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陰惨な時代のカンフル剤『チャレンジャーズ』
―お二人は共通して、『チャレンジャーズ』(ルカ・グァダニーノ監督)を上半期のベストに挙げていますね。
木津:ルカ・グァダニーノという映画作家がもともと好きというのもあります。この映画は男女の三角関係のどうでもいい話を痛快なものとして描いてくれたのがよかったです。ロシアによるウクライナ侵攻や、イスラエルによるガザの虐殺など、世界情勢がこれほど荒れていて、どうしても精神的にふさぎ込みたくなる時期に、この痛快さは心が軽くなりました。
また、彼はイタリア映画の伝統を引き継ぐようにしてエロスというものを追いかけてきた。そのエロスのあり方がMe Too以降の世界でどう表現できるか、その抜けのよいエロスを表現してきた印象があります。
長内:木津さんが以前、ポッドキャスト番組でルカ・グァダニーノを「夏とエロスの作家」と呼んでいて、そのフレーズが僕は大好きです。観終わったあと、近くの飲み屋に行ったら、たまたま同じ回を観ていたお客さんがカウンターにいて。「壮大な3P映画だったよ」と(笑)。
木津:それですね!(笑)


長内:本当にそういう映画なんですよね。Me Too以降、映画を通してさまざまな多様性が描かれてきた中で、ただただ3人で絶頂を目指す映画というのは突き抜けていておもしろかったです。あまりに男性の身体を撮っている映画で、俳優の腹筋にばかり目が行ってしまうんだけど、そのバカバカしさが最高でした。
木津:グァダニーノはざっくばらんなようでいて、しっかりMe Too以降の世界を意識していると思います。どうエロスをアメリカ映画で表現できるか、チャレンジをしていたのかなと。
長内:少し種類は違うんですけど、『恋するプリテンダー』(ウィル・グラック監督)がヒットしたことも見過ごしてはいけない気がするんです。Me Too以降の時代に、白人の過剰にセクシーな男女による、典型的などストレートなラブコメ映画があれだけヒットしたのはなにかを示唆している気がします。
木津:グレン・パウエルのようなマッチョがナイスバディを披露すると「見せるための筋肉でしょ」とツッコミが入れられたり、一般的にダサいとされるポップミュージックを聴いていたり。そうした「可愛げのあるマッチョ」が描かれている点が現代的ですね。
一方で、1980〜90年代のブロックバスター映画のノリを懐かしがっている感じもしました。もしかしたらアメリカ映画が過去へのノスタルジーに浸るムードに突入したのかと、若干心配もしています。