連続テレビ小説、通称「朝ドラ」の最新作『ブラッサム』(NHK)が放送中だ。
作家・宇野千代をモデルとした主人公・葉野珠を、『燕は戻ってこない』(NHK)などにも出演した石橋静河が演じ、『マルモのおきて』(フジテレビ系)や夜ドラ『あなたのブツが、ここに』(NHK)などの櫻井剛と『うつ病九段』(NHK)の小松與志子が脚本を務めた本作。
主題歌のYOASOBI“咲き誇れ“に合わせて石橋静河が踊るオープニングのタイトル映像も癖になる本作の第1~5週について、映画ドラマライターの北村有がレビューする。
※本記事にはドラマの内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい。
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カナリアに象徴された父・清治(渡部篤郎)の孤独

2026年9月末から放送がはじまった『ブラッサム』を見ていると、従来の「朝ドラ」とは違う手触りを感じる。
放送序盤では、横暴でありながら深い孤独を抱える父・清治(渡部篤郎)の存在感が相当なものだった。主人公の心理だけでなく、これほどまでに父親の内面を浮かび上がらせようとした朝ドラは、珍しいのではないだろうか。清治は、家族に対して厳格で、時に理不尽な振る舞いも辞さない。長女の珠(石橋静河)に自分の価値観を押し付けて自由を奪う姿は、典型的な家父長制の象徴にも見えた。
しかし本作は、清治を単なる横暴なモラハラ父として描く選択をせず、むしろ、家族と暮らしながら誰とも心を通わせられない、孤独な人間としての姿を立ち上げた。
そんな孤独を象徴していたのは、清治が大切に飼っていた愛鳥・カナリア。鳥籠で飼われるカナリアは、父の支配下に置かれた珠の姿とも重なったが、同時に、名家の体面や父親としての役割という「見えない鳥籠」に閉じ込められる清治自身も象徴していたのではないだろうか。
家族を支配することでしか、自分の存在を確かめられない。そんな不器用さが、清治の言動の奥に透けて見える。もちろん娘への理不尽な扱いが許されるわけではないが、彼を悪人として切って捨てることもできないだろう。主人公の前に立ちはだかる障壁としてだけでなく、一人の人間としての孤独を見つめる。そうした視線は、本作の独自性を生み出していると感じた。
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理不尽な社会から父の内面を理解する珠(石橋静河)

清治の死によって、珠は父親の支配から解放される。しかし、それは彼女にとって、自由な人生のはじまり——とはならなかった。珠は尋常小学校の代用教員として働きはじめるものの、広島から赴任してきた新任教師・島村(工藤阿須加)との関係をめぐる噂によって同僚や周囲から「ふしだら」と非難され、ついには職を失ってしまう。
「うち、人を好きになっただけじゃ」という珠の言葉には、ただ恋をしただけで社会的な制裁を受けたことに対する、理不尽な気持ちが凝縮されていた。しかも、同じ関係にあった島村はおとがめなし。女性にだけ厳しい道徳観が向けられた社会の不均衡は、令和の現代にも通じているように感じる。
自分だけでなく兄弟に対する周囲からの中傷に耐えられず岩国を離れる決意をした珠は、初めて父の孤独に思いを馳せる。自分の気持ちを誰にも理解してもらえず、周囲から一方的に評価を押し付けられる苦しさ。珠は、自らも孤独と疎外を経験することで、かつて父が抱えていたものを実感できたのだろう。父の支配から逃れようとしていた娘が、父と似た孤独を味わうことで、ようやくその内面を理解する。なんとも皮肉で、切ない構図だった。
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社会の不安定さを映す「土下座」

『ブラッサム』序盤を表すキーワードの一つに「父の孤独」があるとしたら、もう一つは「土下座」かもしれない。第1~5週にかけて、清治、リョウ(国仲涼子)、珠、そして東京で珠と恋仲になる保(金子大地)と、立場の異なる人物たちが幾度となく頭を下げている。家族のために頭を下げる清治やリョウ。自分の立場を守るために頭を下げる珠。そこには、社会のなかで弱い立場に置かれざるを得ない人間の切実さがあった。
現時点で最新の土下座シーンは、第5週の保。東京の下宿で兄妹だと偽って暮らしていた珠と保だが、早々に大家の娘・マキ(中村優子)に二人の関係を疑われてしまう。正直に事情を打ち明け、土下座して謝罪する保の後ろで、珠は追い出されることを恐れていた。しかし、マキは「最初から正直に言ってくれりゃ良かったのに」と受け入れたのだ。岩国では、世間体によって居場所を奪われた珠。しかし東京では、人々の寛容さによって彼女の居場所が守られた。
同じように頭を下げても、相手が違えば、その先の人生は変わる。土下座を繰り返す彼らの姿は、他者の判断によっていくらでも左右される、当時の社会の不安定さを映しているようにも感じた。
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「完璧な主人公」ではない、珠の持つ複雑さ

社会に揉まれながら力強く生きていく姿も美しい珠だが、決して、「完璧な主人公」として描いていないのも本作の魅力だ。
島村との恋愛によって職を失った背景には、男性と二人きりで会い、独身男性の家に通うなど、当時の社会規範からすれば不用意ともいえる行動があった。もちろん、だからといって珠だけが非難され、職を失うことが正当化されるわけではない。島村が教壇に残った事実を考えても、その扱いは明らかに不公平だ。
しかし、珠自身にある種の「危うさ」があることも否定できない。その後も、人目につく場所で独身男性である保と会うなど、周囲からどう見られるかへの警戒心が薄い。島村との経験であれほど傷ついたにもかかわらず、彼女は社会規範や世間の目に順応しようとはしないのだった。
保との関係もそうだ。保が自分に好意を寄せていると知りながら、珠は1年もの間、曖昧な関係を続けてしまった。過去の失恋が原因とはいえ、待ち続ける保の気持ちを思えば、もどかしさも感じる。
傷ついたからといって、人はすぐに変われるわけではない。同じ失敗を繰り返すし、他人の気持ちまで理解が及ばないこともあるだろう。筆者はそんな珠を無条件に肯定することも、一方的に批判することもできないが、むしろ、そうした複雑さこそが彼女らしさであり、本作の面白さにもつながっていると思う。