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その選曲が、映画をつくる

『ドリーミン・ワイルド 名もなき家族のうた』 音楽が心打つ、実話を元にした劇映画

2025.1.29

#MOVIE

奇跡的なアルバムはいかにして生まれたか

アルバム『Dreamin’ Wild』は、何よりも兄弟の才能と努力によって実現した作品であることは間違いないが、本作『ドリーミン・ワイルド 名もなき家族のうた』の中には、このような奇跡的な作品が生まれる下地となったであろう様々な環境や種々の要素が、随所に描かれている。

もっとも驚くべきは、当時の彼らの家にステレオ装置の類は一切なく、つまりはレコードも1枚たりとも買ったことがなく、音楽を聴くと言えば農作業用のトラクターに付属しているラジオを通じてのみだった、という描写だ(勿論、フィクションではなく事実だ)。

さらに、フルーツランドという町の環境にも注目したい。1970年代当時、右を見ても左を見てもひたすらに広大な自然が広がる同地は、控えめに言って「文化の孤島」と表現すべき場所だったそうだ(本作の原案となったスティーブン・クルツのエッセイ記事「Fruitland, Washington」によると、取材時の2010年代においてすら似た環境のままだったという)。当然ながら、町の人々は都市部のエンタテインメント産業とは何らのつながりもないし、時のメディア産業が躍起になって作り出す浅薄な流行ともほぼ無縁だった。楽しみと言えば、自分たちだけで音楽を奏で、作ること。そして、たまに催されるダンスパーティーと、地元若者同士で交わされる淡い恋愛関係だけ。それが、1970年代のフルーツランドで1600エーカーの土地に抱かれながら青春時代を過ごしたエマーソン兄弟の全てだった。

アルバム『Dreamin’ Wild』に漂う、いわく言いがたい純真の感覚と、少しでも他の要素が混じってしまえばとたんに雲散霧消してしまいそうな無垢の香りは、そうした環境だからこそ成し遂げ得た何ものかなのだと思う。そこには、ある善良なアメリカ人家族が互いに注ぎあったたっぷりの愛と、(劇中でも言及される)The Beach Boysの『Pet Sounds』に関する名句を引いたPitchforkのレビューに倣って言うなら、「神に捧げるティーンエイジシンフォニー」の響きが、永遠の鮮度を保ちながらこだまし続けているのだ。

「フック」「キャッチー」。「バズ」「インプレッション」。こうしたワードが日常的かつ大量に流通する世界に身を置きながら、ポップカルチャーの濁流を泳ぐのを余儀なくされている私たち現代の観客は、無名の兄弟ミュージシャンがかつてエデンの地で作った曲たちと、それを支えた家族の姿を描いた本作によって、「音楽を作る / 聴く」という行為が本来与えてくれるはずのパーソナルな喜びに再び出会うことになるだろう。そう、他ならぬドニー自身が、様々な逡巡を経て自分たちの音楽が持つ「マジック」の秘密へたどり着いたのと同じように。

左から、ドニー・エマーソン本人、 ビル・ポーラッド監督、ケイシー・アフレック。

追記:
『Dreamin’ Wild』再発の後、1979年から1981年にかけて録音されていた未発表音源集『Still Dreamin’ Wild: The Lost Recordings 1979-81』(2014年)がLight in the Atticからリリースされている。また、劇中でも描かれている通り、ドニーは1980年代初頭に初めてのソロアルバム(『Can I See You』)をLAのセッションミュージシャンたちと制作するが、お蔵入りしてしまう(後の1983年にリリース)。その後もミュージシャン活動を続け、1990年代にはカントリー調のソロアルバムを発表し、ヨーロッパの一部でヒットを記録、ツアーも行った。父ドンも息子への支援を絶やさず、フルーツランドに300人収容のコンサート会場を私設するなど、手厚いサポートを続けた。ドニーとジョーは、『Dreamin’ Wild』リイシュー後の再評価の盛り上がりの中で新曲を録音していたが、2024年、Light in the Atticからその音源が7インチシングル「Searching / Finally Found Someone」としてリリースされた。ドニーは、妻のナンシーとともに今もマイペースでライブ活動を繰り広げている。

『ドリーミン・ワイルド 名もなき家族のうた』

2025年1月31日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国公開
監督・脚本:ビル・ポーラッド
出演:ケイシー・アフレック、ノア・ジュプ、ズーイー・デシャネルほか
配給:SUNDAE
© 2022 Fruitland, LLC. All rights reserved.

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