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「理解できない存在を認めた上で話し合うということは、個人間だけではなくて、国同士の戦争などに置き換えても大切なのではないかと思います」
─本作を通じて考えさせられたのは、人と人はわかり合えないことが大前提にありながら、それでもわかり合いたいと願う、その「それでも」の部分に悩むということ。劇中にも「人をわかるってどういうこと?」という台詞がありますが、その問いに対する監督の意見をお伺いしたいです。
今泉:僕も同じで、他人のことを完全に理解することは難しい。さらに言えば、自分のことさえわからないと思っています。対峙する人によって、尊敬されることもあれば軽く見られることもあって、「私」を定義できない。自分でさえ理解できていないのに、他人なんてわからないのは当然です。
その上でこの作品は「それでも」の部分をたくさん考えた映画だったのかもしれないと、今の感想を聞いて思いました。どのやりとりも些細だけれど「相手を知ろうとする態度」を描いているので。
─理解できない他人の行動に対して、監督はどう思われますか?
今泉:自分の考えと全く異なる言動でも、「それは違う」と真っ向から否定するのではなくて、「そういう考えもあるんだな」と一度受け止めるタイプですね。受け止めたい。何でもかんでも肯定するわけではないんですよ、受け止めた上で話し合う。
そうした「理解できない存在を認めた上で話し合う」ということは、個人間だけではなくて、国同士の戦争などに置き換えても文化の違う2つの地域などにおいても大切なのではないかと思います。

─かなえと悟のように、「家族」はとくに理解が難しく、本音を話せないと思いました。「いつも本音でぶつかっていたら一緒に暮らせないよ」というのが持論です。
今泉:その意見はわかりますけどね(笑)。家族で大事なことは、縛らないことなのかなと思います。僕自身、親から縛られた記憶がなくて、それはすごく感謝しています。
家族だろうと、好きなものも考えも違う。例えば、うちの子どもがずっとYouTubeを見ているのが親としては心配なんですよ。口が悪いYouTuberとか、ほんと見ないでほしい(笑)。でも、人それぞれ好きなものは違うので、最低限の約束だけ守ってもらえれば、制限しないようにしています。
どんなことからも、何かしら学べることが絶対にあると思うんですよね。僕らのときのファミコンみたいなものですよね。「ずっとやってるとバカになる」ってすごく言われた。同じことです。なので、自分はおもしろいと思わなくても、彼らが楽しんでいるものを安易に否定しないようにしています。
─進路など、大きな選択を前にしたときも同じことを思いますか?
今泉:進路だったり恋人だったり、親が子どもの意思を無視して決めたり導いたりしてはいけないと思います。もちろん大切な存在ゆえに導きたくなるのだと思うし、育てる責任はあるのですが、自分が思う「いい人生」が彼らにとってのいい人生かは別問題。子どもが相手でも、意見を聞く姿勢は欠かしたくないです。
妻とも対等な立場なので、お互いに意見を言い合います。
─妻に本音を伝えることは、怖くならないですか?
今泉:むしろ唯一本音を話せる相手なので怖くないです。ただ喧嘩はしょっちゅうしています。しょうがないですね(笑)。最近も想いがうまく相手に伝わらなくて、頭を抱えました。
─どんな話題で意見がずれることがありますか?
今泉:僕自身、創作に関すること以外ほぼこだわりがないので、日常生活における意見のずれはあまりないんですけどね。……覚えているのは、結婚したての頃、「夕飯いるの?」って毎日聞かれるのがめちゃくちゃ嫌でした。
1人暮らしのときの自由さに慣れきっていた状態から、同棲などもせず結婚と同時に一緒に住み始めたので、「昼の時点で夜の予定はわからないよ」と思ってしまって。相手は良かれと思って聞いてくれるんですけど、それはキツかったですね。

─どちらの意見もわかるので、難しいですね。
今泉:僕も贅沢な発言だとわかっているんですよ。「束縛」というほど窮屈なことでもないのに、自分の生活がすごく縛られた感じがしてしまいました。
─ご両親に縛られなかったとおっしゃっていましたが、放置ほど突き放した関係性ではなかったのかなと想像します。互いの信頼関係はどう育まれたのですか?
今泉:厳しいところもありましたけど、僕の意見を尊重してくれた。たとえば将来映画の仕事に就きたいと話したときもすごく理解があって、反対されませんでした。
後々になってわかったのですが、父親は物書きになりたかったのに、親から反対されたようなんです。父親の本棚には小説やシナリオの書き方にまつわる本がたくさん並んでいて、きっと本気でなりたかったんだと思います。でも、「田舎の長男がやることじゃない」と祖父から認めてもらえなかったようで。そうした経験を反面教師にしていたのか、僕のことはすごく応援してくれました。