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粉川心×mouse on the keys川﨑昭 強いアートを鳴らし続けるための「第三の道」

2026.10.27

Penguinmarket Records

#PR #MUSIC

13組のアーティストと3曲ずつ楽曲制作を行い、合計39曲の楽曲を13週にわたってリリースするプロジェクト『13artists × 3works』を完遂したドラマー・即興芸術家の粉川心。「強いアートと持続可能なビジネス」を掲げ、2019年のソロ転身以降の集大成とも言える壮大な試みは、粉川が音楽家として、表現者として唯一無二の存在であることを強烈に印象付けるものであった。

そんな粉川がこのタイミングで話をしたいと名前を挙げたのが、作曲家・ドラマーの川﨑昭だ。川﨑は、粉川がかつて所属していたjizueと同じ2006年に結成され、今年20周年を迎えたインストバンド・mouse on the keysのリーダーを務めている。彼もまたアートに対して強い志を持ち、30代から40代はビジネスとのバランスを模索してきたが、現在ではバンドマンとして国内外をツアーで回る一方、2024年に音楽を核とした総合クリエイティブカンパニー「株式会社RE-MiX arts」を設立し、映像やデザインを横断しながら、多岐にわたるコンテンツを制作している。

粉川と川﨑の年齢差は約10歳。独自の哲学を持つ稀有なドラマー同士、この20年間で何を目指し、何に苦しみ、現在はどんな境地にあるのか。プレイヤー的な視点の話はほぼ出ずに、お互いの思想や経験について語り合った対話には、それぞれの生き様が確かに刻まれている。

粉川心が川﨑昭に相談したかった、アートとビジネスの壁

ー『13artists × 3works』を終えて、現在の粉川さんはどんな心境で、川﨑さんとどんな話をしたいと考えていますか?

粉川:もともとアートとビジネスを妥協せずに両立したいという目標を持っていて、その壁の突破方法を探し続けていたときに、今回のプロジェクトが浮かんだんです。自分の中で渾身のアイデアだったし、人生の中で一番頑張った1年間で。でも、リリースしたときの反響が思ったほどではなかったというか。その結果を受けてこの間まで悩んでいました。

粉川:その現実との乖離、差分でダメージを喰らってしまって。でもよく考えたら、僕はリリースするたびにダメージを喰らってるんですよね。

粉川心(こかわ しん)
ドラムを通じた自己表現を探求する中で日本特有の自然信仰や禅の持つ崇高観念などの日本的霊性に共鳴し、フリージャズ、スピリチュアルジャズ、民族音楽、環境音楽、ハードコアなどを飲み込んで、楽器が持つ原始的な強く美しいサウンドに瞬間の感性を落とし込み心景を描く即興芸術家。

ーこれまでのリリースもそうだった?

粉川:はい。ちょっと期待しすぎていたり、自分の作品を好き過ぎる部分もあると思うんですけど。で、ここ数ヶ月はその現実と向き合って、ここからどう次へ進もうかを考えていて。今はその鬱期を抜けたんですけど、ちょうど一番苦しかった時期にこの対談の話があったので、川﨑さんに相談をしたいと思ったんです。

川﨑:僕もずっと自分にとってのアートを信じてきて、それを維持するため、広げるためにどうしていけばいいのかは悩んできました。

現代美術のように、ギャラリーやセカンダリーマーケット(二次流通)があって投機対象になる世界もあるけど、我々がやっているのは、そうしたアートマーケットとは違う。サウンドアートとか、美術館で展示される音楽みたいなアートにも影響を受けているし憧れているけど、そのバランスを巡るせめぎ合いがずっとあったんですよね。僕はライブハウスシーンから出てきた人間なので。

粉川:同じくです。

川﨑:mouse on the keysは「ライブハウスが美術館のようになったらいいな」っていう考えもあって始めたバンドなので、粉川くんがやられていることにはすごくシンパシーを感じますね。

川﨑昭(かわさき あきら)
mouse on the keysを率い、ドラムと作曲を突き詰める中で硬質な現代建築の構築美や秩序と混沌のあわいに宿る力に共鳴し、ポストハードコア、現代音楽、ジャズ、テクノなどを横断し、一打一打に設計と衝動を刻んで立体的な音景を築くドラマー・作曲家。

粉川:僕はもともと「ドラムで日本庭園を立ち上がらせたい」みたいな発想が根本にあって、世界とどう対等に戦うかという問いと昔から向き合ってきたんですよね。日本のオリジナリティとドラムの世界観をどうつなげるかっていう。「アンバランスであることが完璧なバランス」みたいなものって、東洋人ならではの思想だと思うので、一つの強みになると思いますし。その上で色んなアートの取り入れ方も模索しました。

川﨑:僕は2000年代の初頭、まだNINE DAYS WONDERをやっている頃に現代美術とか建築や哲学とかの本を読み始めたんですよね。森美術館ができたり、村上隆さんや奈良美智さんが世界的に注目される流れがあって。少し前を振り返れば、1990年代のバブル崩壊後の余波が残る中で、NTTが企業メセナ(※1)として初台のインターコミュニケーションセンター(※2)を立ち上げ、ダムタイプや坂本龍一さんがメディアアートのインスタレーションを展開していた。バンドをやりながら、そうした表現にもすごく憧れていました。第二次世界大戦後におけるモダニストの人たちを参考にしたいと思ったりもしましたね。

※1 企業メセナ:企業が直接的な見返りや広告宣伝効果を求めず、社会貢献の一環として行う芸術・文化への支援活動。

※2 インターコミュニケーションセンター:日本の電話事業100周年を記念して東京オペラシティタワーに開設された、メディアアートの展示・研究発表施設。

粉川:どんな人たちですか?

川﨑:例えば、京都なら作庭家の重森三玲さん、建築家だと丹下健三さんとか。自分のルーツはハードコアとかライブハウスのちょっと荒くれな感じだけど、アカデミックな美意識に憧れがあって、それをミックスできないかなっていうのがあったんです。僕は、そのハイブリッドこそが日本っぽさなのかなと思っていて。

日本人の精神には「丁寧にやる」「共同作業が得意」とかがあるじゃないですか。だから、欧米の流行を取り込んだとしても、「丁寧に仕上げる」過程から日本人らしさが滲み出るのかなと感じていて。

粉川:勝手に滲んじゃう部分ありますよね。日本人は丁寧な仕事をする民族だなと海外から帰って来たらいつも思います。そのような土壌に育った感覚は何をしても、良くも悪くも影響してしまう感覚がありますね。

追い込んだ果ての自然体。猿の絵、家賃28,000円

ー『13artists × 3works』で強いアートを突き詰めるにあたって、粉川さんは「高い身体値」をキーワードに挙げていましたね。

粉川:僕は「量によってしか質は磨かれない」という考え方を持っていて、要は極限まで追い込むことでしか到達できない領域があると考えているんです。新しい感性を開くには修行僧のように一度とてつもないところまで行かないといけないんじゃないかと思っていて。

阿闍梨(※)になる千日回峰行もそうですし、南米のある地方では「村のシャーマンの家系で、幼い頃から10年以上洞窟に入れられて、閉ざされ続けた感覚の中での強制的な長い瞑想の末、出てきたら超能力が身についている」みたいな風習があったりとか。世界は等価交換だと思うので、人間の限界を超えるような経験を積まないと特別な力は手に入らない。そう考えると、できるだけリスクを大きく取る方が大きいものが得られるという、シンプルな構造じゃないかなと。

※阿闍梨:仏教において、弟子を教え導く師匠や規範となるべき徳の高い僧侶の称号。

川﨑:僕も、もともとストイックに追い詰めていくタイプ。父親の教育もあったと思うけど、「とにかく死ぬ気でやれ」みたいな感じなので、寝ないでやるとか、そうやって自分を追い込んだ結果30代の半ばで体を壊してしまって。追い込んだ果てだからこそ行き着いたとも言えるけど、今は自然体でいることをどれだけ維持できるかが大事だと感じています。

「量が質になる」という話で言うと、毎日コツコツ絵を描くようになったんですよ。小さい頃に漫画家を目指してたので、再始動って感じで始めたのですが、それを毎日の子育てや仕事の合間にやり続けることが、自分にとっては一番プレーンに表現ができている感じがする。もともとは、それを音楽でやろうとしていたんですけどね。

粉川:どんなふうにやろうとしてたんですか?

川﨑:AIがこれだけ一般化する前に、ドラムの音をPCに取り込んで抽象画をアウトプットする「ドラムペインティング」っていうのをやろうとしていました。その後、テクノロジーに頼らずストレスなくスピーディーに描く方法を編み出して、1日で200枚ぐらい描けちゃうようになって、一時期は「これだ!」と熱中していました。でも、「ドラマーの川﨑昭が現代美術のアーティストになった」と見せたいような、どこか下心のあるブランディングをしてる自分に気づいて、これも違うなって。

最終的に行き着いたのが動物のドローイングでした。コロナ禍には公園にいるプードルとかを描いたりしていたんですけど、福岡市動植物園に行ってオランウータンを見た瞬間、雷に打たれたような衝撃を受けて。理屈抜きでなぜかわからないけど描きたくなり。没頭していたら本当に幸せな気持ちになって、それからは猿ばかりを描くようになりましたね。

川﨑:ちょっと精神論や仏教的な話に聞こえるかもしれないですけど、日常の中でそういう純粋に没頭できる心地いい状態をどれだけ維持するかが大切だと思うんです。それを頑張りすぎず、無理なく自然にやれるように物事をシンプルに整えていく。若い頃は自分を追い込み、鞭を打ってきたからこそ、人生半ばを過ぎて「それでいいんだな」って腑に落ちたんですよね。

すごくプレーンなところにこそ、自分の心地よさや煩悩を最小限に抑えられる何かがあるはずで。その場所やフォームができて、それを10〜20年繰り返すと量が質になる。それが外から見てアートと呼ばれるならそれでもいいし、誰にも見向きされなくたって全く問題ない。毎日描いて、部屋にお猿さんの巨大な絵がいっぱい並んでいるのを眺めてるだけで純粋に楽しいんですよね(笑)。

粉川:そういう心地よさで言うと、今ソロとは別に活動しているのがSHIN KOKAWA sublime band。トランペットの類家心平さん(るいけ しんぺい)とピアニストの魚返明未くん(おがえり あみ)とやっているんですけど、あのお二人とは一緒に思い通りのオランウータンの絵を描けてるなという感じがします(笑)。

川﨑:ビジネス的な話で言うと、どんなことを考えているんですか?

粉川:「生活基準を下げる」ということが僕の中で一番すっきりしていて。今の活動をちゃんと続けられる基盤がギリ保てれば、それ以上何も求めない方が気持ちよく進めそうだな、と今は考えていますね。

川﨑:僕も一時期、家賃28,000円のワンルームに住んでいました。固定費を下げれば、嫌な仕事をしなくて済むから。チベットの山奥みたいな、すごい急坂の頂上みたいなところでしたね。

粉川:僕も今、頂上に住んでいます。頂上って家賃安いんですよね(笑)。

川﨑:運動にもなるし健康的だしなと思ってそこに住んでいたけど、家族を持つ流れになったときに「下界」に降りてきました。でもそれは、家族ができたからしょうがなく妥協したとかじゃなくて。「頂上で固定費を節約していようが、下界に降りて固定費が増えようが、自分は何かを作り続けることはやめないな」という自信がついていたんです。

さっき言っていた猿の絵を描くことは、仕事が忙しくてもそうじゃなくてもできる。バンド活動もして家族もできてってなると、むしろポジティブに仕事は仕事でうまく対応できるようになったんです。音楽の仕事で外部案件を受けたときに、自分がステージに上がってなくても、間に入ってディレクションすることでめちゃめちゃ喜ばれることがあったり。自分がやりたいことだけをやっていた頃は、意外と自分が得意なことや社会から求められる役割に出会っていなかったなって。

粉川:そういった仕事でのストレスはないんですか?

川﨑:ないですね。自分のことばかり考えて、自分の表現を緻密にやってきた結果、外部案件での緻密な対応とか、人間関係を俯瞰することもできるようになった。だから、今の自分にできることは何でもチャレンジはしたい。本当は、できれば猿だけ描いてたいんだけど(笑)。

粉川:でもそこは家族とのバランスというか。

川﨑:そうそう。息子もいるし、これからも普通に暮らしていけるようにはしたい。でも、仮に億万長者になったら猿しか描かない生活をしてると思います(笑)。

時間だけ無限にあるのに、楽しくない

ー事前の打ち合わせで、お二人が「民藝思想」に共感しているとお伺いしました。

粉川:土着的で普遍的なもの。僕はずっと好きなジャンルです。「清貧」みたいな概念と親和性があるのもしっくりくるというか、手のぬくもりがちゃんとある物体みたいなものはずっと好きですね。

川﨑:僕はある時期、民藝思想の底流にある妙好人(※)的な境地を自分の生活で実践してみたくて、マンションのフローリングを修復するリペア業に飛び込んだんです。傷を修復して、人に喜ばれることに純粋な喜びを感じて、完全に取り憑かれていました。でもそう簡単にはうまくいかなくて。技術の壁もさることながら、一人親方としてやっていたので、駐車場代から材料費をどう工面するかといった、経営の現実を突きつけられました。妻からは「なんで音楽できるのにリペアやってんだ」ってずっと怒られていたり(笑)。その時期を経て、音楽の仕事を持続させていくための基盤として、今の会社を立ち上げることにつながったんです。

※妙好人:浄土真宗における、信仰心があつく教えを深く信じて熱心に守る人。

ー「株式会社RE-MiX arts」ですね。

川﨑:あのリペア業の時期を経たからこそ、経費や見積もりのシビアさも肌感覚で理解した上で、今は音楽の仕事と向き合えています。

それを経験して、民藝思想の根底にあるものって、「日々の生活をどうプレーンに整えていくか」ということなんじゃないかと。2000年代の頃は、毎日のように森美術館とかに通ってアートを浴びていたけど、自宅はゴミ屋敷みたいになって、水道を止められたりしていて。

いかに生活をプレーンに、快適にするかも含めて考えて、アートやビジネスを動かしていくことが重要だと思うんですよね。メディアや記事では表舞台ばかりが切り取られますけど、その裏側にあるスタッフとのやりとりやお金の管理もしっかり積み重ねていくことで、表現のクオリティも上がり、ビジネスとアートのバランスが取れるんじゃないかって。

粉川:僕は全ストレスを排除して、自分の好きなこと以外は一切しないと決めて過ごしてきたんですよ。で、7年経ったら、ちゃんと好きなことだけで生活が回るようになったんですけど、でも楽しくなかった。これをどうしたらいいのかなと悩みだしています。ドラムレッスンと音楽活動で、最低限の生活基準にしてしまえば全然回るから、今、時間だけは無限にあるんですよ。

粉川:「時間だけ無限にある」ってすごく贅沢なはずなのに、幸福度がもう一つ上がらない。これは何なのかなと。それこそ家庭を持つとか、ある程度の人間的な負荷がないと、うまく回らないようにできているのかなとか色々考えますね。

川﨑:確かに、適度な負荷や課題があるほうが物事が動くことってあるよね。自分は「これはうまくいかない」という壁にぶつかったときにこそ、「いや、そんなことはないはずだ」と第三の道を考えようとする癖があって。何かにぶつかったときに、「これで終わらせない経路をどう見つけるか」のスイッチが入る。

ー毎回何かにぶつかるたびに第三の道を探してきて、今の川﨑さんがあると。

川﨑:人間関係や組織、社会で何かの摩擦があったときに、「これはお互い理解できない」とはできるだけ考えたくないんですよね。生活や関係性の中で、なんとか第三の道を見出そうとすること。それこそ、妙好人で言う「生活の中にこそ悟りがある」みたいなことって、実はこういうことだったりして。

川﨑:「どうしたらいいんだろう?」と悩んでいる時点で、それって何かのヒントだと思うんです。だから粉川くんの「時間はあるけど、なんで満足できないんだろう?」という悩みはいい傾向ですよ。「?」が生まれているわけだから。それがなくなるとね、進化もないわけですから。

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