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「カチッとした枠の中に収まっていない音楽」に惹かれた
─さて、今回公開されたヤマハミュージックメンバーズプラス会員向け動画では、江﨑さんの幼少期のピアノとの出会いや、演奏を始めたきっかけについて伺いました。発表会でブルースを弾いていたというお話にはとても驚きましたし、それが後にビル・エヴァンスを好きになっていくきっかけになったのかなとも思ったのですが、濁った音や、クラシックとは違う響きに惹かれていったのはなぜだと思いますか?
江﨑:うーん、なぜだったのかは正直よくわからないんですけど、バッハやモーツァルト、ベートーヴェンといった、しっかりとした仕組みの上に成り立っている音楽が、どうも生まれつき苦手だったんですよね。カチッとした構造のものが、あまりしっくりこなかったというか。もちろん、モーツァルトにはそうじゃない部分もありますけど、ベートーヴェンやバッハの音楽って、すごく美しい構造を持っているじゃないですか。そういうものと向き合うのが、どうも好きになれなかったんです。
もしかすると当時のピアノの先生も、その苦手意識を感じ取っていたのかもしれません。ブルースだけじゃなく、“Brazil”というラテンの曲も弾かせてもらったりしていました。でもそのときは、それがブルースなのかラテン音楽なのかなんて、まったく意識していなかったですね。いずれにしても、「カチッとした枠の中に収まっていない音楽」に、自然と惹かれたんだと思います。

─でも、その先生はすごいですね。そこで強制しないっていうか。
江﨑:そうなんですよ。しかも、僕は土曜日のレッスンのトップバッターだったので、その先生が「ちょっと早くおいで」と言ってレッスン時間を30分増やしてくれたんです。その30分はラテンやブルースなど好きな曲を弾かせてもらえた。その代わり、残りの通常レッスン時間はカリキュラムに沿った基礎をちゃんとやるという。本当に自由に音楽を楽しめる環境だったんですよね。
ただ、その先生のレッスンは引っ越しで終わってしまって。次にバトンを渡されたのは、めちゃくちゃ厳しい先生でした(笑)。「あなた、小学校3年生になるまで何をやってたの?」って言われ、しこたま基礎を叩き込まれましたね。
─あははは。
江﨑:基礎技術を習得するタイミングは、いずれ必ず訪れるものだけど、自分の場合、それが最初じゃなくてよかったなと思っています。最初に自由に音楽と向き合えたからこそ、ずっと続けられたのかなと。小さい頃から、両親が家で常に音楽をかけていたし、積極的にコンサートにも連れて行ってくれましたし、家の雰囲気もすごく良かった。とは言いつつも、やはり練習はかなり辛かったですけどね(笑)。もし中学生になるタイミングでジャズと出会っていなかったら、もうピアノを続けていなかったかもしれないです。
でも、今思えば、楽譜は基礎なので、書けるようになっていてよかったなとも思います。結局、どっちも必要だったんだなって。楽しくやるモチベーションはもちろん大事だけど、誰かと共同作業をするなら、やっぱり言葉が通じないとダメじゃないですか。自分のアイデアを伝える手段として、楽譜を書くことも一つの共通言語なんですよね。