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多様性をめぐる対話
複数のアイデンティティとその揺らぎをテーマとしているのは、同じくA24製作の『ムーンライト』(2016年)も想起させる。居場所をなくしかけた仲間を繋ぎ止めるかのごとくフレンチが抱擁する場面は、まさに同作のダイナーのシーンを彷彿とさせるものだ。また、主体性の変化のきっかけとして水が関係している点を含め、耽美的かつ残酷な水中訓練のショットも、『ムーンライト』と結びつけたくなる。その一方で、同作とは違い、前述の母親との対話のシーンなど、異なる背景を持つ人々の対話、葛藤をぶつけ合う直接的な台詞が強調されているのも印象的だ。

本作の音楽を担当したインディーロックバンド、Animal Collectiveの楽曲も、複合的なアイデンティティを持つ人々と、その変化に寄り添うような内容だ。ブラットン監督によれば、楽曲は「新しい『宗教』を探し求めるというコンセプトに基づいている」と言う。劇中、スピリチュアルな曲がいくつか聴こえてくるものの、それらは洋の東西を感じさせず、登場人物たちの多様性を反映しているかのようだ。
過酷かつ差別的な訓練のなかで、居場所のない人たちが諦めずに生きようとする姿に胸を打たれる。そして、フレンチは、自分らしくあることを否定する人々や場と向き合い続ける。『インスペクション』を通じて、我々は、複雑なアイデンティティと多様性をめぐる対話へと誘われるだろう。
『インスペクション ここで生きる』
監督・脚本:エレガンス・ブラットン
出演:ジェレミー・ポープ、ガブリエル・ユニオン、ラウル・カスティーヨ、マコール・ロンバルディ、アーロン・ドミンゲス、ボキーム・ウッドバイン
配給:ハピネットファントム・スタジオ
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TOHOシネマズ シャンテ、新宿武蔵野館ほか全国公開中
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