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テイラー・スウィフト『The Tortured Poets Department』――セラピーとしての詩

2024.4.27

#MUSIC

2024年4月19日に発売されたテイラー・スウィフト(Taylor Swift)の新アルバム『The Tortured Poets Department』。

2024年2月に行われたグラミー賞にてアルバム『Midnights』で年間最優秀アルバム賞を受賞し、その受賞スピーチで発表されたのがこのアルバムだ。

アルバム配信2時間後の深夜2時には、『The Tortured Poets Department: THE ANTHOLOGY』というタイトルで15曲が増曲されたことでも話題を呼び、Spotifyでは収録曲”Fortnight”が配信初日で2520万再生を記録。1日での過去最高記録を更新した。

2023年3月からは世界ツアー『The Eras Tour』を開催。2024年12月までに150公演以上が予定されているが、2023年時点で興行収入が約10億4,000万ドル(1ドル150円換算で約1,560億円)に達し、10億ドルを超えた史上初のコンサートツアーとしてギネス記録に認定された。

そんな成功とは裏腹に、新アルバムは苦悩と鬱屈した感情で溢れている。

経験を受容するまでに通過する極端な思考の探究

テイラー・スウィフトの11枚目のスタジオアルバム『The Tortured Poets Department』には、「Fワード」や「Shit」「Bitch」のようなダーティーワードが前作までと比べ物にならないほど含まれている。

極端な考えや感情、精神の探索。今作のテイラースウィフトは極端な感情を見つめている。6年の月日を経て破局したイギリス人俳優ジョー・アルウィン(Joe Alwyn)との恋や、The 1975のマシュー・ヒーリー(Matthew Healy)との短かった蜜月からの経験を経て制作された同アルバムは、失恋後の傷が、時には皮肉的に、時には痛々しく強い言葉で描かれている。ただ、重要なのはそのゴシップと、それらを隠したイースターエッグのリリックではない気がする。この作品にあるのはテイラー・スウィフトという1人の人間が書いた詩であり、パーソナルなダイアリーのようなものだ。そこには、人間が持つ様々な感情やドロドロした部分が浮かび上がっている。個人的なものにこそ普遍性は宿る。

2020年にリリースされた2枚のアルバム『Folklore』や『Evermore』のようなキャラクターの追求やストーリーテリングから、原点であるパーソナルなロマンスへの回帰は、同作の特徴のひとつ。ただ、2022年の前作『Midnights』から感じられる通り、語彙や内容はティーンに向けたものというより、鬱屈したミレニアル世代の共感を引き出すようなものへと変化している。

例えばチョコレートを7枚食べるボーイフレンド、友人たちのファーストネーム、ウィードか赤ちゃんの匂いがする30代の友達、逃避行先のフロリダ。そういった個人的な経験や言葉が、アルバムに妙な人間味をもたらしている。

『The Tortured Poets Department』ジャケット

過去3作の間にあるサウンドと心情のリンク

サウンドは、1980年代のシンセポップスタイルやインディーロックな手触りが特徴。ライターとして名を連ねているのは主にはテイラー自身と『Folklore』『Evermore』でタッグを組んだアーロン・デスナー(Aaron Dessner)、そして2014年の5thアルバム『1989』から数多くの楽曲に携わり、『Midnights』ではほとんどの楽曲に関わっているジャック・アントノフ(Jack Antonoff)の3人である。そのため、サウンドは過去3作のアルバムのあわいのような聴き心地だ。

“Florida!!!”はアルバムの中でも数少ないビッグコーラスがあり、力強いドラムで予想外な展開を作り出している。客演には、イギリスのバンド、Florence + the Machineが参加し、新しいアイデンティティを求めたフロリダへの逃避行を痛々しく描いている。

I need to forget so, take me to Florida(忘れなくちゃ、だからフロリダへ連れてって)
I got some regrets, I’ll bury them in Florida(後悔はフロリダに埋めるつもり)
(中略)
What a crash, what a rush, fuck me up, Florida!(なんて衝撃で、なんて興奮、めちゃくちゃにして、フロリダ)
It’s one hell of a drug(最高に強烈なドラッグみたい)

“Florida!!!”

“So Long, London”は4つ打ちのダンサブルなビートだが、絶妙に盛り上がりきることなく終わりを迎える。それは、結局実を結ばなかった自身の恋愛の比喩ともとれる。<自分のユース時代を無償であげた>という歌詞は、ライフステージが上がった大人の失恋の悲痛さを感じさせる。

I stopped CPR, after all, it’s no use(心肺蘇生も結局無駄だったからやめた)
The spirit was gone, we would never come to(すでに息を引き取ってたの、私たちが元の関係に戻ることは二度とないし)
And I’m pissed off you let me give you all that youth for free(あなたには腹が立つ、ユースを無償であげたのに)
(中略)
So long, London(さよならロンドン)
Stitches undone(縫い目はほどけた)
Two graves, one gun(二つの墓と一つの銃)
You’ll find someone(あなたはきっと誰か他の人を見つけれるわ)

“So Long, London”

“I Can Fix Him (No Really I Can)”は初期のカントリー時代を感じさせる楽曲。問題がある「彼」を変えられると信じる自分。その自信を徐々に喪失する心情が、震えるスライドギターのサウンドとリンクする。

They shook their heads saying, “God help her”
When I told ‘em he’s my man
(私が彼を紹介すれば、周りは首を振りながら「神よ、彼女を救って」って言ってる)
But your good Lord doesn’t need to lift a finger(でも神様が何かする必要はない)
I can fix him (No, really, I can)(私が彼を変えられるから)
Woah, maybe I can’t(でも、もしかしたら、無理かも)

“I Can Fix Him (No Really I Can)”

自分は愚か者で、いつかテイラーの代わりは見つかる

”Fortnight”は、テイラー・スウィフトとポスト・マローン(Post Malone)のデュエット曲。2人の相性は素晴らしく、ポスト・マローンの控えめな歌唱が、かえって楽曲に哀愁をもたらしている。

And for a fortnight there, we were forever(たった2週間だったけれど、私たちは永遠みたいだった)
Run into you sometimes, ask about the weather(あなたと偶然会えば、天気の話とか、他愛ない世間話をしてた)
Now you’re in my backyard, turned into good neighbors(今ではあなたは私の人生の一部で、良い隣人って感じ)
Your wife waters flowers, I want to kill her(あなたの妻は花に水をやってる、彼女を殺したい)
(中略)
And I love you, it’s ruining my life(あなたを愛している。それが私の人生を台無しにする)
I touched you for only a fortnight(あなたに触れたのは、ほんの2週間だけだった)
But I touched you(でも、触れたの)

”Fortnight”

生き別れた2人の結婚生活と、元相手を忘れられない語り手の心情が描かれている同曲。テイラーはAmazon Musicでのアルバム解説にて「”Fortnight”は、このアルバム全体に流れる共通のテーマの多くを示す曲です」と話している。 「そのひとつが宿命論、つまり憧れ、執着、失われた夢です。生と死についての非常にドラマチックな歌詞がある点で、このアルバムは非常に運命論的だと思います。<あなたを愛している。それが私の人生を台無しにする>という歌詞は非常に大げさでドラマティックな言い方ですが、これはそんなアルバムです」。

https://www.youtube.com/watch?v=q3zqJs7JUCQ

アルバム表題曲“The Tortured Poets Department”では自分たちを偉大な詩人とくらべ、<私たちはモダンな愚か者(We’re modern idiots)>と形容する。歌詞に出てくるチェルシーホテル(Chelsea Hotel)とは、著名な詩人たちが数多く宿泊して作詞してきたニューヨークの伝統あるホテルだ。

https://www.youtube.com/watch?v=RQMz4JDbtmI

無声映画からトーキー映画への過渡期を生き抜いた女優クララ・ボウの名前を冠した“Clara Bow”では、女性アーティストと大人たちの関係を描いている。先人のアーティストを引き合いに出し「君には彼女にない才能がある」という大人たち。その循環は止まることはなく、いつかはテイラーの代わりが見つかることを、自らの名を歌詞に入れて第三者視点で語っている。

You look like Taylor Swift in this light(君はテイラー・スウィフトみたいだ)
In this light, we’re lovin’ it(この光の中、気に入ったよ)
You’ve got edge she never did(テイラーにはなかったエッジがある)
The future’s bright, Dazzling(君の未来は明るい、輝いている)

“Clara Bow”

https://www.youtube.com/watch?v=fcVUbmdQfaE

巨大なテイラー・スウィフト像と、本当の自分

テイラーは『Midnights』から取り繕うことを徐々にやめているように思う。リリックは深刻さを増し、吐露される内容は赤裸々だ。

”But Daddy I Love Him”はアルバムの中でもライブで合唱されるようなアンセム的楽曲。しかし歌っているのは監視の目を向ける周囲に対する非難だ。巨大なファンダムを抱え、様々な意見に晒され続けてきたテイラーならではの悩みを皮肉まじりに歌っている。

Now I’m running with my dress unbuttoned(ドレスのボタンが外れたまま走ってる)
Scrеaming, “But Daddy I love him!”(「でもパパ、私は彼を愛してるの」って叫ぶ)
I’m having his baby(彼の赤ちゃんを身籠ってるの)
No, I’m not, But you should see your faces(冗談だよ、でもそのひどい表情自分で見てみなよ)
(中略)
I’ll tell you something right now(今言っておくことがある)
I’d rather burn my whole life down(自分の人生なんて焼き払ったほうがマシ)
Than listen to one more second of all this bitching and moaning(これ以上ごちゃごちゃ言われるくらいなら)

”But Daddy I Love Him”

https://www.youtube.com/watch?v=U2W173hRfyA

13曲目”I Can Do It With a Broken Heart”で描かれているのは、2023年に始まった『The Eras Tour』の時の心情だろう。

They said, “Babe, you gotta fake it til you make it”(成功するまで偽ってごまかせばいいって言われて)
And I did(そうした)
Lights, camera, bitch smile(ライト、カメラ、ビッチ、笑顔)
Even when you want to die(死にそうな時でもね)
(中略)
I’m so depressed, I act like it’s my birthday(もう憂鬱なの、毎日誕生日みたいに振る舞うのは)
Every day(毎日)

彼女はこのツアーで10億ドルを売り上げ文字通りのビリオネアとなった。世界中がテイラーを見ている。彼女の現ボーイフレンドであるトラビス・ケルシー(Travis Kelce)が出場するアメフトの試合には彼女の熱心なファン=スウィフティたちが駆けつけ「テイラー・スウィフトの彼氏頑張れ」とボードを掲げるらしい。アメリカは今彼女の発言で政権が傾くとさえ言われる。彼女が持っているものはあまりに巨大だ。それにテイラーは疲れ果てている。この楽曲のエナジーは、死にたいと思いながらステージでスポットライトを浴びるテイラーが取り繕う空元気のように感じる。

https://www.youtube.com/watch?v=i8_w_m6HLJ0

30代という年齢というのもひとつのテーマになっているように思う。誰にでもある、社会から求められる年齢像と本当の自分との齟齬や溝。フレンチコーヒーを飲む大人を思い描いていたはずが、子供用シリアルしか食べられない(”The Manuscript”)。早熟なのは、成長してないということ(”But Daddy I Love Him”)。世界中が注目するポップスターは蜘蛛の巣が張った家のベッドルームで1人打ちひしがれている(”Who’s Afraid of Little Old Me? “)。テイラーは、ヒットを生み出す機械ではなく、1人の人間だ。

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