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山本卓卓の新作音楽劇『愛と正義』レポート 独りよがりの「愛」が生んだ悲劇の背景

2025.4.8

#STAGE

社会から疎外された者の悲惨さと、それを理由に自身の欲望を叶えようとする身勝手さ

しかしウチはソチから疎まれていた。コチとソチの結婚式の日、ウチは彼女の耳元で「ヤラせてほしい」と告げたという。そのことをきっかけに、ソチはウチと距離を置いてきた。そういった経緯があるため、ウチの下へ赴くソチを、コチは止めたほどだ。ところがウチによれば、ソチにかけた言葉は「踊ってほしい」だったという。その言葉を仮に信じるなら、ソチはウチの出自から彼に偏見があったために、彼の言葉を聞き間違えたということになる。ウチの生い立ちを鑑みると、そこには社会から疎外された者の悲惨さが感得させられる。だからといって彼の犯罪は、ルサンチマンを解消しようとする身勝手な思考の表れでしかなく、正当化できるものではないが。

撮影:宮川舞子

この世界は見たいものだけを見て、見えないものはないことにして等閑に付す人間で乱れている。アクはこういった趣旨の台詞を吐いて、社会への敵意をむき出しにする。不合理な世界を形成しているのは我々観客にも責任があると言わんばかりに、客席に向かっても当たり散らすアクは、ヒーローものの悪役というよりも、人質を盾にした立てこもり犯のような、人間の犯罪者に思えてくる。低く良く声が通る坂口は、中性的な出で立ちと振る舞いだが、エキセントリックに感情を爆発させたり、急にウチに戻って落ち着いて真面目になったりと振り幅が大きい演技を見せる。

後述するように、ウチはラストでコチに負けを認めた上で、全ての展開は自らが仕掛けたものであると吐露する。しかし彼の言動はフェイクを重ねて結論をひっくり返したり先延ばしにしたりするものであるために、鵺のように本性を掴み取らせない。だからウチ / アクの犯罪は、悲惨な境遇に置かれたマイノリティによる止むに止まれぬ犯罪というよりも、二重人格者による愉快犯の要素の強い、劇場型犯罪に感じられるのだ。

左からウチ、かの(入手杏奈)撮影:宮川舞子

アクが現世で愛食みを続けるのは、未来に生まれる子供の命のためという理屈であった。未来を予測や想像することしかできない我々には、将来世界を確定的に断定することはできない。それを良いことに、現在が腐敗しているからと言ってアクがなけなしの愛を食み、単に自身の利益を得ているとも限らない。もしかしたら、アクの特殊能力自体もフェイクの可能性すらある。アクというトリックスターに憑依されたウチを正気に戻そうと、コチたちは彼を愛しているとしきりに伝える。そして将来が見通せない以上、現在か未来のどちらかを切り捨てる二者択一ではなく、両方選んで矛盾すら抱きかかえようとする。どうなるか分からない未来のために、現在を生きる者を犠牲にはできないからだ。

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