『あまちゃん』(2013年)そして『いだてん〜東京オリムピック噺』(2019年)という2010年代の連続ドラマを代表する傑作を手がけた脚本家・宮藤官九郎と音楽家・大友良英。その2人が久方ぶりにタッグを組むのが、ディズニープラスで8月9日から配信される連続ドラマ『季節のない街』だ。
戦後日本を代表する黒澤明の映画『どですかでん』(1970年)の原作でもある人間の悲喜こもごもを描いた山本周五郎の小説を原作として制作された本作は、劇中で「ナニ」と呼ばれる大災害から12年後の仮設住宅の街に舞台を再設定し、貧しさと混乱のなかでもたくましく、楽しく生きようとする人々の暮らしを描いている。
宮藤曰く「がちゃがちゃ」した感じを体現する大友の劇伴は、人と街の混沌としたエネルギーを多彩に彩る。作品が作られるなかで、音楽と映像はどのように共鳴するのか。そこに込められた思いとはなんなのか? 2人の対談のなかから、その秘密を解き明かす。
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黒澤明作品『どですかでん』に惹かれた2人。その魅力は「異質さ」
―『季節のない街』は、構想30年の念願の企画と聞きました。
宮藤:最初の出会いは20歳ぐらいのときに観た黒澤明監督の『どですかでん』でした。黒澤作品でも明らかに異質で、一番惹かれました。そこからさかのぼって山本周五郎の原作小説を読み、映画と小説に何度も触れるうちに「いつかこの物語を、違う形でリメイクしたい」と思うようになっていったんです。と言っても、当時は映画監督やディレクターが飲み屋でよくやってる「俺がリメイクするならこういう内容で、この人に演じてもらって……」っていう妄想キャスティングの域を出るものではなかったんですけどね(笑)。
その後、『いだてん』が終わって、じゃあ次に何をやろうかという話になったときに、もしも自分発の企画ができるなら「じつは一番やりたいのはこれなんです」と提案しました。
ー脚本・監督だけでなく企画の主体も宮藤さんなんですよね。
宮藤:「企画」として名前がクレジットされるのはこれが初めてですね。
ーすると、俳優だけでなくスタッフの選択にも宮藤さんの意思が反映しているわけで、大友さんに声をかけたのも宮藤さん本人から?
宮藤:はい。このストーリーを考えていたときに、大友さんの劇伴が絶対合うだろうと思いました。共同監督を務めた横浜聡子さん、渡辺直樹さん(渡辺は監督補も兼任)も僕の提案に同意してくれました。
大友:これまでは宮藤さんと僕のあいだにディレクターさんが入って仕事を進めてきたので、直接、音楽の話ができるのが嬉しかったです。
それと僕、大好きな映画を5本挙げろと言われたら絶対リストに入れるぐらい『どですかでん』が好きなんです。武満(徹)さんの劇伴にいたっては、映画音楽で一番好きかもしれない。テーマ曲を自分でカバーしたこともあるぐらい。だからこの話が宮藤さんからあったときは「キタ!」って思いました(笑)。
ー『どですかでん』の劇伴って、ほんわかというか優しい曲調ですよね。
大友:たしかに武満さんにしては比較的優しい。でもよく聴くと、けっこう変なんです。『怪談』(1965年、小林正樹監督)のように明らかに変な武満さんの仕事がすごく好きなんですが、『どですかでん』でも、その「変」さがにじみ出ていて。そこが好きなんです。
宮藤:六ちゃんが走る冒頭のシーンの劇伴の録音に立ち合わせてもらったんです。
ー六ちゃん、彼にしか見えない電車を運転している青年ですね。濱田岳さんが演じています。
宮藤:走る六ちゃんの画に合わせながら、バンドのみなさんが演奏しているのを見て「『どですかでん』のときも同じ方法で収録を行ったんじゃないか?」と思いました。
電車が少しずつ軌道に乗って、スピードが上がっていく映像とシンクロするように、音楽のテンポも少しずつ上げているんですが、あれは役者の芝居に音を合わせないとできないんじゃないかと。
大友:事実確認をしたわけじゃないですが、あのシーンは間違いなく画合わせでないとできない。武満さんの記録を見ると『どですかでん』は撮影より後に作曲をしていたようなので、そのプロセスも取り入れたかったんです。現在の打ち込みで作った音楽は、そういう即興的な合わせが一番苦手ですからね。だからこそ、今回は打ち込みではできないことをやろうと思ったんです。
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どう『どですかでん』から離れられるか。宮藤と大友の戦い
ー宮藤さんから音楽に対するイメージの発注は前もってあったんですか?
大友:最初に強く言われたのは「黒澤さんみたいな音楽じゃないこと」でした。
宮藤:どうしたって頭のなかで映画のテーマ曲が流れちゃうじゃないですか。音楽だけじゃなくて、作劇にしても画作りにしても、まずは元の映画から離れなきゃいけない。どうやって『どですかでん』から距離を置きましょうかって話を最初にしましたよね。
大友:宮藤さんは、ほんわかじゃなくて、土着的ながちゃがちゃした感じの音楽にしたいとも言ってました。かといって『あまちゃん』や『いだてん』からも離れないといけないねと。
宮藤:そのあとのやり取りも面白かったです。六ちゃんが走るシーンの曲、最初に演奏したのが新宿ピットインでの大友さんのライブだったんです。
大友:六ちゃんが走るシーンの曲だけ先に作って。ちょうどライブがあったんで、ビッグバンドのみんなにはこれが何の曲であるかも明かさずに演奏してもらいました。そこでレコーディングしたものを、宮藤さんから送っていただいた映像に合わせて。そこからさらに録音物を編集していきました。
宮藤:その時点で「まさしくイメージ通り!」の仕上がりでした。ロケハンや打ち合わせで、横浜さんや直樹さんとも音楽のイメージを共有しながら慎重に進めていましたけど、大友さんから届いた1曲目を聴いて「もうおまかせします」というモードに。撮影も本格的に始まっていたタイミングで、一番いいかたちで届けてもらって嬉しかったです。
ー映像と音楽で、セッションするようなプロセスで作られていったんですね。
宮藤:そうなんです。でもライブで演奏した曲が、あんなにうまく映像に合わせて決まるものなんですか? 不思議です。
大友:ライブでは10分ぐらい演奏したんですが、どんなシーンにも合うようにゆっくりしたテンポから速めのテンポまで、いろんなパターンを1曲のなかに入れてあるんです。だから映像に合うテンポの部分を取り出せる。
宮藤:なるほど!
大友:ライブでは六ちゃんみたいな気持ちで指揮してましたよ。
宮藤:余談なんですけど、六ちゃんのシーンのためにめちゃくちゃいろんな踏切をロケハンしたんです。それで最終的にあの踏切を選んだんですけど、決定打になったのが、その場にたまたまいた鉄道好きの男の子。
お母さんと一緒に見に来ていて、スマホで運行ダイヤを確認しながら、「次はこっちから電車が来るよ」「その次はこっちだよ」ってずっとやっていたんです。映像では使ってないんですけど、踏切の上にも高架があって、そこも別の電車が走っている。電車好きにはたまらない場所なんですよ。実際に電車好きから愛されている場所なら、もうこの場所で撮るしかないなと思いました。