鍵盤奏者 / コンポーザーの和久井沙良が2026年2月に発表した6曲入りEP『utas(読み方:ウータス)』は、これまでインストゥルメンタル作品を軸に、ボーカル曲は客演を迎えて発表することが大半だった彼女にとって、初めて、自身のボーカルにフォーカスを当てた作品集となった。
ピアノ演奏とトラックメイクを混ぜ合わせ、自由で越境的な価値観をその身で体現する新時代のソングライター。あるいはAdoやTK from 凛として時雨といったアーティストのツアーに帯同する敏腕プレイヤー。はたまた、様々なCMやテレビ番組にも関わる音楽作家……これまでたくさんの表情を見せてきた和久井沙良だが、EP『utas』は、そんな和久井の新たな一面を私たちに伝えてくれる作品集だ。
和久井の人柄によって、とても穏やかに時間が流れていく取材だった。きっと「なにかを受け止めること」と「どこかに飛び込んで行くこと」はときに同じことで、オープンマインドな和久井沙良は、「受け止めながら、飛び込む」ということを続けながら、この数年間、自分の可能性を広げてきたのだろう。このインタビューを通して、そんな彼女の動き続ける心の柔らかな姿や、彼女の中で流れる時間の在りようを、少しでも感じ取ってもらえれば幸いだ。
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ピアノは思い通りに弾けるけど、歌が歌えない子ども時代の記憶
―新作EP『utas』は、和久井さんにとって初となる、ご自身の歌をメインにした楽曲が収められた作品集ですね。これまではボーカル曲と言っても客演を迎えられることが多かったですが、今回このような作品を作ろうと思ったのは何故だったんですか?
和久井:2ndアルバム『Into My System』を出したときに、その中の“Rust”という曲を自分のボーカルで録ったんです。それが自分で歌い始めた最初だったんですけど、その頃から自己満足で、トラックメイクもしつつ、自分のボーカル曲を作り貯めていた時期があって。そのとき、8、9曲くらいはデモができたんですけど、ライブで歌える自信がなかったので一旦それは置いておいて、3rdアルバム『The Little Cycle』は全然違う方向性で作ったんです。でも、ずっと寝かせていたデモたちを出さないのもモヤモヤすると思ったからEPとして今出した、という感じで。だから、自分の歌で曲を作り始めたのは割と前なんですよね。
―『utas』を出してからライブもされていますけど、ご自分で書いた歌詞をお客さんの前で、ご自分の声で歌うというのは、和久井さんにとってはどんな体験ですか?
和久井:歌なしの鍵盤だけで演奏するときは、力技というか、没入型という感じで、「ライブでやったことを後で全部覚えてない」みたいなプレイばっかりずっとやってきたんです。でも歌となると、自分と向き合わなきゃいけないし、忘れるほどの没入感を持っちゃうと歌詞も忘れちゃうので(笑)。自分で歌を歌うことで、冷静にライブをできるようになったとは思います。緊張しにくくなった気がしますね。
ピアノだけのときは緊張感があったんですけど、歌うときって呼吸しないといけないし、そのおかげか、自分のプレイに余白が生まれた気がします。

作曲家 / 鍵盤奏者。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業。3歳でクラシックピアノ、9歳で作曲を始め、大学在学中より本格的な音楽活動を開始。2022年にソロプロジェクトを本格始動し、同年シンガーのキャサリンとポップスユニット〈LioLan〉を結成。独自の世界観とアグレッシブなライブパフォーマンスで聴衆を魅了している。サポートミュージシャンとしても幅広く活躍し、Adoの世界ツアーや国立競技場公演、Tempalayの日本武道館公演などに参加。近年はCM音楽の制作や他アーティストへの楽曲提供・アレンジなど、ジャンルを超えて多岐にわたり活動中。
―曲を作るときの回路も、インストと歌ものでは全然違いますか?
和久井:違いますね。インストのときは自分のピアノでメロディやモチーフを作るんですけど、歌もののときはループものを使うことが多くて。なるべくジャズみたいにしないように、というか、丁寧に1個1個のセクションを作っている感覚があります。あと、歌ものの曲を作るときは、疲れたときとか、なにも考えずにDTMを開いてふわーっと鼻歌で歌ったりしたときに生まれやすいです。お風呂に入りながら鼻歌を歌っていて「あ、いいフレーズ!」と思ったら、バーッと打ち込んだり。なので、歌ものを作るときはリラックスしているときが多いんですよね。
―子どもの頃の和久井さんにとって、歌とはどんなものだったんですか?
和久井:子どもの頃、歌は苦手でした。ピアノは自分の思い通りに弾けるんです。でも、あるときピアノの先生から「そのメロディ、あなた歌っていないよ」「ピアノも歌心が大事だから、1度自分の声で歌ってみなさい」と言われて。そのとき、キュッと喉が絞まっちゃって全然声が出なかったんです。ピアノならできるのに、歌だと出したいピッチも思うように出せないし、か細い声でしか歌えない子どもでした。なので、このジャケットの頃の私は「なんで大人になって歌っているんだろう?」って、思っていると思います(笑)。
―ちなみにジャケットに使われている写真はいつ頃のものなんですか?
和久井:これはたぶん4歳か5歳くらいの、水疱瘡で発熱しているときの私の写真です(笑)。実家から送られてきた昔の写真の中にあったもので、特に狙いがあって選んだわけではないんですけど、ぼーっとしている自分の感じは表れているなと思って。この頃から変わらない自分もいるなと思って、このジャケットにしました。

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歌うことを通じて生まれた「やりすぎない美学」
―そういう時代もあった上で、どのような経験から、和久井さんは歌という表現に開かれていったのでしょうか?
和久井:たぶんですけど、サポート活動を始めて、ライブでコーラスをやることになったのは大きいと思います。TK from 凛として時雨さんのサポートを5年くらい前からやらせてもらっているんですけど、慣れてきた頃からコーラスもやることになり、その次はTKさんがヨルシカのsuisさんとコラボした曲のsuisさんパートを私がライブで歌うことになって。最初はめちゃくちゃ怖かったけど、「ここまで来たらやってみて、できなければやめればいいや」と思ったんです。
最初は上手く歌えなかったけど、ツアーを続けて、大きい会場で自分の声を聴いてもらう経験を積んでいくと、段々と「マイクの上で歌うってこういうことなんだ」と体感できるようになってきて。自分の声を「悪くない」と言ってくれる人もいるし、そんな経験を通して、自分の中の呪縛が解けた気はします。考え過ぎず、歌ってみるのもありかなって。

―その経験は、ピアノにも反映されるものですか?
和久井:ピアノの手数は減ったかな。自分のピアノが前よりうるさくなくなった気がします。全体のアンサンブルを俯瞰して見るようになったし、自ずと、聴く音楽も落ち着いたものに変わったし。プレイそのものより、音楽というものを大事にしたいなと思えるようになりました。
―もしも和久井さんが下の世代のピアニストたちに言葉を掛けるとしたら、和久井さんも先生のように歌心の大事さは伝えると思いますか?
和久井:ああ……伝えると思います。技術が高くて、手がたくさん動くピアニストは数多くいるけど、その中で胸がキュッとなるような「隙間」を持っている人に私も惹かれるし、そうなりたいなと思うので。私もまだまだなので偉そうなことは言えないですけど(笑)。
でも、やりすぎない美学みたいなものは、ちょっと年齢を重ねて感じるようになってきた気がしますね。私も今まではずっと「上手ければいいだろ!」とか、「絶対負けない!」とか、そういうふうに思いながらやってきたと思うんです。さっきは「ぼーっとしている」って言いましたけど、音楽に没頭しているときは、また違う自分がいるような気がしていて。
―少し前の自分を振り返ると、特にそう思いますか?
和久井:そうですね。特に20歳から24歳くらいの頃は「一つひとつの現場でちゃんと結果を残さないといけない」と思って必死でした。エネルギーはすごくあったけど、それが自分の体にとっては苦しいものになるときもあって。ライブをやっているときはアドレナリンが出ているけど、ライブが終わると心細くなったり、自分のことがよくわからない感じでしたね。でも、そういう闘争心は今はいらないなと思います。無駄だったとは思わないけど、あまり必要なかったかもしれない。やるときは勝手にやるし、「そんなに意識しないでいいんだ」って今は思います。
