは遠い場所にあるように思える「盆栽」をテーマにしたデジタルアート作品が生まれたのか。そして、この作品は来場者に何を語りかけているのか。

この記事は、以上の点を紐解き、さいたま市で脈打っているアートの鼓動についてレポートするものだ。『Sleeping Memory』の作者であるズヴォリンスキーからも話を聞くことができたので、併せて紹介していこう。

さいたまに、盆栽のユートピアがあった

「大宮盆栽村」は、東武アーバンパークライン・大宮公園駅の北側一帯に位置する盆栽園の密集エリアである。関東大震災後に、東京で被災した盆栽職人たちが新天地を求め、地盤が強く良質な土、水、空気が盆栽の生育に適したこの場所に、集団で移住してきたのがその始まりだという。

昭和10年ごろに描かれた大宮盆栽村の地図絵。提供=さいたま市大宮盆栽美術館

当時は「各家で盆栽を10鉢以上持つこと」「門戸は開放すること」「二階建てはNG」「垣根は生垣とすること」といった盆栽愛あふれる共同体のルールも制定されていたそうで、その様相はさながら盆栽職人たちによる梁山泊。引き寄せられるように愛好者・関係者たちが続々と集い、戦前の最盛期には30以上の盆栽園が集まっていたという。盆栽が好きという共通点で結ばれた自治共同体は、さながら盆栽ユートピアのようだ。

その後、正式な町名も「盆栽町」に変更され、2010年には世界初の公立盆栽美術館「さいたま市大宮盆栽美術館」が誕生。現在では盆栽園の数こそ6つと少なくはなってしまったものの、伝統的かつ高度な技術を有する職人たちと新たな表現に挑戦する若手とが共存し、日本、ひいては世界のBONSAI文化の中核を担い続けている。

関東大震災後の1925年にその歴史をスタートさせた「大宮盆栽村」は、2025年でちょうど100周年を迎える。その100年は、盆栽を愛する人たちが意志と熱意をもって歩んできた日々の積み重ねなのだろう。

盆栽園のひとつ「芙蓉園」。四季の移り変わりを楽しめる「雑木盆栽」と、他種の植物をひと鉢に共存させる「寄せ植え」に力を入れてきたという。

地域の文化発信×アーティスト支援。アーツカウンシルさいたまの取り組み

この土地と盆栽の関係は分かった。それではどうして、盆栽とデジタルアートなのだろうか?

冒頭で紹介した展示は、アーツカウンシルさいたまが実施するプロジェクト、その名も「空想するさいたま」の一環である。

「空想するさいたま」は、さいたま市の4つのチャームポイント「盆栽」「漫画」「人形」「鉄道」をテーマとしたデジタルアートを、令和5年度に東京藝術大学キュレーション教育研究センターと協働して一般公募し、魅力的な作品・プランを選出、それをアーツカウンシルさいたまの伴走支援のもとで実現させるというものだ。さいたま市にとっては魅力を発信する新しい手段であるし、アーティストにとっては行政の支援のもとで作品制作できるチャンス。それぞれが独自の厚みと奥行きをもった4つの文化資源について、その本質を見つめ、伝えようと形にするのは、双方にとってとても刺激的なことであるはずだ。

この企画が面白いのは、それぞれ歴史を持つ4つの文化を、あえて「◯◯×デジタル」の切り口で再解釈する、というポイントだ。盆栽は特にイメージしやすいが、地域が誇る文化資源の愛好者には比較的年配の人が多い。それをデジタルと掛け合わせることで、若い世代にぜひとも届いてほしい、進化を続けているカルチャーに注目してほしい、というアーツカウンシルさいたまのパッションがそこには滲んでいる。

レオニード・ズヴォリンスキーによる『Sleeping Memory』は、その「想像するさいたま」プロジェクトの記念すべき作品第1弾だ。盆栽村のコミュニティハウス「盆栽四季の家」の和室がデジタルアートの展示室となっていたのには、そういうわけがあったのである。

デジタル盆栽と「対話」する

ではあらためて『Sleeping Memory』という作品を見てみよう。大きなスクリーンの前に立つと、粒子と音が蠢いている。鑑賞者の動きに応じて作品が変化するようになっていて、右手の動きは映像に、左手の動きは音響に影響を与えるという。ゲームなどで使用される「キネクト」というセンサーを使用しているそうだ。

インタラクティブな映像の元になっているのは、大宮盆栽美術館が所蔵する推定樹齢100年の「黒松」を3Dスキャンして得られたデータを粒子状にしたもの。音響は、さいたま市内で採集した環境音をもとに構成されている。断片化されているのではっきりとは分からないが、大宮公園のセミの声、電車の音、走る救急車の音などが使われているそうだ。

人の動きに敏感に反応し、ゆっくりと粒子が集まっては、盆栽の形になっていく。かと思えば、盆栽が揺れ、飛散する。視点がぐっと近寄って、盆栽の中に入り込んだようになる瞬間も。気が付けばデジタル盆栽との対話に夢中になってしまう。

作者のズヴォリンスキー自身に操作してもらうと、粒子の動きがよりはっきりと感じられた。「飼い主」のようでも、魔法使いのようでもある。

この他に、作品の基本コンセプトを表現した映像、鑑賞者の姿もリアルタイムで投影される映像の各モニターと、使用された音源を再生する装置が併置されており、それらを合わせてひとつの展示空間が構成されている。

「『世界の隠れたもの』に興味がある」(ズヴォリンスキー)

この作品の背景や込められた想いについて、作者のレオニード・ズヴォリンスキーに尋ねてみた。

レオニード・ズヴォリンスキー(Leonid Zvolinsky)
作曲家、ニューメディアアーティスト。モスクワ音楽院作曲科首席卒業、リトフンチンテレビ・ラジオ大学音響映像芸術サウンドプロデュース科修了。現在、東京藝術大学大学院音楽研究科(音楽音響創造)在学中。Max、Arduinoなどの様々なアルゴリズムやシステムを取り入れた現代音楽やニューメディアアートに取り組むとともに、人の聴覚特性や音の錯覚効果と芸術への応用に関する研究を行なっている。

子供の頃から音楽教育を受け、5歳くらいから自分の音楽をつくっていたというズヴォリンスキー。母国ロシアで作曲やサウンドエンジニアリングを学んだのち、7年前に来日した。その頃から、次第にメディアアートや、インタラクティブ技術を使った芸術にも興味を持つようになったという。ちなみに、通訳なしでインタビューに答えてもらえるくらい日本語が堪能である。

—音にまつわるメディアアートに取り組んでいらっしゃると伺いました。アーティストとしてどんなことに関心があり、これまでどんな作品を作ってこられたか、簡単に教えていただけますか?

ズヴォリンスキー: 「情報の伝達」と「記憶」というテーマに興味があります。記憶というものは常に同じではなくて、何か大事なことを思い出すとき、人間はその度に上書きして新しい記憶をつくり出しているようなんです。

—人の頭って、結構いいかげんなんですね……。

ズヴォリンスキー: そう(笑)。認知科学の研究について調べるうちにそれを知って、非常にびっくりして。そこから自分なりに色々考えて、5年ほど前の『X-SynapseL』という作品が生まれました。人間が音や音楽を聴くときには、知覚した物理的な信号を、脳内で音のイメージへと変換して認知していますよね。しかし、そこには錯覚のような、「ズレ」があるみたいなんです。

—興味深いです!

ズヴォリンスキー: そうした聴覚の特性は、いわば「世界の隠れたもの」です。ファンタジーじゃなくて実際に、世界には非常に不思議で面白い「隠れたもの」が多くあります。そういうことに興味があり、作品として提示していきたいと思っています。

盆栽は「眠れる記憶」の集積だ

—今回の『Sleeping Memory』もそうした観点から発想されたのでしょうか?

ズヴォリンスキー: 『Nature Communications』誌に載っていた、埼玉大学の新しい研究(※)が創作のヒントになっています。それによると、植物は何か危ないことがあったとき、植物同士でその情報を共有しているようなんです。情報を、送るだけじゃなくて貰うこともできる。まさにコミュニケーションですね。

※Aratani Y., Takuya U., Hagihara T., Matsui K. & Toyota M. (2023). Green leaf volatile sensory calcium transduction in Arabidopsis. Nature Communications, 14.

—植物が「会話」している?

ズヴォリンスキー: はい。そこで私が考えたのは、植物から植物だけではなくて、植物から人間に何かを伝えているとしたら、どんなイメージになるかな? と。植物の伝達方法を人はそのまま理解はできませんよね。それをアブストラクトアートとして、表現できそうだなと考えたんです。最初は音のイメージがあって、そこからビジュアルのコンセプトが生まれました。

—インタラクティブな仕掛けにしたのは?

ズヴォリンスキー: 記憶を作るにはインタラクション(関わり・相互作用)が必要ですよね。それがないと記憶にならない。人間と盆栽の間にはコミュニケーションがあります。形を決めて枝を曲げるとか、光を当てるとか……職人が盆栽に話しかけているかもしれないですし。盆栽は耳がないから人間のように聞こえてはいないけれど、音の振動は感じ取ってるかもしれない。それで、短い時間ではあっても、こうやって見る人が直接デジタル盆栽とコミュニケーションできたら面白いんじゃないかと考えました。

—なるほど。確かに盆栽は、ご自身の創作のテーマと近いかもしれませんね。記憶の集積というか……。

ズヴォリンスキー:本当にそうです。自然のままに育っていると、植物はこういう形にはならないですよね。でも盆栽は人とのコミュニケーションの中で形を変えて、丁寧に扱えば100年も200年も生きていく。私は盆栽の中に「眠れる記憶」があるとイメージしています。

—盆栽については、もともと知識がおありだったんでしょうか?

ズヴォリンスキー: そんなに詳しくは知らなかったですが、2021年くらいに、インターネットでレクチャーを受けたことがあります。日本の伝統的な文化に興味があって参加したもので、盆栽の他にも、お茶とか日本画について知りました。その中でも、盆栽は一番印象が強かったかもしれません。この芸術は時間とともに変化していくし、見る角度によっても変わるし、本当に面白い。

—盆栽も、音楽と同じように、時間芸術のような面があるのかもしれませんね。

ズヴォリンスキー: ええ、そうですね! ここにある梅の盆栽も、この1週間でとても変わってきました。初めは花がひとつしかなかったんですけど、今ではこんなに咲いてきた。茶の湯などもそうですが、作品の四季による変化を楽しむというのは日本ならではかもしれませんね。

今回の展示にあわせて大宮盆栽美術館から借り出されているという梅の盆栽。毎日、職人さんがお手入れに来ているそうだ。やっぱり人と盆栽はコミュニケーションの密度が高い。

ちなみに現在は尺八も練習中というズヴォリンスキー。“さくらさくら”くらいなら吹けるかな? と笑顔で語ってくれた。

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