NiEWでは小原晩との交換日記『窓辺に頬杖つきながら』の連載でもおなじみのシンガーソングライター、みらん。筆者が初めて出会ったのは、EP『モモイロペリカンと遊んだ日』(2021年)をリリースするタイミングでの取材だった。彼女にとっては初めてのインタビューだったそう。ソングライティングやアレンジを始め、まだ未成熟な部分はあったものの、すでに堂々とした歌いっぷりと、人前で自分の表現をすることや人と関わること自体に強く喜びを見出しているところに、他のシンガーソングライターとは少し違う魅力を感じていた。端的に言うならば「ちゃんと主人公を引き受けられる人」だと思ったのだ。
そこから2年。みらんの活動はものすごいスピードで拡大している。曽我部恵一(サニーデイ・サービス)プロデュースの“低い飛行機”は映画『愛なのに』主題歌にもなり、『Ducky』でアルバムデビュー。以降も途切れることなくシングルをリリースしながら、演技初挑戦となった映画『違う惑星の変な恋人』ではレッドカーペットを歩くことにも。またこれまで関西拠点の活動だったが、今年上京もしたそうだ。
そんな中で完成を迎えたニューアルバム『WATASHIBOSHI』には、彼女のぐいぐい成長を続ける過程が見事に刻まれている。スタッフやバンドメンバーら、仲間の支えも受けながら音楽活動に邁進してきたみらんに、昨年以降の活動と本作の手ごたえについて聞いた。2時間半にわたるロングインタビューだったが、「もっとかっこよくなりたい」と語る彼女はやっぱり主人公の器に相応しい人なのだ。
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このスケジュールを当たり前にこなさないと、次には行けないと思っていたので「やります!」って感じで。
―昨年3月に発表した前作アルバム『Ducky』から新作『WATASHIBOSHI』に至るまで、ライブやシングルリリースにハイペースで動き続けていた印象ですが、ご自身の体感はいかがでしたか?
みらん:『Ducky』もかなり頑張って完成させたアルバムだったんですけど、一瞬で過ぎ去っていきましたね。3月にリリースして、4月に東京と大阪でレコ発ライブをやったらすぐに次に取り掛かって、9月にはシングル“夏の僕にも”を出していますし。
―この勢いのまま、止まらずいったれいったれと。
みらん:今回のアルバム完成まではスケジュールを立てていたので、とにかくここまでやり切ろうとしていましたね。

1999年生まれのシンガーソングライター。包容力のある歌声と可憐さと鋭さが共存したソングライティングが魅力。2020年に宅録で制作した1stアルバム『帆風』のリリース、その後多数作品をリリースする中、2022年に、曽我部恵一プロデュースのもと 監督:城定秀夫×脚本:今泉力哉、映画『愛なのに』の主題歌を制作し、2ndアルバム『Ducky』をリリース。その後、久米雄介(Special Favorite Music)をプロデューサーに迎え入れ「夏の僕にも」「レモンの木」「好きなように」を配信リリース、フジテレビ「Love music」でも取り上げられ、カルチャーメディアNiEWにて作家・小原晩と交換日記「窓辺に頬杖つきながら」を連載するなど更なる注目を集める中、新曲「天使のキス」を配信/7inchにてリリースした。2023年12月13日には新作アルバム『WATASHIBOSHI』をリリースする。
―その忙しい中でモチベーションとしてはどうでしたか?
みらん:去年の9~10月くらいが一番忙しかった記憶があります。バイトもしながら、レコーディングもスタジオ練習もしたし、ライブもいっぱいあって、名古屋にも遠征している。でもどうにかなるだろうとは思っているんですよ。このスケジュールを当たり前にこなさないと、次には行けないと思っていたので「やります!」って感じで。強くなりましたね。
―『WATASHIBOSHI』のプロデュースを務めたSpecial Favorite Music(以下、SFM)の久米雄介さんとのタッグが始まったのが、さきほど話に出た“夏の僕にも”(2022年9月発表)からですね。
みらん:『Ducky』は定期的にスタジオに入ってセッションしながら作った作品で、やけっぱちながらもなんとか面白いものができたんですが、次またアルバムに向かうとなったら「これは私が全責任を背負って仕切るのは無理だ……!」と思いまして。他の方の力を借りることにしたんです。久米さんがプロデュースやCMの仕事もたくさんされているのは知っていたので、お願いしたいなと思って、『Ducky』のミックスをしてくれた荻野真也さんに紹介してもらいました。

―そこからアルバムに向けた久米さんとの作業が始まっていったと。
みらん:いや、最初は“夏の僕にも”だけの予定でした。当時久米さんも大阪在住だったので、自宅におじゃまして話しながらアレンジを進めていったら楽しくて。これはアルバム全部お願いしたいと思ったんです。
―“夏の僕にも”ではどんなやり取りをされましたか?
みらん:私からは、アコギ弾き語りの要素をちゃんと残しておきたいというのと、キメとなるポイントをいっぱい入れてライブでも映えるようにしたいとお伝えして。そこから久米さんがバンドアレンジを考えてくれたんですけど、ドラム、ギター、ベース、全ていいバランスでまとめてくれたので「これが『Ducky』の時にはできなかったことだ……」と感動しちゃって。“ドラゴンと出会う”もすでにあったので、おまけのようにその勢いでアレンジと録音までサクッと仕上がりました。
―この2曲から始まって、アルバムに向けてどのようにレコーディングを進めていったんですか?
みらん:アルバムまでにシングルもいくつか出そうとしていたので、2022年の10月に2回目、そして2023年3月に東京で3回目と分けて録音しました。2回目くらいの時期は東京に来るたびまだワクワク感がありましたね。上京も全然考えていなかったんですけど、サポートしてくれている人がどんどん東京に引っ越していくんですよ。久米さんも、猫戦の澤井悠人くん(Ba)も。やっぱり東京に引っ越した方がいいのかなぁと、この頃から考えるようになりました。


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まさか私が『東京国際映画祭』でレッドカーペットを歩くことになるとは……
―10月のレコーディング2回目は何を録ったんですか?
みらん:“恋をして”、“もっとふたり”、“好きなように”、“レモンの木”。4曲ですね。ここで映画『違う惑星の変な恋人』の話をいただいたので、主題歌の“恋をして”と挿入歌の“もっとふたり”を完成させることはマストでした。
―映画主題歌の“恋をして”はどのように作りましたか?
みらん:監督の木村聡志さんとお話させていただいたり、脚本を読みながら書きました。監督からは「自由に作ってください」とは言われたんですけど、物語から外れすぎないように汲み取っています。大変なことは色々あるけど、今は楽しいっていう映画でしたし、2番に出てくる<指差して責められるほど間違ったことはしていない>とかは特定のシーンそのもの。
―Cメロからラストサビ、アウトロの流れには各パートの見せ場もあるし、全体的に煌びやかなアレンジですね。
みらん:広く受け入れられるポップなものでありつつ、トレンディドラマのように人と人が交差するイメージがありました。久米さんに伝えた参考音源のリストが携帯に残ってますね。大瀧詠一“君は天然色”、大橋トリオ“めくるめく僕らの出会い”、猫戦“サテライト”、Rei“Smlile! with 藤原さくら”……なるほどなるほど。
―またこの映画には出演もされましたね。演技は初でしたが、どんな経験になりましたか?
みらん:まさか私が『東京国際映画祭』でレッドカーペットを歩くことになるとは……さすがに想像もつきませんでした。でも自分主体でやっている音楽とは違って、自分が満足できるかではなくて、監督にOKを出してもらえるには、どう振舞うかという経験は面白かったです。何度かテイクを重ねていく中で、どういう理想を求めているのかわかっていくんですよね。人の作品に携わることの楽しさを知った感覚。
―ミュージシャンのナカヤマシューコ役をすごく自然に演じられていましたが、普段のみらんさんの性格とは全然違うキャラクターでしたね。
みらん:私はシューコほどズバズバものを言える人ではないので、自分の中にない言葉を言ってみるのは気持ちよかったし、面白かった。
―出演シーンの最後に言い捨てたあの関西弁のセリフ、最高です。
みらん:あそこですね(笑)。私からは絶対出てこない切り返し。自分のプライドを強く持っている人なんだと思います。でもついつい人を好きになってしまう可愛さもある。

―みらんさんも関西人ですけど、シューコほどコテコテではないですよね。
みらん:だから難しかったんですよ。関西弁ってトーンが下がっちゃうから声も小さくなるし、かなり練習しました。今後も演技はめちゃめちゃやりたいんですけど、できれば次は標準語の役もやってみたい。
―作中ではライブ会場で“もっとふたり”を歌うシーンもありました。
みらん:活動を始めた初期からあった曲で、ちょっと湿り気がある感じがシューコに合うんじゃないかと思って引っ張り出してきました。
―実際のレコーディングではガットギターでベルマインツの盆丸一生さんが参加していますね。
みらん:“もっとふたり”と“レモンの木”でガットギターを使いたかったんですが、自分はチープなやつしか持ってなくて。盆丸くんが持っていると聞きつけたので貸してもらおうと。レコーディングしているスタジオまで持ってきてもらったんですけど、久米さんが「自分のギターだから盆丸が弾いた方がいいんじゃない?」と無茶ぶりして(笑)。そしたら盆丸くんも乗ってきて間奏のフレーズも考えてくれたり、面白い録音になりましたね。

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歌と詞を一番表現できるのは弾き語りだなって思う。
―そして“レモンの木”はみらんさんによるギターと安田つぐみさんのバイオリンだけ。アルバムの中でも異彩を放っている曲です。
みらん:こっちは盆丸さんのガットギターを拝借しまして、私が弾きました。弾き語りで作った時からこれで十分だと思っていたので、バンドではなくギター弾き語りと寄り添うバイオリンだけがいいなと。久米さんが安田さんに弾いてもらうための譜面をきっちり書いていて、改めてすごいなと思った記憶があります。
―みらんさんのライブは基本弾き語りで、たまにバンドセットもやっていますが、向き合う気持ちは違いますか?
みらん:バンドは正直まだ掴めてなくて、とにかくみらんというシンガーソングライターがここにいるぞという気持ちを奮い立たせて必死に演奏している感覚です。メンバーのみなさんのレベルもどんどん上がっているので、私が足を引っ張らないようにしないとって気持ちの方が強い。でも弾き語りはもう6年くらいずっとやってきていることだし、どう魅せればいいかわかってきた気がします。歌と詞を一番表現できるのは弾き語りだなって思う。

―弾き語りに自信がついてきたのはいつ頃から?
みらん:でも本当にここ最近です。去年12月に下北沢440でやった弾き語りワンマンなんて、色々考え過ぎてMCで喋ることまで一言一句紙に書いていたんですよ。
―それはなんかしんどそうですね……。
みらん:ですよね(笑)。この時期、映画撮影が始まったからしばらく東京のホテルにいて。アルバムもずっと作っているし、ちゃんとしなきゃってずっと気が張っていたんです。ホテルに籠っていてもよくないから近くのスタジオを押さえて、一人でワンマンのことを考えながら練習していたんですけど、この流れでいこう、ここでこれを言おうとか全部固めちゃった。お客さんには本当に申し訳ないですけど、あんまりいい手ごたえではなかったなぁ。だから弾き語りはその日の気分で歌いたい曲を歌うのが一番いい。自然体でやろうと気づけたのがこの時ですね。
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素直でいることの大事さ、自分が女性として生きている意味を考えるようになった。
―ここまでで6曲が揃いました。そして最後のレコーディングをしたのが今年3月と。
みらん:そうですね。この時期になるとどういう方向性のアルバムにするかも見えてきたので、残りを仕上げていきました。今まで基本関西で作業していましたが、みんな東京に集結して、ドラムには新たに岡田優佑くん(BROTHER SUN SISTER MOON)を迎えます。

―レコーディングしたのは“与えられる夜”、“私のハート”、“海になる”、“天使のキス”の4曲ですね。その見えてきたアルバムの方向性って?
みらん:『Ducky』は私の気持ちよりも「君」を主人公として歌っていた曲が多かったと思います。自分の気持ちを歌うと暗くなっちゃいがちだったから、明るい方に振り切りたくて。
―2年前にインタビューした時も、『帆風』(2020年)について20歳前後の微妙に葛藤している自分が出ていて暗いと仰っていましたね。
みらん:そうそう。でも“恋をして”ができた頃から、私自身のことも大事に歌いたいし、経験を積んだ今なら暗くならない曲を作れるんじゃないかという自信が沸いてきたんですね。今回タイトルを『WATASHIBOSHI』にしたことも繋がっているんですけど、私が夜空や星空に色んな想いを馳せているような作品にしようと思いました。だから今まで歌詞の一人称は「僕」が多かったんですけど、“私のハート”と“天使のキス”では意識的に「私」と歌っています。
―特に“私のハート”の歌詞は晴れやかでたくましさすら感じますね。<大人っぽいねと言われるまでに成長 私のハートは固くなった 明日になっても変わらずいたい>の部分は特に。
みらん:そうですね、強い曲ができた感覚はあります。この4曲はどれもバンドで映える曲だったし、この最後のレコーディングが楽しかったから、私が東京にいけばこのバンドメンバーでライブもやっていけるなと思えて、上京を決められたんです。人間関係を構築しながら進めたアルバム制作だったけど、みなさんのおかげで今できる120%が出せた感じがします。今回バンドですごく満足できるものができたので、次は宅録で作りたいな。
―チャレンジした1年だったと思いますが、積極的に動いて、新しい仲間と出会ったことで、また新しい景色が見えてきましたね。
みらん:音楽以外でも、今NiEWで交換日記の連載を一緒にしている小原晩ちゃんと仲良くなったのが大きかった。彼女と色んな話をする内に、素直でいることの大事さ、自分が女性として生きている意味を考えるようになって、“私のハート”では実際晩ちゃんのことを思い浮かべながら詞を書いていました。晩ちゃんと出会えたことは去年の中でも一番くらいに嬉しかったことです。

―そうやって自身を肯定できるようになったのは、大きな変化ですよね。その理由を、もう少しお伺いしたいです。
みらん:自分に出来るか出来ないか分からないことがほんとにたくさんあって、それでもやってみて、出来なかったことっていうのは無くって。もちろん全部満足いく形になってるわけでないし、たくさんの人に助けられてるおかげさまなわけですが、出来たことは出来たこととして、大きく自分を褒める。それの繰り返しで積み重ねてきたものが紛れもない事実として残って、今はそれで自分を鼓舞することができています。でもいつもほんとギリッギリです。折れてしまいそうなときはあらゆる友達に連絡します。そしたらみんな同じギリギリ具合で笑っちゃう。やるしかないかあって言い合って、今はなんとかやれてます。
―小原さんとの連載にも、その感覚がよく現れていますね。そもそも小原さんと仲良くなったきっかけは?
みらん:当時の自宅の近くの本屋さんに行ったら、たまたま晩ちゃんのエッセイ集『これが生活なのかしらん』の出版記念サイン会をやっていたんです。せっかくだからサインをもらって買って読んだらめっちゃよくて。この人と仲良くなりたいと思ったから、SNSで連絡したら意気投合して、そこからご飯に行くことになりました。晩ちゃんと出会えたことは去年の中でも一番くらいに嬉しかったことです。
―すごい巡り合わせですね。小原さんのどういうところに刺激を受けたんですか?
みらん:自分の好きなことでお金を稼ぐことについてしっかりとした考えを持っていて、生き方がかっこいいんですよね。ものづくりをする人間として、たくましく生きていかないとって私も思っているし、そんな話を真っすぐできる人が現れたことが本当に嬉しくて。
―上京してからは小原さん以外でも、kiss the gamblerのかなふぁんさんや、むらかみなぎささんといるところをInstagramでよく拝見します。同じシンガーソングライターの頼れる友人っていいですね。
みらん:寂しくなったら会いに行ける心強い存在です。二人と仲良くなったのもここ1年くらいですけど、晩ちゃんと同じくらい感謝。
でも音楽への向き合い方はそれぞれ結構分かれているなとも思っていて。私は多くの人に楽しんでもらえるようにちゃんと売れたいと思っているけど、なぎさちゃんは日々の生活の中で音楽を大事にしている感じがする。かなふぁんはとにかく面白い音楽をしていたい! という感じ。年齢もちょっとずつ違って、私は一番下なので甘えさせてもらいながら刺激を受けています。
