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「バズれば幸せになれるって本当ですか?」――昨今の音楽業界におけるリアルな事情

2024.5.1

映画『バジーノイズ』

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バズった当本人の人生は変わっているのだろうか。その先で、幸せになれているのだろうか。

「1本の動画がバズって人生が変わった!」――昨今、そんな言葉やストーリーを目にすることがあるだろう。本当に、バズった当本人の人生は変わっているのだろうか。その先で、幸せになれているのだろうか。

この文章を読み進めていただく前に、どういう人間がこれを書いているのかを明示しておこうと思う。約半年前までBytedance(TikTokの運営会社)に勤務し、現在は音楽ライター・編集者 / クリエイティブディレクターとして、imase、なとり、meiyo、乃紫、紫 今、ぺろぺろきゃんでーなど、コロナ禍前の音楽業界にはなかった活動方法で自分の才能を世に示している新世代アーティストたちと向き合ってインタビューをしたり、SNSの動画を含めたコンテンツを作ったりしている。そんな中で「試しに自分でもショート動画のアカウントを作って投稿してみよう」と始めた夫婦のアカウントは、まさに「1本目の動画からバズ」を起こし、いまやSNS総フォロワー数が50万を超えるまでになった。

このテーマで原稿を書こうと思ったきっかけは、映画『バジーノイズ』を観たことだ。むつき潤の原作漫画はKing Gnuの井口理、SKY-HIといったミュージシャンや、『ソラニン』でも知られる漫画家の浅野いにおなども絶賛している青春音楽ストーリー。5月3日に劇場公開される映画は、ドラマ『silent』や『チェリまほ』を手がけた風間太樹が監督、川⻄拓実(JO1)と桜田ひよりがW主演。その内容が、あまりにリアルだった。SNSを無視できない時代のアーティストやクリエイターの苦悩や心の揺れ動きが、とても繊細に描かれていた。

『バジーノイズ』本予告_2024年5月3日(金祝)全国ロードショー

ネタバレにならない範囲であらすじを述べると――家でひとりで音楽を作っていた清澄(川西拓実)を、潮(桜田ひより)が勝手に撮影し、SNSに上げたところバズが巻き起こる。その後清澄はアーティストとして活動を進めるが、とある出来事をきっかけに、レコード会社の偉い人の言う通り、社交性のない自分には作家として誰かのために曲を書いて評価されるほうが合っているのだと言い聞かせるように生きていく。そんな中でストーリーは進み……。

昨今の音楽業界に通じる『バジーノイズ』のリアルさ

そもそもSNS関連の宣伝や、SNS発アーティスト / クリエイターを紹介するときなどによく使われる「1本の動画で人生が変わった!」というフレーズは、あまりにも都合よく過程が端折られすぎていると思っている。「1本の動画で人生が変わる」なんて、はっきり言って幻想だ。

「バズ」は、ひとつの扉を開けただけに過ぎない。次のステージでまた、自分の実力や人間性、思考力、運などが試される。時に悩みながら、「好きを続けるって難しい(映画内のセリフ)」と葛藤しながら、一枚ずつ扉を開けていくことでコマを進めるしか活動や人生を動かしていく方法はない。SNSからヒットし今メインストリームにいるアーティストたちは皆、そうやって自分の力で一枚ずつ扉を開け続けてきた。「1本の動画がバズって人生が変わる」という安直な描写がなされていないところが、まず私が『バジーノイズ』に感じたリアルさだった。

川西拓実(JO1)が演じる主人公の海野清澄。友達も恋人も何もいらない。頭の中に流れる音を、形にできればそれでいい。そう思っていた清澄は、DTMでひとり作曲と演奏に没頭する日々を送っていた。映画内で清澄から生まれるすべての楽曲は、藤井風の全楽曲、iri、SIRUP、Awesome City Clubなどのプロデュースで知られ、映画音楽も手掛けるYaffleがミュージックコンセプトデザインとして参加している。

アーティストやクリエイターにとって、「バズ」は幸せなのだろうか? 人と関わることを恐れて、ひとりで手を動かすだけでいいと思っていた清澄にとって、思わぬバズは必ずしも喜べるものではなかった。バズると、自分にとっての幸せとは異なる扉が開くことにもなる。そもそも、自分にとっての幸せが何かをわかりきっていない状態で扉が開いてしまうこともある。

「表舞台に出る準備をしていなかったのに、表舞台に立つことになってしまった」という状況の清澄もリアルに見えた。昨今はSNSのアルゴリズムの発達によって無名の人が突然大きな注目を集めることがあり、本人の心の準備ができていなくても、世間から忘れられない内にデビューや楽曲リリースをさせてしまうケースが増えた。アーティスト本人が大勢の人と関わりながら表舞台や音楽シーンのメインストリームに立つ覚悟ができていないと、いい成果を生み出し続ける活動はできないし、メンタルを病むことだってある。そうやって枯れてしまった才能も、三流の大人に潰された才能も、これまで実際に業界の中で見てきた。

「歌に自信があるわけではないけどなんとなく歌ってみた」という想いでSNSに動画を投稿し、あれよあれよとプロの歌が求められる場に立つこととなって、一生懸命奮闘し自分なりの表現方法を磨いているアーティストたちも今の音楽シーンにはたくさんいる。「ただ普通に暮らして、音楽を鳴らしたいだけ」だった清澄が、バズをきっかけに人と関わりながら仕事をするようになってさまざまな悩みを抱え、歌にまでトライする姿は、そういった人たちの戦いと重って見えた。

桜田ひよりが演じた岸本潮は、好きなこともやりたいこともなく、他人の「いいね」だけを追いかけて生きてきた。そんな潮が初めて心を震わせたのが、下の部屋から聴こえてきた「寂しくって、あったかい」清澄の音楽だった。

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